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ABCI 3.0稼働開始で国内AI環境はどう変わる?──料金や活用事例、利用手順を解説

レンテックインサイト編集部

ABCI 3.0稼働開始で国内AI環境はどう変わる?──料金や活用事例、利用手順を解説

国立研究開発法人 産業技術総合研究所(産総研)が運用する世界最大級の産業向けAI計算基盤「ABCI 3.0」の一般提供が、2025年1月に開始したことを皆さんはご存じでしょうか。

2018年8月に運用が開始されて以来、実社会での重要性を高め続けてきたABCI(AI橋渡しクラウド:AI Bridging Cloud Infrastructure)。今回のアップデートでは、計算性能や省電力性が大幅に強化されただけでなく、生成AIをはじめとする大規模モデルの学習・推論での活用を想定した最適化も進められており、国内外の研究機関や企業から注目を集めています。

本記事では、ABCI 3.0の稼働開始がもたらすインパクトを紹介するとともに、企業がどのように活用すべきか、できるのかを解説。料金や活用事例、今回のアップデートで生じた変化、実際の利用手順など、実務に直結する視点からその活用戦略について考えます。

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生成AI時代に対応した日本発の超計算基盤「ABCIとは」? その利用料金や活用事例は?

生成AIや大規模言語モデル(LLM)の開発・運用が急速に進む中、企業が直面している課題の一つが「計算資源の確保」です。GPUの価格高騰やクラウド利用料の上昇が続く中、AIモデルを自社内だけで開発・検証することはますます難しくなっています。こうした状況の中で注目を集めているのが、経済産業省所管の国立研究開発法人、産業技術総合研究所(産総研)が運用する「AI Bridging Cloud Infrastructure(ABCI)」です。

ABCIは、産総研が整備・運用する世界最大級の産業向けAI計算基盤で、2018年に稼働開始しました。「日本のAI研究・産業競争力を支える公共インフラ」として計画され、企業・大学・研究機関の誰もが利用できるオープンなAIスーパーコンピューターとして提供されています。

その料金制度や活用事例について詳しく見ていきましょう。

ABCIの料金制度──ポイント制で高いコスト効率を実現

ABCIの大きな特徴の一つが、民間クラウドよりも高いコスト効率でGPUリソースを利用できる点です。料金は「ABCIポイント」という独自のポイント制で運用されており、利用者はまずポイントを購入し、その後に計算ノードやストレージ利用に応じてポイントが消費される仕組みです。

2025年度のポイント単価は 1ポイント=220円(税込)。購入単位は1,000ポイント(22万円)からとなっています。(2025年度のポイント購入は、想定を大きく上回るポイント申請のため2025年9月30日(火)17:00 をもって終了)

例えば、大規模GPUを搭載した計算ノード「rt_HF(8GPU)」を利用する場合、必要なポイントは 16ポイント/時間。つまり 3,520円/時間で高性能計算環境を利用できます。GPU利用料が高騰する中、研究開発フェーズで大量の試行錯誤を必要とする企業・研究者にとって、大きなメリットとなる料金体系です。

また、基盤モデル、生成AI、マルチモーダルAI等の最先端AI技術の研究開発、評価、人材育成を目的とした公的利用等ついては、申請により割引(「開発加速利用」)が適用されるケースもあり、AI基盤整備やモデル開発を進めたい国内団体にとって、費用面のハードルが低く抑えられています。

ABCIの二つの活用事例──LLM・AI開発~物理シミュレーションまで

ABCIの具体的な活用事例を見てみましょう。ABCIはその高いコスト効率と大規模GPU環境を武器に、国内企業や研究機関でさまざまなAIプロジェクトに活用されています。

【1】大規模言語モデル(LLM)・生成AIの構築や高度化

近年、企業独自の日本語LLMや業務特化モデルの開発が進む中で、「大量のGPUを継続的に使える環境」は不可欠になっています。ABCIは8GPUクラスのノードを低コストで利用できるため、「LLMの学習、生成AIモデルの前処理・微調整、大規模実験の繰り返し」といった計算量の多い作業を、商用クラウドよりも現実的なコストで実施できます。

