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マルチエージェントシステム(MAS)とは?──複数AIエージェントによる連携と未来展望

レンテックインサイト編集部

マルチエージェントシステム(MAS)とは?──複数AIエージェントによる連携と未来展望

生成AIのビジネス利用は急速に社会に普及し始めています。しかし、複雑な意思決定にはまだまだ使えないと感じる方も少なくないのではないでしょうか。

そこで注目を集めているのが、単一AIでは難しい複雑な意思決定を複数のエージェントが協調して行う「マルチエージェントシステム(MAS)」です。各エージェントが自律的に動きつつ、全体の最適化を図るMAS。製造・物流・金融など多くの分野で活用が進んでいます。

本記事では、MASが今注目を集める理由や基本構成、実務で用いるために押さえるべきポイントなどについて分かりやすく解説します。

なぜ今「マルチエージェントシステム(MAS)」なのか?

チャットボットによる問い合わせ対応、予測モデルによる在庫管理、画像認識による不良検出──生成AIやIoTの普及により、企業はこれまで以上に自動化や最適化を進めるチャンスを得ています。

しかし一方で、「変化への即応」や「複数プレイヤーの利害調整」が求められるようになった今、単独のAIによる集中制御の限界も顕在化してきています。

例えば、次のような状況を考えてみてください。

  • 一台の自律搬送ロボットが倉庫内を走行していたとき、障害物によって急遽ルートが塞がれた
  • 別のロボットも同じ通路に進もうとしている
  • 両者は限られたスペース内で最適なすれ違いタイミングを協議しなければならない
  • 同時に、倉庫全体としての処理効率も維持しなければならない

こうしたシナリオにおいては、中央サーバーから一方的に指示を行うよりも、各エージェントが状況を理解し、周囲と連携して自律的に判断・行動するほうが現実的で迅速です。

つまり、私たちの現実世界では、「複数の意思決定者が同時に動く構造」そのものが標準であるという前提に立つ必要があります。 この構造に対応するAIアーキテクチャが、マルチエージェントシステム(MAS)なのです。

MASとは?──“分担”ではなく“協調”する仕組み

マルチエージェントシステム(MAS:Multi-Agent System)とは、‟複数のAIエージェントが自律的に判断しつつ、全体として連携・協調して目標達成を図るシステム”です。

ここで重要なのは、「複数のAIがいる」こと自体ではなく、それらが状況を共有し、目的をすり合わせ、ときには交渉しながら連携することです。

MASの特徴としては、以下のようなものが挙げられます。

  • 自律性:各エージェントは自らの目標と情報に基づいて行動する
  • 協調性:必要に応じて、ほかのエージェントと協調・競合・交渉する
  • 柔軟性:環境や条件の変化に応じて個別または集団として対応できる

こうした特徴は、人間社会のような分権的・相互作用的な構造とよく似ており、複雑な業務プロセスを扱う際に極めて適しているといえるでしょう。

MASの基本構成とユースケース──どこで、どう使われているのか?

MASの裏側では、いくつもの技術要素と設計思想が組み合わさっています。本章では、MASを構成する中核的な仕組みについて、具体的にご紹介します。

エージェントとは?──知覚・判断・行動のループ

MASを理解する第一歩は、各エージェントがどのように動作しているかを知ることです。エージェントは単なるルールベースの自動処理ではなく、「知覚→判断→行動」のループ構造をもつ知的な存在です。

  • 知覚(Perception):センサーやAPIを通じて環境情報を収集する
  • 判断(Reasoning):取得した情報に基づいて意思決定を行う
  • 行動(Action):外部環境や他エージェントに対して実際の働きかけを行う

このループを繰り返しながら、エージェントは変化する状況に対応して自律的に行動を変化させていきます。

エージェント間の「協調」をどう実現するか──三つのモデルで考える

MASの核となるのは、「複数のエージェントが互いにどう連携し、全体としてどう振る舞うか」という協調の仕組みです。代表的な実装モデルには、以下のようなものがあります。

ブラックボードモデル

全エージェントが「ブラックボード」と呼ばれる共通の“共有知識空間”を通じて非同期に連携する。柔軟性が高く、異種エージェント間の協調に適している。

契約ネットプロトコル

タスクに応じて「提案→入札→選択→実行」といったプロトコルによりエージェント間で動的に役割分担が行われる。分散環境における協調作業やタスク割り当ての効率化に有効とされている。

スウォームインテリジェンス(Swarm Intelligence)

アリやハチの群れのように、単純な個体の集合が全体として高度な挙動を示す。多数の簡易エージェントで構成されるロボティクスや交通制御で有効とされている。

2025年現在において、上記の使い分けはユースケースやシステム要件によって異なります。

例えば、ブラックボードモデルは、医療診断支援や産業制御システムなど、複数の専門エージェントが逐次的・補完的に知識を積み重ねながら協調する必要がある場面に適しています。特に異なる技術スタックや役割を持つエージェント間の情報共有基盤として、その柔軟性が評価されています。

