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“ドメイン特化型LLM”が企業のAI活用を変える──情シスが押さえるべき構築・運用・ガバナンス

レンテックインサイト編集部

“ドメイン特化型LLM”が企業のAI活用を変える──情シスが押さえるべき構築・運用・ガバナンス

生成AIの活用が企業の競争力を左右する時代、情シスに寄せられる期待は年々大きくなっています。しかし、ChatGPTやCopilotといった汎用LLMをそのまま業務に適用した結果、「モデルは高度でも実務では不十分」という壁に直面するケースが後を絶ちません。その理由は、AIが企業固有のナレッジや業務文脈を理解していないことにあります。

そこで近年、AI活用に積極的な企業が注目しているのが「ドメイン特化型LLM」です。本記事では「導入すると何が変わるのか」「どのように実装するのか」「負荷を増やさず安全に運用できるのか」といった実務視点で、ドメイン特化型LLMを扱う際のポイントを整理します。

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なぜ今“ドメイン特化型LLM”なのか

生成AIの普及は急速に進んでおり、2026年2月にはChatGPTの月間アクティブユーザーが世界で約8億人に達したといわれています。日本でも「ChatGPT」「Microsoft Copilot」「Gemini」など生成AIツールの利用率が年々上昇し、情シスへの期待はさらに高まっています。

しかし、汎用LLMを社内に持ち込んだ企業の多くが、実務レベルの活用に向けて次の二つの壁に直面します。

課題1:一般論ばかりで業務に使えない

汎用LLMは幅広い知識を持つものの、企業固有の業務フロー、部門ルール、契約条件などを前提にしていません。そのため回答が抽象的・汎用的になりがちで、「正しいが社内手順とは噛み合わない」状況が発生しがちに。結果として、人間による確認が必要になり、二度手間につながります。

課題2:情報ガバナンスとの不整合

従業員が外部LLMに業務データを入力すると、機密情報が外部サーバに送信されるリスクが発生します。また、データの保存場所や取り扱いを企業が完全に管理できないため、セキュリティ部門が導入判断を見送るケースも増えています。

こうした課題を解決する手段として「ドメイン特化型LLM」が注目を集めています。

“ドメイン特化型LLM”とは何か──企業専用の生成AI

ドメイン特化型LLMとは、医療・金融など特定の業界に特化して学習したモデルや、自社のマニュアル・ルール・ナレッジを取り込み 自社業務に最適化したモデルを指す総称です。

汎用LLMが「幅広い一般知識を扱うモデル」であるのに対し、ドメイン特化型LLMは業界固有あるいは自社固有の専門知識や用語を正確に理解し、業務に即した回答を返すことを目的とした「専門特化型の生成AI」です。

例えば、以下のような情報を学習させることが想定されるでしょう。

  • 社内マニュアル、手順書、FAQ
  • 過去のインシデントや対応履歴
  • 部門ごとに異なる業務フロー・承認ルール
  • 取引先・契約別に定められた制約条件
  • 社内特有の略語・専門用語・命名規則

汎用LLMが“話はできるが文脈が共有できない外部の助っ人”だとすれば、ドメイン特化型LLMは“社内の仕事を理解したアシスタント”です。企業の前提を踏まえた実務的な回答が可能になる点こそ、最大のメリットといえるでしょう。

ドメイン特化型LLMはどう作る? 三つの方式と、それぞれに適した企業像を紹介

それでは、ドメイン特化型LLMの構築方法を押さえるステップに進みましょう。

まずは、代表的な三つのドメイン特化型LLMの構築方式をご紹介します。それぞれのメリット・デメリット、適した企業像を踏まえて導入を進めることが施策の成功を左右します。

方式1:フルファインチューニング(モデルをまるごと作り込む方式)

フルファインチューニングとは、社内の文書やナレッジを大量に読み込ませ、AIモデルそのものを書き換えて“自社専用の頭脳”を作る方法です。医療・法務・金融など専門性が高い分野を中心に、最も正確で一貫した回答を出せる構築方式として注目されています

一方で、この方式は大規模な体制が必要です。大量のデータ整理に加えて、AIを訓練するための高性能な計算環境(GPU)が必要になり、さらにモデルの更新や品質チェックを続けるための専門チームも欠かせません。モデルを一度作って終わりではなく、業務内容が変わるたびに学習し直す必要があるため、運用コストも高くなります。

こうした背景から、この方式がおすすめなのは、日常的に高度な専門判断が求められる業務を抱え、AIの回答精度が“多少の誤差も許されない”レベルで重要になる企業と言われています。

方式2:LoRA等の軽量チューニング(部分的にモデルを微調整する方式)

