
AIの高度化・普及とともに、電力消費やそれに伴うデータセンターの運用コストが増加しています。そこで広がっているのが、AI専用チップや再生可能エネルギー、高効率冷却技術などを取り入れたAI時代のデータセンター設計です。環境負荷を抑えつつ、高い処理性能と安全性を両立することを多くの企業が目指しています。
この記事では、企業の最新事例を基に、AI活用の基盤となるITインフラのエネルギー効率、システム性能、セキュリティ対策の三要素を満たす方法について解説します。
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AI導入が加速する中、企業のITインフラにはこれまでにない負荷がかかりつつあります。その代表的な課題といえるのが、以下の3要素です。
GPUクラスタや生成AIワークロードの稼働により、データセンターの電力使用量が急増しています。例えば、IEA(国際エネルギー機関)が発行した『Energy and AI Report 2024』によれば、データセンターの電力消費は2022年の約460TWhから2030年には945TWhへ倍増すると予測されています。電力単価の上昇も重なり、運用コストは無視できない水準に達しています。
AI処理に特化したサーバーは発熱量が大きく、従来の空冷式システムでは排熱処理が追いつかないことも。また、その影響でラック密度の高い構成が難しく、拡張性にも制約が生じています。こうした課題に対応するため、データセンターでは水冷方式や液浸冷却など新しい冷却技術の採用が進みつつあります。
AIワークロードで扱うデータには、個人情報や機密性の高い業務データが含まれることが少なくありません。サイバー攻撃は年々巧妙化しており、外部クラウドとの連携や分散処理の増加がリスクを拡大させています。さらに、AIモデル自体を狙った攻撃(データ汚染やモデル盗用)も懸念されています。
こうした背景のもと、「高性能であること」や「コストを抑えること」だけを追求したインフラ設計では、もはや持続可能性が担保できないという課題が浮き彫りになっています。
そこで今、インフラに求められるのは以下の“三要素”です。
省電力チップや再エネの導入はもはや“運用コスト最適化”の前提条件です。PUE(Power Usage Effectiveness)改善や熱回収システム導入などの取り組みにも注目が集まっています。
高密度なAIワークロードに耐えるスループットとスケーラビリティが求められています。しかし、パフォーマンス確保のために過剰にリソースを積む設計ではコストが跳ね上がり、サステナビリティとも矛盾します。そのため、両者を両立させるための工夫が求められています。
AIは利便性とともに新たなリスクも生み出します。特に生成AIの学習データや推論結果は外部流出時のリスクが大きく、システム全体の堅牢性が求められます。そのため、ZTNAやSASE、ハードウエアレベルでのセキュリティ機能の導入が、AI時代のインフラには不可欠です。
これらの三要素はトレードオフではなく、相互依存する設計要件です。エネルギー効率を追求すれば冷却設計や配置戦略にも工夫が求められ、それは結果的にシステム性能やセキュリティレベルにも波及します。
サステナブルAIインフラの実現において重要な「エネルギー効率」「高パフォーマンス」「セキュリティ」の三要素を満たすためには、どのような工夫や技術を取り込んでいくべきなのでしょうか。
最新事例を基に各要素の具体的な実装アプローチを見ていきましょう。
次世代AIインフラの中心にあるのが、省電力性能に優れたAI専用チップです。各社がCPU、GPUに加えた新たな選択肢としてNPU(Neural network Processing Unit)開発に取り組んでおり、従来のx86系CPUに比べてAI推論時の電力効率が30~60%改善された事例も報告されています。
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電力消費と並び大きな課題となるのが「排熱処理」です。近年注目を集める液浸冷却(Immersion Cooling)の実用化に向け、各社が実証実験を始めています。また、自然外気を活用したフリークーリングや、サーバー配置・ラック構造の最適化によってPUE(電力使用効率)を改善する取り組みも導入が進んでいます。
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再生可能エネルギーも、AIデータセンターのクリーンな運用において不可欠な要素です。GoogleやMetaはすでに100%再エネ電力での稼働を実現しており、国内でも長野・北海道など再エネ調達に適した地域に分散型データセンターを展開する例が増えています。電力コストの抑制とカーボンニュートラル対応の両立を目指す動きは、今後さらに広がる見通しです。
電力を大量に消費するAI学習処理をパブリッククラウド(AWSやMicrosoft Azureなど)にオフロードし、オンプレミス環境は推論処理に特化する「ハイブリッド構成」が注目を集めています。オンプレ側を小型化・省電力化しつつ、クラウド経由でピーク時の処理能力を柔軟にスケールアウトできる点がメリットで、電力コストや設備投資を抑えつつ、需要変動に対応したい企業に有効なアプローチといえます。
