「ルーターの設定変更はAさんしかできない」「ネットワーク構成図はBさんのPCにだけある」──こうした“構成情報の属人化”は、企業のIT利用で今なお珍しくありません。
一見、業務が回っているように見えても、担当者の不在や退職、トラブル発生時などには状況が一変します。「どこに何があるのか分からない」「気付けば担当者が不在に」といった混乱により、業務の平常運転が立ち行かない事態となることも。
この状態から脱却するには、「情報の見える化」と「管理の分離設計」──すなわち、構成情報を誰でも確認できる状態に整備し、その作成・更新・利用の役割を分ける取り組みが必要になります。
本記事では、構成情報を属人管理から脱却させるために、企業が取り組むべき実践アプローチを解説します。
ITシステムを支える構成情報──ネットワーク設計、設定手順、機器のバージョン管理表やバックアップポリシー──は、本来であれば組織で共有されるべき「ナレッジ資産」です。 しかし実際には、「あの情報はAさんの頭の中にある」「その設定図、どこにあるか分からない」といった“属人管理”の状態が多くの現場に残っています。
では、なぜ構成情報は属人化してしまうのでしょうか。その背景には、いくつかの組織的・文化的な課題があります。
よくある課題の一つ目が、構成情報が統一された場所にまとまっていないことです。
「ネットワーク構成図はPowerPointでローカルに保存され、ファイアウォールの設定履歴はメールの添付ファイルにしか存在しない。アカウント情報はExcelファイルで個人管理されている……」
このように情報が“点”として各所に散らばっている状態では全体像が把握できず、何が最新で、どれが公式なのかを判断するのも困難になります。
属人化の根深い原因の一つに、「ドキュメント化は後回し」という‟結果的に根付いてしまった文化”があります。
多くの情シス担当者は日々のトラブル対応や突発的な作業に追われており、「今すぐ直す」ことが優先されがちです。その結果、設定変更や障害対応の記録が残されず、後から参照できる情報が存在しない状態に陥ることとなるのです。
また、「これは自分しかやらないから覚えていれば大丈夫」という思い込みも属人化を助長します。作業はできても、知識が組織に残らない──この「書かない」文化こそが、将来のトラブルの温床です。
「設定のことは全部Aさんに聞いて」「大体のトラブルはBさんが何とかしてくれる」
このような頼り方が常態化すると、情シスが“属人的なワンストップ窓口”となり、仕組みによる運用が機能しなくなります。ドキュメントやマニュアルを整備するよりも、「とりあえず今できる人に任せる」という選択が繰り返されるのです。
一見、個人に任せたほうが効率的に見えても、それは“今だけ”の話です。属人化した構成情報は、障害対応の遅延、ガバナンスの不全、引き継ぎの混乱といった深刻な課題を引き起こす要因です。
構成情報は、「誰かが知っている」ではなく、「誰でも確認・活用できる」状態に変えていかなければなりません。では、そのために我々はどのような手段を取るべきなのでしょうか。
次章では、そのために実践すべき構成情報の見える化と共有方法の整備ステップをご紹介します。
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属人化した構成情報を「誰でも参照できる資産」に変えるためには、単にファイルを集約するだけでは不十分です。情報の棚卸しから、共有の仕組みとアクセス権限の設計までを段階的に整備することが重要です。
ここでは、情シスが中心となって取り組むべき実践ステップをご紹介します。
構成情報の見える化は、現状の正確な把握から始まります。 まずはサーバ構成図やネットワーク図、システム間の連携マップといった図面類をはじめ、IPアドレスの一覧表や設定ファイル、アクセス権限リスト、さらには運用手順書や障害対応フロー、構成変更履歴など、IT運用に関わる情報を一通り洗い出しましょう。
こうした棚卸し作業を効率的に行うにあたって、ExcelやGoogleスプレッドシートなどで「情報資産台帳」を作成するのが一般的です。 例えば台帳には、対象となる情報資産ごとに以下のような項目を記録します。
