ERP(統合基幹業務システム)は、営業・販売、倉庫・物流、経理・財務、調達・管理、人事・給与など、経営資源すべてをまとめて管理し有効活用するためのシステムです。近年、従来のオンプレミス型ERPに対し、コストやスケーラビリティなどの側面で利点を持つクラウド型ERPが注目され、多くの企業が採用を進めています。
本記事では、オンプレミス型ERPとクラウド型ERPの違いを明確にし、それぞれのメリット・デメリットを比較するとともに、導入を成功させるために 検討すべきポイントを詳しく解説します。
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ERPはデータの一元管理とそれらを利用した業務の効率化を実現するシステムです。従来は大企業を中心に業務プロセスの統合と生産性向上を目的として活用されてきました。
しかし、近年では中小企業においても、業務のデジタル化やデータ活用の重要性が高まっており、その中でクラウド型ERP が注目されるようになっています。
クラウド型ERPが注目される背景には、以下の三つの要因があります。
経済産業省が2018年に発表した「DXレポート」では、2025年までに老朽化した基幹システムの維持管理コストが増大し、企業の競争力を低下させる「2025年の崖」が指摘されました。この問題を解決する手段の一つとして、柔軟性・拡張性に優れたクラウド型ERPへの移行 が求められてきたのです。
また、AIやIoT、ビッグデータの活用が進む中、リアルタイムなデータ分析を可能にするクラウド型ERPの導入は、経営の迅速な意思決定にも貢献します。
従来のオンプレミス型ERPは、導入時に数千万円規模の初期投資が必要であり、システムの保守・運用に関する専門知識を持つIT部門が不可欠でした。しかし、クラウド型ERPはSaaS型で提供されることが多く、月額料金で利用できるため、中小企業でも導入しやすくなっています。
2018年版中小企業庁白書(中小企業庁へのリンク)によると、2016年時点の中小企業のERP導入率は約20%と全体の1/5程度に留まっていました。クラウド型ERP市場の盛り上がりは、その状況に変化をおよぼしはじめています。
コロナ禍を契機に、日本企業の働き方が大きく変化し、リモートワークやハイブリッドワークの導入が加速しました。 これに伴い、従来のオンプレミス型ERPでは対応が難しかった「場所を選ばない業務遂行」が求められるようになりました。
クラウド型ERPは、インターネット環境さえあればどこからでもアクセス可能であり、社内外のデータ共有がスムーズに行えるため、リモートワークを支援するシステムとしても注目されています。特に、人事・給与計算システム(HRM/HCM)や顧客管理システム(CRM)などは、クラウド型ERPとの統合が進んでいます。
クラウド型ERPとオンプレミス型ERPには、それぞれメリット・デメリットがあり、企業の規模や業種によって最適な選択肢が異なります。以下の主要なポイントで比較してみましょう。
比較項目 | オンプレミス型ERP | クラウド型ERP |
---|---|---|
初期導入コスト | サーバーや回線等のハードウエア・OS等のソフトウエアといった初期コストが高い | 月額または年額サブスクリプションのため初期コストは低い |
運用・保守コスト | 自社で対応(IT人材・システム更新) | ベンダーが対応(管理負担が少ない) |
長期的なコスト | 資産として計上可能だが、高額な更新費用が発生 | ユーザー数やストレージ・モジュールの増加に伴い追加のランニングコストがかかるが、予測しやすい |
短期的なコストを抑えつつ、柔軟な拡張性を求める場合はクラウド型ERPが有利です。一方、長期的に自社でシステムを運用・管理し、業務プロセスに合わせた細かな調整を行いたい場合は、オンプレミス型ERPも選択肢となります。
比較項目 | オンプレミス型ERP | クラウド型ERP |
---|---|---|
拡張の柔軟性 | 追加サーバーやライセンス購入が必要 | 必要に応じてリソースを増減可能 |
運用・保守費用 | 大規模なシステム変更が必要になることが多い | 事業の拡大・縮小に応じて柔軟に対応可能 |
カスタマイズのスピード | カスタマイズには時間がかかる | ベンダーの提供する最新機能をすぐに利用可能 |
クラウド型ERPは、企業の成長や市場変化に応じて柔軟に拡張できるため、特に成長中の企業や新規事業を展開する企業に適しています。 一方、オンプレミス型ERPは、システム拡張の自由度は高いものの、新たな機能の追加やサーバー増設には時間とコストがかかります。
比較項目 | オンプレミス型ERP | クラウド型ERP |
---|---|---|
データ管理 | 自社で完全管理可能 | クラウド環境でベンダーが管理 |
セキュリティ対策 | 自社のセキュリティポリシーに基づいて強化可能 | ベンダーが最新のセキュリティ対策を実施 |
システムインフラの管理 | IT部門がインフラの運用・保守を担当 | ベンダーがインフラ運用・保守を代行 |
オンプレミス型ERPは、自社のポリシーに基づいたセキュリティ管理が可能ですが、自社運用の負荷やITリソースの確保が必要です。一方、クラウド型ERPは、ベンダーによる最新のセキュリティ対策や自動アップデートにより、運用負担を軽減できますが、データ管理が外部に依存する点には注意が必要です。