GPUリソースの無駄をいかに減らすかは、AI処理の効率化において重要な要素となっています。例えば、KubernetesなどをベースとしたGPUスケジューリングは、ワークロードの偏りやアイドル時間の最小化に貢献します。また、複数部門のAIジョブを同一クラスタで統合管理し、稼働率とROI(投資対効果)を最大化する取り組みも。GPU利用を全社的に最適化することで、設備投資の抑制と処理効率の向上の双方が進みます。
AI向けインフラでは、従来の境界型防御を前提としない「ZTNA(ゼロトラスト・ネットワーク・アクセス)」が前提となりつつあります。機械間通信(API、クラウドストレージ連携など)に対しても、IDベースでの認証や通信制御を徹底し、アクセスを厳格に管理するとともに、機密データの流出を防ぐためのDLP(データ損失防止)や暗号化機能の適用も広がっています。
電力使用量や冷却効率のモニタリングデータを「SIEM(セキュリティ情報イベント管理)」と統合し、異常発熱や負荷急増といった兆候をセキュリティアラートとして一元的に検知する事例が見られます。セキュリティと運用管理を統合することで、リスク低減と効率的なリソース運用が実現されます。
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サステナブルAIインフラは大企業だけの取り組みではありません。むしろ限られたリソースで効率的な投資判断を求められる中堅・中小企業にこそ、現実的かつ段階的に導入できる道筋が存在します。
ここでは「小さく始める」「補助制度を活用する」「将来を見据える」という三つの視点から、実践的な取り組み方を解説します。
“最初の一歩は「スモールスタート」”が中小・中堅企業のITインフラ刷新の鉄則です。いきなり全社規模で刷新すると、初期投資が膨らむだけでなく、運用負荷や電力コストが想定以上に跳ね上がり、計画倒れに終わるリスクもあります。冷却設備やGPUクラスタを一気に導入してしまうと、ROIが見合わず数年で陳腐化する──といった失敗も少なくありません。
そのため、単一のAIワークロード(例:画像認識、問い合わせ分析など)を対象に、小規模かつ実測値に基づいて最適な構成を見極めるフェーズを設ける必要があります。例えば1〜2週間の期間で、単一のAIモデルを対象に「電力量と処理速度」「運用工数」といった基本指標を測定するだけでも環境負荷とコストの方向性を把握でき、次の投資判断に必要なデータが得られます。
サステナブルAIインフラの導入では、コスト負担をいかに抑えるかが大きな課題です。ここで有効なのが、国や自治体が提供する補助金や支援制度を積極的に活用するアプローチです。
経済産業省の「カーボンニュートラルに向けた投資促進税制」など、政府の脱炭素・省エネ政策の中には、省エネルギー設備導入を支援する制度が含まれています。こうした制度では、機械装置や建物附属設備など汎用的な省エネ機器が対象になることが多く、場合によってはサーバー機器や冷却システムなども支援の候補となる可能性があります。
さらに、環境省による「データセンターのゼロエミッション化・レジリエンス強化促進事業」では、再エネ電源や蓄電池、省CO₂型冷却装置の導入、新設・改修を通じたグリーンデータセンター整備が支援対象となっています。加えて、地方自治体でも、再エネ導入設備(太陽光、蓄電池)に対する補助などの制度が設けられる例が増えています。
参考:
カーボンニュートラルに向けた投資促進税制 認定事例すべて⾒せます︕(令和4年7⽉版︓認定全50件)┃経済産業省
データセンターのゼロエミッション化・レジリエンス強化促進事業┃環境省
サステナブルAIインフラは、導入して終わりではなく、将来的な拡張と継続的な最適化を前提とした設計が重要です。特にAI処理需要の増大や、新たな冷却・電源技術への対応を見据えることで、初期投資の効果を長期にわたり維持できます。
例えば、将来的に液浸冷却やクラウドDC間での分散処理を導入する可能性がある場合、ラック構造や配線計画、設置スペースの確保といった“目に見えないインフラ”の準備が、後の成長を促進するポイントになります。小さく始めながらも、将来の拡張を妨げない柔軟な設計を意識しましょう。
近年、ESG投資やGX(グリーントランスフォーメーション)といった文脈が広がる中で、環境負荷の低減や省エネへの取り組みが企業価値の指標として捉えられるようになってきました。AIインフラへの投資もまた、省エネ・再エネ施策と切り離すのではなく、サステナビリティと一体化した企業戦略と捉えることが重要です。エネルギー効率、運用コスト、セキュリティ、社会的信用──それらすべてをバランスよく考慮した設計こそが、将来の競争優位につながります。
生成AIの高度化とビジネス活用が進む一方で、電力消費の増大、運用コストの高騰、セキュリティリスクの複雑化など、インフラ面の課題も浮き彫りとなっています。「サステナブルAIインフラ」について考えることは、AIを活用した企業競争力の向上を目指す上で不可欠となるでしょう。
企業規模を問わず、「小さく始めて、効果を可視化し、段階的に拡張する」という戦略であれば、サステナブルAIインフラは実現可能です。エネルギー・性能・セキュリティを分断せず、“統合された価値”として設計する視点こそが、これからのAI時代を勝ち抜くカギとなるでしょう。