そのため、スタートアップから大企業まで、多くの組織が「自社モデルの研究・試作」の段階でABCIを活用し、国内でのLLM開発力向上に貢献しています。

【2】企業データを活用したAI研究・シミュレーション

もう一つの代表例が、大量の事業データを活用したAI研究や、物理シミュレーションとAIを掛け合わせた高度な解析です。

例えば、製造業・医療・材料分野では、画像、動画、IoTデータ、センサーデータなど大容量データを用いたモデル開発や、AIと数値計算を組み合わせたシミュレーション需要が増えています。そこで、「高精度モデルの訓練、異常検知・品質検査AIの開発、材料・創薬のAI支援」といった処理を実行する際、ABCIの計算能力がものをいうのです。

企業によっては、外部クラウドには置きにくい秘匿性の高いデータを対象に、ABCI上に独自のセキュリティ環境を構築するケースもあり、研究から実務活用につながるデータ分析基盤として活用されています。

ABCI 3.0の登場によるインパクトと国内AI基盤の未来

2025年、ABCIは「ABCI 3.0」へと大規模アップデートを果たし、これまでの2.0からさらに性能・効率・拡張性を高め、生成AIをはじめとする大規模モデル時代に最適化された設計へと刷新されました。

今回の更新の主な内容は、以下の通りです。

1.大幅な性能向上──従来比で7~13倍

最新世代のNVIDIA H200 Tensor Core GPUを採用し、メモリ帯域・演算性能が飛躍的に向上。ピーク性能は、半精度で6.2エクサフロップス(1エクサフロップス = 1秒間に10の18乗回以上の計算)、単精度で3.0エクサフロップスとなり、従来システムの7~13倍と推計されています。

2.エネルギー効率の改善──最大15倍の省電力化

NVIDIA H200 GPUは省エネ性能にも秀でており、旧世代アーキテクチャ比で演算あたりの消費電力効率が最大15倍に向上しています(NVIDIA発表)。これにより、同じ規模の大規模AI学習でも電力投入量を大幅に抑えつつ運用できる“グリーンAI”基盤としての進化が明確に打ち出されています。

3.ノード間通信の高速化──InfiniBand強化によりフル・バイセクション帯域を実現

ABCI 3.0では、スーパーコンピューター向けの超高速ネットワーク規格であるInfiniBand NDR200(200Gb/s)リンクを各ノードに8本ずつ搭載し、Quantum-2プラットフォームによりフル・バイセクション帯域を実現。これにより、数百ノード規模の分散学習でも通信遅延が発生しにくく、同期・データ共有のボトルネックを抑えた安定した大規模ジョブ運用が可能です。

4.ストレージ性能の強化──大規模データの高速投入と並列処理に対応

学習データの取り込み・前処理・並列アクセスがさらにスムーズになったABCI3.0では、ストレージ容量、理論読み書き性能その双方が2倍以上に。可用性や安定稼働をより重視したシステムとなり、企業のAIワークロードに適したI/O性能を実現しています。

こうしたアップデートの背景には、世界的な生成AI競争の激化があります。OpenAIやGoogle、Anthropicといったグローバル企業は莫大なGPUリソースを背景に次世代モデルを開発しており、「計算資源の格差」=「AI競争力の格差」という構図が生まれつつあります。

こうした状況下で、ABCI 3.0はクラウドとオンプレミスの中間に位置する「公共インフラとしてのAI基盤」という独自の立ち位置を確立しようとしています。特に中堅企業にとっては、自社単独でGPUクラスターを構築するのが難しい状況下で、「国内で信頼できる計算環境を低コストで確保できる」という点が大きな魅力となるでしょう。

実際の利用手順5ステップ──企業がABCIを使い始めるまでの流れ

ABCIは「利用しやすい公共AI基盤」ですが、セキュリティや運用管理の観点から、利用開始にはいくつかの手続きを踏む必要があります。ここでは、企業がABCI 3.0を利用し始めるまでの一般的な流れを整理します。

1.利用申請──組織情報の登録と審査

ABCIを初めて利用する場合、または前年度までに「継続利用申請」を行わずアカウントが無効となっている場合は、まずABCI利用者ポータルから新規/継続利用申請を行います。前年度3月までに継続申請をしていないケースでは、4月以降に再度申請が必要となる点に注意が必要です。