比較項目 | オンプレミス型ERP | クラウド型ERP |
---|---|---|
アップデートの実施 | 手動で実施(追加コスト・時間が必要) | 自動で最新バージョンに更新 |
新機能の利用 | アップデートしないと利用不可 | 最新機能をすぐに利用可能 |
保守・サポート | 自社で対応、または外部ベンダーへ依頼 | クラウドベンダーが対応 |
クラウド型ERPは、ベンダーによる自動アップデートで常に最新の技術を活用でき、保守やトラブル対応の負担も軽減できます。一方、オンプレミス型ERPは、手動でのバージョンアップが必要で、更新のたびにコストや時間がかかるため、システムの老朽化リスクに注意が必要です。
比較項目 | オンプレミス型ERP | クラウド型ERP |
---|---|---|
カスタマイズの自由度 | 高い(独自の業務プロセスに対応可能) | 限定的(標準機能やベンダーの体制に依存) |
導入時の柔軟性 | 企業ごとの要件に応じて設計可能 | 標準機能の範囲で導入 |
運用の複雑さ | 高度なカスタマイズには専門知識が必要 | シンプルな運用が可能 |
オンプレミス型ERPは、業務プロセスに合わせた柔軟なカスタマイズが可能ですが、開発コストやカスタマイズした内容のアップデート対応の負担が大きくなりがちです。一方、クラウド型ERPは標準機能を活用するシンプルな設計が特徴でカスタマイズ性や拡張性はオンプレミス型に劣るものの、最近ではAPI連携により拡張性も徐々に高まっています。
クラウド型ERPの導入を成功させるためには、事前の計画と準備が不可欠です。ここでは、よくある失敗を未然に防ぎ、導入をスムーズに進めるために意識すべき4つのポイントをご紹介します。
クラウド型ERPは、標準化された業務プロセスを前提に設計されています。そのため、自社のフローをそのまま適用しようとすると、カスタマイズコストが増え、導入のメリットが薄れる恐れがあります。
そこで必要となるのが、導入前に現状の業務フローを整理し、非効率な部分や重複作業を洗い出した上で、ERPの標準機能に合わせる再設計のプロセスです。
例えば、紙ベースの承認フローをデジタル化し、ERPのワークフロー機能を活用すれば、業務効率が大きく向上します。過度なカスタマイズをしてしまうと、システムアップデート時にも追加費用が発生する可能性があるため、標準機能を最大限に生かせるよう、業務の標準化を進めるのが理想的です。
クラウド型ERPはサブスクリプション型の料金体系であるため、初期費用を抑えやすい反面、運用コストが長期的に経営に影響をおよぼすリスクは否定できません。そのため導入時にはライセンス費用やデータ移行などの初期費用に加え、月額利用料やユーザー数・ストレージ増加に伴う追加コストなどの運用費用、さらには従業員教育やシステム統合にかかる間接コストまで考慮する必要があります。
例えば、追加モジュールによってコストが変動することを前提に、事前に必要な機能を精査し、最適なプランを選択するといったプロセスは欠かせません。また、3~5年のスパンで総所有コスト(TCO)を試算し、投資対効果(ROI)を評価することで、長期的なコストパフォーマンスを見極めることも重要です。
旧システムからクラウド型ERPへの移行においては、データ移行の精度が運用後の業務効率に直結します。そこで、移行前にデータのクレンジング(重複やエラーの除去)を行い、整合性を確保した上で、テスト環境で問題が発生しないことを確認することで、移行後のトラブルを防ぐことができます。例えば「データ移行の不備が原因で在庫データが欠落し、業務が停止してしまった」というケースもあるため、慎重に計画を進めるよう心がけましょう。
加えて、クラウド型ERPを導入する際には、セキュリティ対策も重要な検討事項となります。ベンダーが提供するセキュリティ規格(ISO 27001やSOC 2など)を確認し、アクセス制御やデータ暗号化の設定を徹底することが、データ漏洩リスクを最小限に抑えることにつながります。例えば、顧客データの安全性を確保するために、VPNや多要素認証(MFA)を導入する企業も増えています。
クラウド型ERPは、導入後もベンダーのサポートを受けながら運用することが一般的なため、ベンダー選定の段階でサポート体制を慎重に確認する必要があります。特に、自社の業界や規模に適したERPを選ぶことが重要で、製造業であればSAP S/4HANA、サービス業であればOdooなど、業種ごとに適したソリューションを検討することが求められます。また、将来的な事業拡大に対応できるスケーラビリティがあるかどうかも考慮すべきポイントです。 サポート体制についても、日本国内での対応が可能か、時差を考慮したサポートが受けられるかなどを確認することが重要です。例えば、「グローバル対応に強いものの、ローカルサポートが手薄」というケースも想定し、自社のニーズに合ったサポート体制を提供できるベンダーを選定することが不可欠です。
クラウド型ERPの導入は、単なるシステムの刷新ではなく、企業のDXを加速し、競争力を強化するための重要なステップです。本記事では、オンプレミス型との違いや導入時に検討すべきポイントを解説しました。
今後、AIやRPAとの統合、データ活用の高度化が進む中、クラウド型ERPを適切に選定・活用することが、情報システム担当者の重要な役割となります。 クラウド型ERPの導入計画を進め、より柔軟で効率的なIT運用を実現していきましょう。