IPA(独立行政法人情報処理推進機構)が情報資産管理台帳のサンプルを公開しているため、そちらをベースとするのもおすすめです。
棚卸しで構成情報を洗い出したら、次に取り組むべきは「情報をどこに、どのように保存するか」を明確にすることです。 属人管理から脱却するためには、個人のローカルフォルダやメール添付でのやり取りといった非効率な運用を見直し、共通の保存先と、ルール化された管理方法を整備する必要があります。
構成情報はチームや組織で活用されるものです。「分かりやすく、探しやすく、更新しやすい」環境を整えることが、持続可能な情報運用への第一歩となります。
共有環境の整備で注意すべきなのが、「誰でもアクセスできる=誰でも自由に編集できる」状態にしないことです。意図しない修正や誤操作、無断での情報改変といったリスクを制御し情報の信頼性を守るためには、適切なアクセス権限と編集ルールの設計が欠かせません。
構成情報は、多くの関係者にとって業務の土台となる重要な資産です。「適切に見せ、適切に守る」ためのアクセス設計は、その運用を安定化させる上で不可欠なステップといえるでしょう。
構成情報の管理において、最も重要でありながら形骸化しやすいのが「情報を整備した後、いかにしてそれを維持するか」という課題です。どれだけ精緻な共有環境を構築しても、更新が滞れば、情報はすぐに陳腐化し、現場の判断ミスやトラブルの原因となりかねません。
それを防ぐためには、「情報の更新」を属人的な行動に頼るのではなく、業務の一部として“仕組み化”することが必要です。
このように、更新を特別な作業ではなく“日常業務の一部”として位置付けることが、構成情報を持続的に活用する上での鍵となります。
構成情報が属人化してしまう原因は、「誰がその情報を管理し、誰が運用しているのか」が曖昧なまま放置されていることにある場合が多いです。
情報はあるのに使われない、更新されていない──。
このような状態から脱却するためには、「管理」と「運用」の役割をあえて分離し、情報を組織で扱う仕組みへと移行する設計思想が必要です。
多くの現場では、ネットワーク図や設定手順を“作った本人しか理解できない”状況が起きています。裏を返せば、それはドキュメントそのものが属人化しているということです。
このリスクを防ぐためには、構成情報の編集(作成・更新)と、実作業(設定・操作)を担当者レベルで分けることが効果的です。
例えば、「ネットワーク構成図を情シスの設計担当が作成・保守し、その情報に基づいて拠点のネットワーク設定を別チームが実施する」といった役割分担によって、「情報が特定人物に閉じる」構造を防ぎ、誰でも利用できる状態を保つことができます。
業務の引き継ぎや外部委託の場面でよくあるのが、「担当者が不在で説明できない」「資料の保存場所が分からない」といった属人管理による混乱です。こうした状態では、トラブル対応や業務継続が著しく困難になります。
このような属人リスクを軽減するためには、「誰が知っているか」ではなく「どこを見れば分かるか」で情報を管理できる体制をつくりあげること、またそのための文化をインストールすることが重要です。
前述の情報資産管理台帳や情報資産の共有環境も、究極的にはそのために必要な道具といえるでしょう。また、外部パートナーとの連携に向けて、アクセス制御されたポータルサイトや共同編集環境を整備することも、企業のセキュリティと外部とのシナジーを両立させる上で有効に働きます。
情報という資産を人から組織へ移行させることは、企業の柔軟性やダイナミック・ケイパビリティ(変化への対応力)を高める上でも非常に重要と考えられます。
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属人化した構成情報は、平時には問題が表面化しにくいものの、トラブルや担当者の不在といった“想定外”の場面で一気にリスクとして顕在化します。今、求められているのは、単に「情報を整備すること」ではありません。
整備された情報に誰もが迷わずアクセスし、安心して活用できる状態を“維持し続ける仕組み”をつくることこそが、情シスの新たな責務です。
「一人が知っている」から「誰でも使える」へ。企業全体を支える“情報インフラの設計者”として、構成情報の見える化と共有の仕組みづくりに今日から取り組んでいきましょう。