
リモートワークやクラウドサービスの一般化、BYOD(私物端末の業務利用)の普及に伴い、多くの企業が従来型のセキュリティを刷新し始めています。こうした時代の要請に応える新たなアーキテクチャとして注目されているのが「SASE(Secure Access Service Edge)」です。
本記事では、SASEの基本概念から構成要素、導入メリット、そして中堅企業にとっての現実的な活用方法までを網羅的に解説します。今まさに求められる“ネットワークとセキュリティの統合”とは何かを探っていきましょう。
コロナ禍を経て、企業のIT環境は大きく変化しました。在宅・ハイブリッド勤務が定着したことはもちろん、多くの企業が何らかの形でBYODを許可する取り組みに着手しており、また平均的な企業が管理するSaaSアプリの本数は右肩上がりに増加しています。
「SaaS利用に関する調査2024年版」(スマートキャンプ株式会社)によると、全社で利用しているSaaSの個数が11個以上に達するという企業の割合は2024年に3割(30.7%)に達しました。
こうした背景から脚光を浴びているのが 「SASE」です。
SASEは、ネットワーク機能(SD-WANなど)とセキュリティ機能(SWG、CASB、ZTNA、FWaaSなど)をクラウド上に統合し、場所やデバイスに依存せず、安全かつ効率的にユーザーを業務環境へアクセスさせる仕組みです。正式には「Secure Access Service Edge(セキュア アクセス サービス エッジ)」といい、2019年に米Gartner社が提唱しました。
従来は、社内ネットワークとその周辺にファイアウォールやVPN機器を配置し、すべての通信を本社経由で制御する「境界型セキュリティモデル」が一般的でした。しかし現在では、以下のような変化が進んでいます。
また、SASEはゼロトラストの考え方と非常に親和性が高く、ユーザーや端末への信頼を前提とせずにアクセス制御を行う「ZTNA(ゼロトラスト・ネットワーク・アクセス)」を中核に据えることで、「誰がどこからアクセスしても、常に検証を行い必要最小限のアクセスだけを許可する」というセキュリティモデルを実現できます。
このようにSASEは、企業のIT環境が多様化・分散化する中で、セキュリティとユーザー体験を両立させる新しいインフラ基盤として、注目を集めているのです。
SASE(Secure Access Service Edge)は、単一の製品というよりも、「ネットワーク+セキュリティをクラウドで統合する」ための包括的なアーキテクチャです。そのため実現には、複数の機能を組み合わせる必要があります。 本章では、SASEを構成する主な技術要素を整理した上で、導入によって得られるメリットを、特に中堅企業の導入視点から解説します。
SASEを構成する中核機能は以下の5つです。これらをクラウドサービスとして一体的に提供することで、従来の個別ソリューションでは難しかった「一貫性」と「スケーラビリティ」を実現します。
ソフトウエア制御により、拠点ごとに最適な経路で通信を行うネットワーク技術です。アプリごとのパフォーマンスを意識したルーティングが可能で、クラウドサービスへの接続を高速化・安定化します。
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Webトラフィックに対するセキュリティ検査をクラウド上で実行するプロキシ(通信の中継機能)です。マルウエアの検出や不適切なWebサイトのブロックなどを通じて、業務上のリスクを軽減します。
クラウドサービス利用の監視と制御に特化したセキュリティソリューションです。導入により、シャドーITの可視化・対策や、業務で許可されたSaaSの利用ポリシーの徹底が容易になります。
“すべてのアクセスを検証する”ゼロトラストの考えに基づいた認証・アクセス制御のシステムです。ユーザーや端末の状態を確認し、必要最小限のアクセスを許可します。
クラウドで提供される次世代型のファイアウォールです。オンプレミスにハードウエアを設置せずとも、スケーラブルな境界防御をクラウドで実現します。
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SASEでは、これらを統合的に扱うことで、従来は煩雑だった“ネットワークの利便性とセキュリティの両立”を、柔軟かつ効率的に進められるようになります。
SASEを導入することで、情報システム部門・利用者の双方に以下のような実務的なメリットが生まれます。
オフィス勤務、リモートワーク、海外出張──どこから接続しても統一されたセキュリティルールが適用されるため、ポリシーの“抜け漏れ”がなくなります。
オンプレミスのセキュリティ機器やVPN装置の設置・保守・設定といった管理負荷が軽減され、人的リソースをより戦略的な業務に振り向けられます。
通信ログやユーザーの挙動をリアルタイムで記録・分析でき、インシデント発生時の迅速な対応や、監査対応の簡素化につながります。
