AIの活用、データレイク構築、IoTデバイスの普及などを背景に、企業が扱わなければならないデータ量は年々増加しています。また、これに伴い、CPUやメモリの性能だけでなく、ストレージ性能を向上させることの重要性が高まっています。
特に近年注目されているのが、「NVMe over Fabrics(NVMe-oF)」と呼ばれるストレージ技術です。
本記事では、NVMe-oFの基本的な仕組みや従来技術との違い、導入にあたってのメリットや事例を分かりやすく整理し、次世代インフラを検討する情報システム部門やITアーキテクトに向けて有益な知見をお届けします。
「NVMe(Non-Volatile Memory Express)」は、SSDなどの不揮発性メモリ向けに設計された高速インターフェース規格です。SATAやSASなど従来の接続規格と比べて大幅な高速化を実現し、近年ではサーバーやストレージにおける標準的なインターフェースとなりつつあります。
ただし、NVMeはサーバー内のローカル接続(PCIe)を前提としているため、ネットワーク越しに複数のサーバーで共有することは難しいという課題がありました。
この制約を克服するために登場したのが、「NVMe over Fabrics(NVMe-oF)」です。
NVMe-oFは“ネットワーク(Fabrics)越しにNVMeデバイスを共有・接続するためのプロトコル規格”です。NVMeの高速性をそのままに、複数のサーバーが同一のストレージを低遅延で利用できるという特長を持ちます。その代表的なメリットとして挙げられるのが以下の三つです。
NVMe-oFを使えばネットワーク越しでもNVMe SSDの高速性能を実現できるのが第一のメリットです。特に高速なデータ分析・AI処理などの実用化とともに、NVMe-oFの重要性も高まっています。
ストレージをネットワーク越しに配置することで、サーバーとストレージを別々に構成することが可能となります。その結果、ストレージのメンテナンスやスケールアウトの柔軟性が大きく高まります。
NVMe-oFはさまざまな接続方式に対応しており、既存インフラの活用から次世代ネットワークへの移行まで柔軟に対応できる拡張性の高い技術です。AI・ビッグデータ・コンテナなど、高速ストレージを前提とする最新アーキテクチャとの親和性が高く、将来性に優れています。
「NVMe-oF」は、従来のストレージ技術とどのような点で異なるのか、詳しく見ていきましょう。
従来のSANやNASを中心としたストレージ構成では、iSCSIやFibre Channelといったプロトコルを用いて、ネットワーク経由でデータにアクセスするのが一般的でした。この構成は、システムの信頼性や運用のしやすさに定評がある一方、パフォーマンスや拡張性に限界があることも指摘されています。
一方で、ローカル接続のNVMe(Non-Volatile Memory Express)は、PCIeバスを用いることで非常に高速なデータアクセスを実現します。ただし、この方式ではストレージはサーバーに直結されるため、ほかのサーバーとの共有や分散処理への対応には制限があります。
こうした従来方式の課題を解決するのが、「NVMe over Fabrics(NVMe-oF)」です。NVMeの高速性をそのままに、RoCE(RDMA over Converged Ethernet)やFibre Channel、TCPといったネットワークを経由して複数サーバー間で共有可能な構成を実現します。
以下の比較表は、主要なストレージ技術の違いを整理したものです。
従来のSAN/NAS | NVMe(ローカル) | NVMe-oF | |
---|---|---|---|
接続形態 | ネットワーク経由 | ローカル接続 | ネットワーク経由(Fabric) |
通信プロトコル | iSCSI、Fibre Channel | PCIe | RoCE、FC、TCPなど |
レイテンシ | 中程度 | 非常に低い | NVMeに近い低遅延 |
スケーラビリティ | 高いが速度制限あり | サーバー単位で制限あり | 高速かつスケーラブル |
主な用途 | 一般業務・VM共有など | ハイパフォーマンス処理 | 高速共有ストレージ、AI、DBなど |
このように、NVMe-oFはローカルNVMeの性能をそのままネットワーク越しに展開するという点で、従来の技術とは一線を画すアプローチといえるでしょう。
