リモートワークやクラウドの活用が進む中で、従来のVPN中心のネットワーク構成では一部の業務要件において通信効率の限界があると指摘されています。特に、クラウドを前提としたリモートワーク環境では、VPN経由の通信がパフォーマンスや可用性の面で課題となるケースも。
その打開策として注目されているのが、アプリごとの通信制御や拠点単位の経路最適化を可能にする「SD-WAN(Software-Defined WAN)」です。
本記事では、VPNとSD-WANの基本的な違いに加え、どちらが自社にとって最適なのかを見極めるための判断軸と実務視点での導入ポイントをご紹介します。
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コロナ禍を契機に広がったリモートワークやクラウド活用は、企業活動の“前提”として定着しつつあります。その変化に伴い、企業のネットワークインフラにも抜本的な見直しが求められています。
拠点間VPNを中心としたネットワーク構成は、従来のオンプレミス主流・オフィス中心の業務スタイルで多く採用されました。しかし現在では、その構成が業務の柔軟性・可用性・セキュリティの足かせになりつつあります。
例えば、Microsoft 365、Google Workspace、Salesforce、AWSといったSaaS・IaaSの導入が進む現在、社内業務の多くがクラウド上で完結する構成に移行しています。それにもかかわらず、依然として「VPN経由で本社やデータセンターを中継しないとインターネットに接続できない」といった中央集約型のネットワーク構成を維持している企業も少なくありません。
こうした構成では、ユーザーの物理的な位置やアクセス先のクラウドサービスに関係なく、全トラフィックが本社に集中するため、以下のような課題が発生しかねません。
また、近年はリモートワークをはじめ、ハイブリッド勤務や、短期出張・サテライトオフィスの利用などを通じた柔軟な働き方が広がっています。さらには、海外在住の人材を活用したり、国内の複数拠点で横断的に業務を進めたりと、「働く場所」が拡散する傾向が顕著です。
このような環境では、以下のような状況が常態化します。
こうしたユーザーの環境が制御できない状況を踏まえると、静的なVPN設計や、個別設定ベースのネットワーク管理では対応が追いつかない可能性があります。また、ネットワークを“社内=安全、社外=危険”とする従来の境界型セキュリティでは、場所や端末が流動化した現代の業務環境を守りきることは困難です。
特に、VPN機器やルーターを狙った脆弱性攻撃は頻発しており、脆弱性が放置されたVPN装置を経由したマルウエア侵入、認証情報の流出による不正ログインといったインシデントが報告されています。
こうした背景から、「通信の内容」や「ユーザーの行動」に基づいて動的に判断・制御する仕組み(ゼロトラスト、SASEなど)の必要性が高まっています。
加えて、VPNの運用コストと管理負担も無視できません。VPNを維持するには、拠点ごとの機器設置・設定作業・障害対応・ファームウエア更新など、多くの人的コストと運用リソースが必要となります。例えば、以下のような状況に思い当たるところがある情報システム担当者の方も多いのではないでしょうか。
VPNは「導入して終わり」ではなく、継続的な運用とアップデートが求められるということはその活用において忘れてはならないポイントです。
企業にとって重要なのは、「従来の方式を継続するかどうか」ではなく、「いまの業務環境にとって最も適した構成は何か」をゼロベースで再評価することです。
拠点数、通信量、クラウド依存度、セキュリティ要件、運用体制、予算、将来の拡張性や海外展開の可能性などを踏まえて、VPNが引き続き最適であるなら維持すべきです。しかし、別の構成に転換することでパフォーマンス・運用効率・セキュリティが高まるのであれば、積極的な見直しが推奨されます。
「VPNでは限界がある」という認識が広がる中、次の選択肢として注目されているのが「SD-WAN(Software-Defined Wide Area Network)」です。ここでは、VPNとSD-WANの違いを比較し、導入効果を左右する4つの判断基準を整理します。
まず、両者の構成を簡潔に表形式で比較してみましょう。
多くのSD-WANソリューションは、アプリケーションレベルでの可視化や、複数回線の動的制御、ポリシーベースの通信制御を可能にしており、「ユーザーを中心に最適化された通信設計」を実現できるのが最大の特徴です。
ここからはVPNからSD-WANへの移行で押さえるべき4つの判断基準をご紹介します。
SD-WANが真価を発揮するのは、業務の大部分がクラウド上で行われる企業です。以下のような状況に該当する場合、VPN構成では通信が本社経由となり、帯域や遅延の課題が発生しやすくなります。
こうした場合、SD-WANを導入することで「インターネットブレイクアウト」を実現し、クラウド通信をより近い地点から行えるようになるため、通信のボトルネックを解消し、業務アプリのパフォーマンスを向上させることが可能です。
拠点数が多く、かつそれぞれが本社とは異なる業務環境や通信要件を持つ場合、VPN構成ではネットワークが複雑化しがちです。特に以下のような課題がある場合は、SD-WAN導入による管理の効率化が見込まれます。
SD-WANはGUIベースの一元管理により、テンプレートやポリシーに基づいた迅速な構成展開が可能です。これにより、拠点数が多いほど運用効率の向上効果が大きくなることが期待されます
近年は、VPN単体ではセキュリティ対策が不十分であるという認識が広がり、ゼロトラスト・ZTNA(Zero Trust Network Access)の導入を進める企業も増えています。SD-WANは、SASEやZTNAとの統合を前提とした設計・運用がしやすく、必要に応じてこれらのセキュリティ機能と連携させることで、以下のようにより強固なアクセス管理が可能になります。
企業が中長期的にゼロトラスト戦略を進めるのであれば、SD-WANはその前提となるネットワーク基盤として適した選択肢となります。
VPN構成では、トラフィックのボトルネックや障害原因がブラックボックスになりやすく、トラブルシューティングに時間がかかる傾向があります。一方、多くのSD-WAN製品は、次のような見える化機能を提供しており、ネットワーク運用の高度化に寄与します。
これにより、情報システム部門が「どこで・なにが起きているか」を把握しやすくなるため、トラブル時の対応だけでなく、継続的な運用改善にもつながります。
すべての企業が一斉にSD-WANへ全面的に移行すべき、というわけではありません。企業によって、SD-WANへの移行には以下のような現実的な制約も存在します。
こうしたケースでは、「一部拠点でのパイロット導入」や「クラウド利用が多い部門から段階移行」など、スモールスタートで徐々に移行を進めていく戦略が有効です。
SD-WANは、既存のインターネット回線を活用するオーバーレイ構成で動作するため、既存のVPNと併用することが可能です。つまり、SD-WANを従来のVPN環境と並行して運用しながら、段階的に移行することも十分有効な選択肢といえるのです。
段階的な導入により、移行時のトラブルや混乱を避けながら、運用ノウハウの蓄積や管理体制の整備を進めることが可能となります。また、初期投資を抑えつつ、ネットワークの最適化と冗長化を図ることにも寄与するでしょう。
SD-WANは、単なる“通信インフラの最適化ツール”ではありません。ネットワークを通じて、業務のスピード、拠点展開の柔軟性、セキュリティ対応力、クラウド活用のスケーラビリティ──こうした企業の“将来戦略”を支えるインフラそのものなのです。
ネットワークの見直しは、「情報システム部門だけの課題」ではなく、経営や事業戦略と連動するテーマといえるでしょう。自社の未来に適したインフラ戦略を描くため、ぜひネットワークの見直しに取り組んでみてください。