申請にあたっては、まず約款(PDF)をダウンロードし、その内容への同意が必須となります。なお、ABCIでは原則として無料トライアルアカウントは提供されていません。

さらに「開発加速利用」に応募する場合は、申請受付メールに記載される受付番号を取得し、専用フォームから追加申請を行います。すると、応募資格・申請要件を満たしているかどうかが審査され、必要に応じて問い合わせが行われます。

審査に通過すると、利用責任者宛に「承認通知」メールが届き、各利用者にはABCIアカウント発行の連絡が送付されます。指示に従って設定すればABCIの利用が可能になります。

また同時期に郵送で「回答書」と「利用料納付請求書」が届きます。申し込みから10営業日を過ぎても届かない場合は、利用申請受付窓口への連絡が必要です。

2.利用開始手続き──初回ログインと利用環境の設定

利用申請が承認されアカウント情報が発行されたら、次はABCI利用者ポータルでの初回ログインと各種設定を行います。登録メールアドレスに「ABCIポータルサイトへようこそ」というタイトルの案内メールが届くので、そこに記載されたURLからログイン手続きを開始します。

最初に確認コードを取得し入力すると、「特定類型該当性に関する申告」画面へ遷移します(学生利用者や特定のチェックリスト提出者は非表示)。続いて、利用規定を確認し同意を行った上で、「一般利用者」または「利用管理者/利用責任者」としての利用権限を選択します。最後にパスワードを新規設定すれば、初回ログインは完了です。

ログイン後は、ABCI利用者ポータルにて「特定類型該当性の申告」と「SSH公開鍵の登録」を必ず実施する必要があります。利用者ポータルガイドを参照しながら設定を完了すれば、ABCI環境の利用が可能になります。

3.利用環境の準備──SSH接続・ストレージ設定・基本コマンド

必要な初期設定が完了したら、次はABCIの計算環境へ接続するための準備を進めます。利用者ポータルで登録したSSH公開鍵に対応する秘密鍵をローカル環境に用意し、ABCIのログインノードへSSH接続できることを確認します。接続に成功すると、ジョブ投入に必要な各種コマンドや、ホーム領域・グループ領域のストレージが利用可能になります。

ABCIでは、計算ノードでの処理はジョブスケジューラを介して実行します。ジョブの投入には、公式が提供する qsub 形式のジョブスクリプト を使用し、ジョブの状態確認には qstat、取り消しには qdel を利用します。

4.利用料金と課金単位──ポイントの購入と消費管理

前述の通り、ABCIの利用料金は、「ABCIポイント」を購入し、そのポイントを消費する方式で運用されています。計算資源の利用に必要なポイント数はノードタイプや利用時間ごとに定められています。

ホーム領域のストレージは無償(2TB)で提供され、グループ領域やクラウドストレージを利用する場合には、利用内容に応じてポイントが消費されます。ポイントの使用状況は、ABCIの利用者ポータルから確認することができます。

5.実運用──継続利用のためのプロジェクト管理

ABCIを継続利用する場合は、次のような管理が重要になります。

  • 計算コストの最適化(ノード選択・混雑状況の確認)
  • GPU利用量の記録とポイント管理
  • ジョブ失敗時の再実行・ログ解析
  • プロジェクトごとの成果・報告書作成

生成AI開発やLLMの微調整(ファインチューニング)では、数百〜数千時間分のGPU利用が発生するため、実験計画の明確化が欠かせません。

これからのAI戦略では「どこで学習し、どこで動かすか」をより柔軟に検討することが重要に

ABCI 3.0の強化は、単なる研究支援を超え、「国内AIインフラの共有化」という流れを加速させるものです。

多くの企業にとって重要なのは、この流れを「遠い話」と捉えず、“AIリソース戦略”を自社の経営課題として位置付けることです。「GPUサーバを増やすか、クラウドを使うか」の二択ではなく、「どこで学習し、どこで動かすか」を設計することをより柔軟に検討することがこれからの情シスには求められるでしょう。

ABCI3.0もそのための有効な選択肢の一つとして、ぜひ押さえておきましょう。

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