まず、超低遅延のデータアクセスを実現することで、分析処理や高速なデータベース操作など、高IO性能を求められるシステムでは、これまでボトルネックとなっていたストレージアクセスを劇的に改善できます。さらに、NVMeの高速性と両立した「複数サーバーからの同時アクセス」が可能となり、高可用性構成や仮想環境でのストレージ集約にも対応しやすくなるでしょう。
また、スケーラビリティも高く、ワークロードの増加に応じてストレージ側を段階的に拡張できるため、AIの学習処理やIoTのリアルタイムデータ分析といった用途でも拡張性とパフォーマンスを両立できます。
このような点からNVMe-oFは、従来構成に課題を感じている企業や、次世代IT基盤を構想中の情報システム部門にとって、有力な選択肢となっています。
NVMe-oFは、実際にどのような分野で、どのような成果を上げているのでしょうか。
以下では、代表的な活用事例を三つご紹介しながら、NVMe-oFの活用可能性が高い領域について整理します。
ディープラーニングや生成AIなど、AI関連の処理では大量の学習データを短時間で学習することとなります。そこで、GPUクラスタや分散トレーニングを用いた構成では、ストレージのレイテンシがボトルネックとなるケースが多く見られます。
この課題を解決するため、NVMe-oFを活用した企業では以下のような成果が報告されています。
・複数のGPUノードから、単一の高性能NVMeストレージに並列アクセス
・分散ファイルシステムと連携し、学習データの読み出し時間を大幅に短縮
・学習ジョブのスループット改善により、モデル開発サイクルを高速化
NVMe-oFによるスケーラブルなストレージ共有は、AI/機械学習の基盤として非常にマッチする特性を備えているといえるでしょう。
取引量の多い金融業界やECプラットフォームでは、データベースの応答性がビジネス成果に直結します。特に、決済処理や注文情報のリアルタイム更新など、ミリ秒単位の遅延も許されないユースケースでは、ストレージの性能がシステム全体のカギを握ります。
例えば、EC事業においてトランザクションDBのストレージにNVMe-oFを採用した場合に、実現される成果として次のようなケースが挙げられます。
・トラフィック急増時にも安定した応答時間を維持
・旧SAN構成に比べて、IOPS(秒間あたりの入出力回数)が大幅に向上
・スケーラブルな設計により、キャンペーン時の需要変動にも柔軟対応
このように、高パフォーマンスかつ拡張性の高いストレージ構成は、可用性が求められる基幹系アプリケーションとの親和性が高いといえます。
企業のリモートワーク推進やBCP(事業継続計画)の強化に伴い、VDI(仮想デスクトップインフラ)の導入が進んでいます。VDI環境では、多数のユーザーが同時に仮想マシンを起動・利用するため、ブートストームなどストレージにかかる負荷が集中する課題があります。
この点でも、NVMe-oFは有効な打ち手となります。
・ローカルNVMeのような高速性を維持しつつ、集中管理されたストレージ構成が可能
・サーバー増設時もストレージ側の拡張で対応でき、柔軟なスケーリングを実現
・仮想マシンの起動時間・レスポンス時間の短縮により、ユーザー満足度が向上
ユーザー体験とインフラ効率の両立が求められるVDI環境において、NVMe-oFは非常に導入効果の大きい選択肢です。
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データ量と処理要求が爆発的に増加する現代のIT利用において、ストレージはもはや単なる保存領域ではなく、ビジネスの競争力を左右する基盤技術となりました。NVMe over Fabrics(NVMe-oF)は、従来のローカル接続に限定されていたNVMeの高速性能を、ネットワーク経由で柔軟に共有可能にすることで、ストレージ設計の常識を大きく塗り替える技術です。
もちろん、導入にはネットワークの整備や初期投資、運用体制の見直しといった検討事項があるのも事実です。しかし、それ以上に得られるメリット──高速化、集約化、可用性、柔軟性の向上──は、今後のインフラ設計において決定的な差別化要因となるでしょう。
まずは、自社のシステム課題や将来構想にNVMe-oFがどうフィットするかを確認することから導入検討を始めてみてはいかがでしょうか。