クラウドはもはや企業のICT利活用やシステム開発において当たり前のものとなっています。『令和5年通信利用動向調査報告書(企業編)』(総務省)によると、令和5年8月末時点でクラウド利用企業の割合は全体の約8割(77.5%)に達しています(※)。
このような状況で押さえておきたいのが「クラウドネイティブ開発」です。本記事では、クラウドネイティブ開発はどのような技術で構成されるのか、どのようなメリットや注意点があるのかなどのポイントについて、具体的なツール名にも言及しつつ分かりやすく解説します。
※「全社的に利用している」(50.5%)と「一部の事業所または部門で利用している」(27.0%)を合算した値。
クラウドネイティブ開発は、その名の通り、クラウドをネイティブ(前提となる開発環境)とするシステム開発の方針・手法です。クラウドネイティブ開発は、オンプレミスにはないクラウドならではのスケーラビリティ、柔軟性、運用効率といったメリットを最大化し、サービスの市場投入スピードを加速させてくれるとして、多くの注目を集めています。
クラウドネイティブ開発の代表的な構成要素としては以下のようなものが挙げられます。
大規模なアプリケーションを複数の独立したサービス(マイクロサービス)に分割することでシステム開発の短期化や拡張を容易にする設計手法。従来のモノリシックアーキテクチャとは異なり、サービスごとに独立した開発、デプロイ、スケーリングが可能なため、リリースサイクルの短縮やリソースの効率化につながる。
アプリケーションとその依存関係を一つのパッケージとしてまとめ、異なる開発環境やクラウドプロバイダーでも、一貫した動作ができるようにする技術。代表的な関連ツールはDocker(ドッカー)、Kubernetes(クベナティス)、containerd(コンテナディ)など。
詳しく知りたい方は『「仮想化」とは? コンテナとの違いとともに解説』もご参照ください。
クラウドネイティブ開発の迅速なリリースサイクルを支えるための手法。ソフトウエア開発におけるビルドやテスト、デプロイの作業を自動化し、コードの変更が速やかに反映される環境をつくる。
詳しく知りたい方は『ソフトウエア開発のスピードと品質を高める「CI/CD」とは?』もご参照ください。
クラウドにおけるITインフラの設定や構築を、コードとして管理する手法。インフラの構成管理が一元化され、リソースのプロビジョニングや環境の再現が容易になる。
クラウドネイティブ開発を理解する上で押さえるべきコミュニティとして、2015年に設立されたCNCF(Cloud Native Computing Foundation)が挙げられます。同団体はクラウドネイティブ技術の標準化と普及に向けたさまざまな取り組みを行っており、その中にはKubernetesやcontainerdの標準化、推進やオープンソース技術やベストプラクティスの共有、クラウドネイティブコミュニティの醸成などが含まれます。
クラウドネイティブ開発は、従来の開発手法と比べて、どのようなメリットをシステムや企業にもたらすのでしょうか? 4つのポイントで見ていきましょう。
マイクロサービスアーキテクチャやコンテナ技術は、開発・運用のDevOps化や、リソースの調整しやすさを高め、サービス全体の柔軟性と効率性を高めることに貢献します。例えば、リソースの自動スケーリング機能を活用し、サービスへのアクセス増加時にはスムーズにキャパシティを拡大し、需要が少ない時にはリソースを削減するといったメリットもクラウドネイティブ開発では実現しやすくなるでしょう。
クラウドネイティブ開発で重要なキーワードとして「自動化」が挙げられます。例えば、前述の自動スケーリングもその一種です。また、CI/CDの活用により開発環境から本番環境へのデプロイを自動化可能なため、業務効率化や、フィードバックの迅速な取得とそれによるスピーディな品質改善なども実現できるようになります。
従量課金制のクラウド環境をうまく活用することで、オンプレミス環境に比べてコスト効率が向上します。リソースの使用状況をリアルタイムで監視し、常に最適なリソース量を動的に制御することで、コストやパフォーマンスが最適化される可能性が高まります。また、サービス立ち上げ時のイニシャルコストを抑えられるのも、クラウドネイティブ開発のメリットとして知られています。
クラウドネイティブ開発のアプローチでは、セキュリティ対策も自動化と分散化が進んでいます。例えば、マイクロサービスを単一のコンテナで分離することで、障害やセキュリティリスクがシステム全体に広がるリスクを軽減できます。また、有力なクラウドプロバイダーの多くが、標準的なセキュリティ機能やコンプライアンス対応を提供しているため、セキュリティレベルを高く保ちながら運用を継続しやすくなります。
これらのメリットにより、クラウドネイティブ開発は企業の効率化と競争力強化に貢献します。
クラウドネイティブ開発には多くのメリットがありますが、その導入には注意が必要です。ここでは、クラウドネイティブ開発を採用する際に注意すべきポイントについて、それぞれのメリットと対応させつつ、4つのポイントで解説します。
マイクロサービスなどの分散アーキテクチャを基本とするクラウドネイティブ開発の強みは、従来のモノリシックなシステムに対して複雑性が高まるという状況も生み出します。そのため、全体の把握が難しくなるとともに、複数のサービス間のデータのやり取りや依存関係の管理が課題となることが少なくありません。そこで、サービスメッシュやIaC、APIゲートウェイといった技術を活用し、管理・運用の最適化に努めることが求められます。
クラウドネイティブ開発の環境でシステムの複雑性が高まるということは、障害発生時の迅速な対応や障害解析のためのログ管理の難易度が上昇するということでもあります。そのため、リソースの使用状況やパフォーマンスをリアルタイムでモニタリングする仕組みや、ログを一元管理する仕組みが欠かせません。Prometheus(プロメテウス)などクラウドネイティブな管理システムや分散トレーシングツールの活用が、その具体例として挙げられます。
クラウドネイティブ開発の環境を維持するためには、専用の運用スキルや知識が必要です。特に、コンテナ管理やKubernetesのようなオーケストレーション技術を運用するための専門知識は、既存のITスキルとは異なるため、チーム全体のスキルセットを向上させる教育やトレーニングが不可欠です。また、従量課金制のシステムに特化したコスト管理のノウハウが管理者側に不足していれば、予想外に運用コストがかさむ可能性もあります。そこで、CCO(クラウドコスト最適化)の知見も不可欠となります。
クラウド環境におけるデータのセキュリティやコンプライアンスは、特に気にされる方が多いでしょう。データがクラウドプロバイダーのサーバーに保存されるため、アクセス制御や暗号化が十分でない場合、情報漏えいや不正アクセスのリスクにつながります。クラウドセキュリティポスチャ管理(CSPM)などの考えも採用しつつ、二重三重の対策を施しましょう。また、業界や地域によっては、データの保管場所や管理に関する法的要件やガイドラインがあるため、クラウドサービスがこれらの要件を満たしているか確認が必要です。
DX(デジタルトランスフォーメーション)の加速とともに、クラウドネイティブ開発の重要性も年々高まっています。クラウドを前提とした設計により、サービスの高可用性を実現し、企業が変化する市場ニーズに応えるための強力な土台を構築しやすくなるでしょう。しかし、ご紹介した通りクラウドのメリットと注意点は表裏一体の関係にあります。そこで、クラウドネイティブ開発におけるツールや知見を生かし、万全の体制を整えることの重要性が高まっているのです。