LoRA(Low-Rank Adaptation:低ランク適応)とは、大規模なAIモデルのうち“特定の層だけ”を追加学習させることで、モデル全体を書き換えずに専門性を付与する手法です。フルファインチューニングのように膨大な計算資源を必要とせず、比較的少ないデータ量で部分的にモデルを賢くできるこの手法は、「コストを抑えつつ自社特有の言い回しや業務文脈を反映させたい」という場面で利用されます。例えば「経理だけが使う専門用語に強くしたい」「カスタマーサポートのFAQ回答の精度をもう一段上げたい」など、対象領域が明確な場合を考えてみてください。

この方式では、追加学習に使うデータの品質がモデル精度を大きく左右するため、文書の整形・選別・タグ付けなどの準備作業が欠かせません。また、業務内容や社内ルールが更新されれば、それに合わせて再学習を行う必要があり、ファインチューニングほどではないものの継続的なメンテナンスが求められます。誤ったデータを学習させるとモデルが“誤ったクセ”を持ってしまうリスクもあるため、品質管理にも注意が必要です。

こうした特徴から、LoRAが向いているのは 「特定部署の業務だけ精度を高めたい」「フルファインチューニングができるほど大掛かりな体制はないが、最低限のモデル運用は可能」 といった企業です。全社横断の知識を反映したい場合には適しませんが、用途が明確であれば十分に効果を発揮するアプローチといえるでしょう。

方式3:RAG(検索拡張生成:社内文書を検索して回答に反映する方式)

RAG(Retrieval-Augmented Generation)は、AIモデルそのものを学習し直すのではなく、「必要なときに社内文書を検索して回答に利用させる方式」です。モデルに新しい知識を覚え込ませるのではなく、「必要な文書を探して、そこから答える」仕組みのため、AIを“アップデート不要のままドメイン特化できる”という実務上の大きなメリットがあります。

具体的には、社内で使われているWord、PDF、Wiki、マニュアルなどをデータベースに登録し、AIはユーザーの質問に応じてデータベースから関連文書を検索し、その内容を踏まえて回答を作ります。モデル自身に手を加えないため、学習コストがかからず、文書を更新するだけでAIが扱う知識も自然に最新化されます。

この方式の強みは、織改編や手順書更新など日々変わる社内情報にすぐ追従でき、社内に点在する文書を一つの検索基盤に統合できる点にあります。さらに、文書ごとに権限設定を反映でき、外部にファイルを渡す必要もないため、運用面・セキュリティ面の両方で安心して利用しやすいと言われています。

そのため、RAGは 「大規模なAI専門チームは持てないが、社内ナレッジをしっかり活用したい」「毎月のように文書が更新されるため、運用負荷を最小化したい」 といった企業に適した方式です。

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ドメイン特化型LLMをどう実装する?──構築・運用・ガバナンスの重点ポイント

ドメイン特化型LLMの‟使える”運用とセキュリティ&ガバナンスを実現するために重要なのが、「どのデータを渡すか」「どう更新するか」「誰がどの機能を使えるか」といったルールを事前に設定し、それに従って仕組みづくりや運用を行うことです。

ここでは、RAGでの実現を想定して情シスが実践すべきポイントを構築・運用・ガバナンスの3ポイントで整理します。

1.データ基盤の構築──“どの文書を、どの粒度で、どう管理するか”

ドメイン特化型LLMにおける品質の大半は、入力するデータの質と管理方法で決まります。特に文書検索の精度に回答の質が大きく左右されるRAGでは、以下のようなデータ基盤の設計が不可欠となります。

文書の粒度(チャンク)設計

業務マニュアルや仕様書・設計書など文書が数十ページある場合、そのまま扱うと「検索が当たらない」「関係ない部分が回答に混ざる」といった事態を招きます。その対策として重要なのが、段落単位、見出し単位など、一定のルールを用いて一定の分量ごとにデータを分割する文書の粒度(チャンク)設計です。一般的には、1チャンクあたり500〜1,500文字が最も意味が崩れず、AIの検索精度も高まりやすいとされています。この程度の大きさで文書を分割しておくと、質問に対応する部分だけが的確に抽出され、余計な情報が混ざりにくくなります。また、特定のページや手順のみ更新したいときも、そのチャンクだけを差し替えれば済むため、運用上の負担も大幅に軽減できます。

最新版管理プロセスの明確化

RAG環境では、「共有フォルダには最新版があるのに、検索結果には古い文書が残ったまま」という“二重管理”が起こりがちです。そこで重要になるのが、「ファイルが更新されたらRAG側も必ず最新にする」という仕組みづくりです。具体的には、文書が上書き保存されたタイミングで自動的にインデックスを再作成する機能を用意したり、管理基盤からの同期タイミングをルール化したりする必要があります。こうした運用を決めておくことで、「編集したのにAIは古い内容を答える」という事故を防ぎ、常に正しい情報が検索に使われる状態を維持できます。