こうしたメリットは、実は中堅企業こそ受けやすい側面があります。なぜなら、多くの中堅企業には以下に列挙するような事情があることが少なくないからです。
セキュリティを強化したいが、人手も予算も足りない。そんな現実に対して、SASEはクラウドベースで標準的な保護を届けてくれる解決策となり得ます。特に、複数拠点を持つ中堅・中小企業では、従来のVPN・UTMだけでは限界を感じるケースが増えており、SASEはその代替・強化策として現実的な選択肢となりつつあります。
SASEは、従来のネットワーク構成を根本から見直す可能性を持つアーキテクチャです。その分、導入にあたっては慎重な設計と段階的な進め方が求められます。本章では、導入前に押さえておくべき点、実際の現場で起きがちな失敗とその回避策をご紹介します。
まず重要なのは、「自社がSASEを導入する目的」を明確にすることです。多くの企業で見られるのは次の二つの課題です。
このどちらの対応に重点を置くのかによって、選ぶべき構成や導入順序は大きく変わります。前者であれば、SASEの中でもセキュリティ機能を優先的に導入するのが一般的です。具体的には、SWGやZTNA、CASBといったクラウドベースのセキュリティ機能を先行して取り入れ、段階的にSD-WANなどネットワーク機能との統合を進めていきます。
後者の通信効率の改善を優先したい場合は、SD-WANの導入を軸に据えたSASE構成が適しています。クラウドPoPを経由してSaaSなどのクラウドサービスに直接アクセスできるようにすることで、VPNの迂回経路による遅延を回避し、ユーザー体験を向上させることができます。
次に確認すべきは、既存のネットワーク構成との整合性です。すでにVPNやオンプレミスのプロキシを利用している場合、それらとSASEサービスとの接続性や共存可能性を事前に確認しておくことが不可欠です。
SASEは構成要素が多いため、導入時に注意すべきポイントも少なくありません。以下は、実際の現場でも頻繁に見られる典型的な失敗例です。
このケースでは導入後の運用やトラブル対応で、“ブラックボックス”化したシステムがコントロールできなくなるリスクがあります。
その対策として、PoC(概念実証)の段階で、各コンポーネントのログ取得方法や設定画面について社内関係者とベンダーが共同で操作・確認できるハンズオンの場を設けておきましょう。さらに、障害時の一次対応やポリシー設定変更など、日常的な運用業務におけるベンダーと社内の責任範囲と役割分担を、RACI表や運用フロー図などで文書化しておくことも有効です。
このケースでは、担当者の異動や退職により、設定の全体像が把握できなくなれば、誤ったポリシーの継続運用やセキュリティホールが発生するといったリスクがあります。
属人化を防ぐためには、導入初期からポリシーの命名規則、設計ルール、管理方針を明文化し、社内で共有する仕組みを整えておくことが不可欠です。さらに、ポリシーの変更履歴や適用対象を一元管理できる台帳を作成するほか、定期的な棚卸しやレビューの運用サイクルを組み込むことで、不要な設定の蓄積を防ぎ、セキュリティと可視性を両立できます。
現場からの要望に個別対応していると、気付けばポリシーの一貫性が失われ、ZTNAの意義そのものが損なわれてしまいます。
このような事態を防ぐためには、例外ルールはあくまで一時的な措置と位置づけ、原因調査・改善策の検討・恒久対応を経た上で、必要なアクセスのみをポリシーに吸収するという“統合前提の運用”を徹底することが重要です。また、例外対応にチケット制を導入し、期限や責任者を明確にして管理することは、際限のない追加や放置を防ぐ際に有効です。
SASEをフルスタックで導入するには、コストや運用体制の整備も求められます。そこで有効なのが、段階的に導入していく“スモールスタート戦略”です。
まずは、リスクの高い外部通信をカバーするSWGや、リモートアクセスの認証強化に直結するZTNAなどの「部分導入」から始めましょう。これにより、セキュリティ強化と利便性のバランスを試しながら導入効果を評価できます。
また、拠点間通信の最適化やネットワーク再設計が求められる場面では、FWaaSやSD-WANを導入するタイミングを「既存機器の更新期」に合わせて検討するのが合理的です。これにより、既存投資を無駄にせず自然な切り替えが可能になります。
最終的には、SASE全体の統合運用を見据えた設計思想を持ち、将来的な拡張やほかのSASEコンポーネントとの連携がしやすい構成を意識することが望まれます。
SASEはクラウド時代の働き方に対応するための“基盤づくり”そのものです。拠点や端末、通信経路が分散し、ユーザーの働く場所が常に変動する現在。ゼロトラストの実現、クラウド活用の最適化、IT運用負荷の軽減──こうした課題を一手に引き受けるSASEは、中堅企業にとってこそ現実的かつ戦略的な選択肢です。
一気にすべてを変える必要はありません。自社の状況に応じた段階的な導入であっても、十分に効果を発揮します。いま一度、「ネットワークとセキュリティのあり方」を見直し、自社のこれからにふさわしいインフラ戦略を描いていきましょう。