一方、契約ネットプロトコルは、タスクの割り当てが頻繁に変化する製造ラインや物流、自律型ロボット群の作業調整などにおいて有効です。個々のエージェントが自律的に判断し、能動的に役割を獲得・実行する仕組みは、変動の大きい環境での効率的な協調に向いています。

そして、スウォームインテリジェンスは、個体の知能は限定的ながらも、集団として環境に適応していく構造が求められる分野──例えばドローンの編隊飛行、センサーネットワークによる環境モニタリング、都市交通の流れの最適化──などでの導入が進んでいます。単純なルールの組み合わせで複雑な全体最適を生み出せることが、大規模分散環境における強みです。

こうした仕組みは、用途や業界に応じて適切に選択され、エージェント間の競合の回避や協調行動の誘導を実現します。

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MASの未来展望と導入時の課題──“実務で使う”ために押さえるべきこと

マルチエージェントシステム(MAS)は、近年の生成AI・IoT・分散処理技術の進化とともに、実用化の段階へと踏み出しつつあります。とはいえ、すべての企業がすぐに取り入れられるほど成熟しているわけではありません。

ここでは、MASの現在地と課題、そして備えておくべき視点について解説します。

MASはどこまで進化しているか?──学術研究と実装のギャップ

MASの理論は1990年代から研究が進められており、通信プロトコルや協調戦略、分散最適化のアルゴリズムなど、学術的には確立された部分も多く存在します。 しかし、実際のビジネス現場で「汎用的に使えるMASソリューション」が普及しているかといえば、まだ道半ばです。

現状、MASの実装が進んでいるのは次のような“用途特化型”の領域です。

  • スマート工場における工程自律調整
  • ロボット群制御(ドローン、AGVなど)
  • マルチボット接客対応(ホテル、病院、案内業務)

つまり、制約条件が明確で、環境がある程度統制されている場面においては、MASの優位性が発揮されているという状況です。

一方で、社内業務のようにプロセスが属人化・曖昧化している分野では、エージェントの定義自体が難しいため、導入には工夫と準備が求められます。

生成AI時代のMAS──エージェント・シミュレーションへの展開

近年は、ChatGPTのようなLLM(大規模言語モデル)をベースにした「マルチエージェント・シミュレーション」の試みも登場しています。例えば、複数のChatGPTエージェントがそれぞれ異なるキャラクターや職務を持ち、仮想空間の中で協調して問題解決にあたるといったケースです。

こうした取り組みは、社会シミュレーション(都市計画、災害時対応)や業務訓練(コールセンター、営業ロールプレイ)などへの応用が進められており、MASの可能性は大きく広がりつつあります。

とはいえ、これらはまだプロトタイプ段階であり、エージェント間の行動が過学習や暴走を起こさないよう制御する仕組みの確立は、引き続き挑むべき課題です。

実装時の課題──分散制御の難しさと組織の準備

MASの導入において最初にぶつかる壁は、「分散制御を現実的にどう行うか」という点です。 複数エージェントが同時並行で動く構成では、以下のような課題が発生しやすくなります。

通信オーバーヘッド

頻繁な状態同期や意思決定のやりとりでネットワーク負荷が高まる

整合性の維持

一方の判断がほかの判断と矛盾しないよう、調整ルールや優先順位付けが必要になる

予期せぬ競合

エージェント同士が似た目的を持つと、リソースの奪い合いや非効率な衝突が発生する

これを回避するためには、組織側でも業務を“エージェント単位”で分割・再設計できる力が求められます。例えば、「この処理は自律的に判断できるか」「この判断には誰が影響するのか」といった視点から、業務フローを構造的に捉え直す必要があります。

さらに、ツールに任せきるのではなく、「協調」「分散」「動的最適化」といった設計思想自体をチームが理解・共有しておくことが、導入後の安定運用には不可欠です。

“視点”からのMAS導入は今日から始められる

マルチエージェントシステム(MAS)は、生成AIやIoTといった先端技術の価値を最大限に引き出す「次の一手」として、注目を集めています。単一AIでは対応しきれない複雑な判断や、多元的な調整が求められる場面が増える中、複数のエージェントが自律的に動きながら協調するMASの考え方は、今後の業務設計に重要なヒントを与えてくれるでしょう。

また、MASは大規模な企業だけの話ではなく、中堅・中小企業にとっても段階的に取り組めるテーマです。ぜひ、単純な自動化の次に来る、協調的・分散的な業務のあり方を見据えて、「もしここがエージェントになったらどう動くか?」と話し合ってみてください。

中長期的な視点で議論を交わすことで、意外な業務の構造や課題の本質が見えてくるはずです。

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