学習対象にしてはいけないデータの定義

RAGの導入プロジェクトにとって枷となるのが、情報をAIと連携させることで重大な情報漏えいや誤った回答につながるのではないか、という懸念です。そこで重要なのが、「学習させてよい情報」と「絶対に含めてはならない情報」を明確に分けるプロセスです。よくあるのが「人事・経理の機微情報、顧客の個人情報、公開前の経営資料」といったデータは、原則として取り込み対象から除外するルールです。一方、「業務マニュアル・手順書やFAQ・問い合わせナレッジ、製品・サービスの技術仕様/設計情報(※顧客名や案件名を除外)」などは、RAGの対象として非常に有用です。

2.更新と運用の仕組み──“情シスが1人でも回せる”運用ラインへ

企業内の情報は毎日のように変化し、LLMはその変化を正しく反映してこそ価値を発揮します。そのため、構築後は“運用し続けるための仕組み”をどう作るかが極めて重要です。特に情シスが少人数で運用する場合は、手作業を最小限に抑えたライン設計が欠かせません。ここでは、運用を成立させるためのポイントを整理します。

文書更新を“自動反映”させる仕組み──RAGの強みを最大化する

RAGは“文書を最新化すればAIの回答も最新になる”という強みを持っています。この特性を最大限に生かすためには、文書更新のたびに人力でインデックスを再作成するのではなく、アップロードから再インデックス、そしてアクセス権適用までを自動化しておくことが重要です。ファイル更新に合わせた自動インデックス化、更新差分の取り込み処理、部門ごとのアクセス権に基づいた検索対象の制御などを連携させましょう。

こうした“自動反映ライン”を構築し、情シスが毎回手を動かさなくても常に最新のナレッジがRAGに反映され続ける環境を目指すのがドメイン特化型LLMを持続可能な手段として実装するためには欠かせません。

“利用ログ”を活用した改善サイクル──AIも文書も同時に育てる

RAGの強みを最大化するために重要なもう一つのポイントが‟利用ログ”の活用です。社員がAIに投げかける質問などのログを解析することで、以下のような考察が可能となります。

  • 「回答精度の低い領域」は、どんな文書の追加が必要か、メタデータの設計が求められるかを示すサイン
  • 「検索ヒット率が低い文書」は、チャンク化やメタデータの設計不備により生じている可能性が高い
  • 「よく尋ねられる質問」は、FAQ追加・マニュアル改善によって減らせる可能性も

このような改善点を、RAG再登録や文書改訂のタイミングで反映することで、LLMが賢くなるだけでなく、社内ナレッジそのものの品質も継続的に向上させられるのです。

3.ガバナンス設計──“安全に使わせる仕組み”を先につくる

ドメイン特化型LLMを社内で安全に利用する上で重要なのが、「誰が、どの情報にアクセスできるのか」という権限統制です。RAGは社内文書を検索して回答を生成する仕組みのため、権限や公開範囲の設定が不十分だと、AIが意図せずセンシティブ情報を返してしまうリスクがあります。ここでは、運用段階で不可欠となるガバナンスの3つの観点を整理します。

“権限ベース検索”の徹底──人事情報・経営資料を誤って返させない

RAG環境のセキュリティでは、ドメインごとのアクセス権の設定が重要となります。例えば、以下のような形で、社内のフォルダ構造や管理基盤の権限設定を検索結果に反映させましょう。

  • 人事部の文書:人事部ユーザーに限定
  • 特定案件の設計書:プロジェクトメンバーに限定
  • 経営会議資料:役員・管理職に限定

こうして“ユーザーがアクセス権を持っている文書しか使えない”状態を強制することで、RAGによる情報漏えいの可能性は大きく抑えられます。

ナレッジ公開範囲のルール化──“入れるデータ”と“入れないデータ”を統治する

前述のとおりRAGの利用におけるガバナンスの基本として、次のような公開範囲ルールを明文化しておく必要があります。

  • 取り込み禁止データ:人事・経理の機密情報、顧客氏名が含まれる文書、契約前の経営資料など
  • 取り込み推奨データ:マニュアル、手順書、社内FAQ、製品・サービスの技術仕様

例えば、「顧客名が含まれる設計書:マスキング後に登録」「契約前資料:部署限定の閉域RAG」で運用するなど事前にルールを細かく設定することで、リスクを減らせるだけでなく回答の精度向上にもつながります。

ナレッジを力に変える──導入効果を最大化するために

ドメイン特化型LLMの真価は、分散したナレッジを整理・統合し、業務全体の再現性とスピードを高める──その仕組みを企業内部に根付かせることにあります。適切な方式を採用し、学習の仕組みやルール設定を手順通りに行えば、情シスの負担軽減や業務プロセスの非属人化、ガバナンスの強化といったさまざまな効果が実現されるはずです。

自社の業務インフラとして、安全かつ運用性が高いAIを構築することに、ぜひトライしてみてください。その成否は、正しい知識を持った情シスの手にかかっています。

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