人型ロボットの市場が早期に動き出す可能性が出てきました。米国や中国を中心に人型ロボットに関するアナウンスが増えており、社会実装や本格的な市場形成に向けた動きが加速しつつあります。
人型ロボットの開発で注目度が高いのは、2022年に人型ロボット「Optimus」(オプティマス)の試作機を公開したEV大手のテスラです。同社は2025年内には、オプティマスが工場での作業が可能になるとの見通しを示しています。
同じ自動車メーカーでは、メルセデス・ベンツが、人型ロボットを開発するアプトロニック(Apptronik)と2024年3月に商業契約を締結しました。この契約の一環として、アプトロニックの人型ロボット「アポロ」(Apollo)がメルセデス・ベンツの製造施設で試験導入されています。メルセデス・ベンツにとっても人型ロボットを活用する初の取り組みです。同社は、製造現場における工程内搬送の領域で活用することを検討しており、組立部品の搬送・検査のほか、組み立てたユニットなどを搬送する作業にも活用する予定です。人型ロボットを活用することで作業員向けに設計されたスペースでも安定してパフォーマンスを発揮することができると見ています。
自動車関連ではBMWの製造グループ会社であるBMWマニュファクチャリングが、人型自律ロボットの開発を進めるフィギュア(Figure、米カリフォルニア州)と2024年1月に商用契約を締結し、汎用の人型ロボットを自動車の生産に活用することを検討しています。フィギュアの人型ロボットは、製造工程における困難な作業、危険な作業、煩雑な作業を自動化。従業員は自動化できない技能や工程に集中することで、生産効率や安全性の継続的な改善に貢献することを目指しています。また、フィギュアとBMWマニュファクチャリングは、自動車製造における人型ロボットの導入にとどまらず、AI、ロボット制御、製造の仮想化、ロボットの統合など、先進技術のトピックを共同で探求する方針を示しています。
そのほか、中国のEVメーカーであるNIOが、UBTECHやLeju Roboticsの人型ロボットを実証しており、UBTECHのロボットは一汽大衆(中国第一汽車集団とフォルクスワーゲンの合弁会社)にも導入されています。
自動車分野以外では、EC大手のアマゾンが、2023年に同社の物流施設へアジリティ・ロボティクス(Agility Robotics)の人型ロボット「Digit」を試験導入しました。Digitは2本の4軸アームを備えた2足歩行ロボットで、高い機動性と箱の運搬などが行える実用性を兼備しており、最大18kg程度の荷物を積み重ねることなどができます。アマゾンの施設では、商品を取り出して空になった通い箱を運搬する作業に用いられているようです。
メルセデス・ベンツと提携しているアプトロニックは、物流サービス大手のGXOロジスティクスとも提携しています。物流施設内の作業を人型ロボットで行うことを目指し、まずは初期段階の実証プログラムを実施し、物流作業に適した人型ロボットのプロトタイプを開発しています。GXOは、グローバルで970施設を有する大手物流サービス企業です。近年はAI搭載型ロボットや搬送型ロボットなどを積極的に導入しており、2023年に倉庫オートメーション関連システムの稼働台数を前年比で約1.5倍に拡大しました。アプトロニックとGXOは、倉庫作業に人型ロボットを適用することを目指して、まずはロボットの総合的な性能をラボで評価し、アプトロニックのAIモデルをさらに微調整した上で、米国にあるGXOの物流センターに人型ロボットを導入する予定です。
人型ロボットの取り組みは中国でも増えています。中国では、国家レベルで人型ロボットに取り組む方針を示しており、2023年11月にロードマップを発表しました。ハードウエアとソフトウエアの両面で人型ロボットに必要となる技術の開発を加速し、2025年に人型ロボットの初期システムを確立して、生産することを目標に据えています。また、人型ロボットのグローバル企業を2~3社育成して産業クラスターを形成し、2027年をめどに人型ロボットに関するサプライチェーンの構築にも取り組んでいます。
こうした中、人型ロボットを含むさまざまなロボット開発を進めるUBTECHが2023年12月に香港証券取引所へ上場し、事業展開を加速しています。また、ロボットメーカーのUnitreeは、中国のフードデリバリー大手である美団などから2024年2月に約10億元(約205億円)の出資を得て、人型ロボットの研究開発、事業開発、人員の拡充などに向けた取り組みを進めています。
そのほか、汎用人型ロボットを開発しているケプラー社(Kepler Exploration Robotics、中国・上海市)は、日本の物流テックスタートアップ企業であるINSOL-HIGH株式会社(インソルハイ)と、2024年6月に戦略的パートナーシップを締結するなど、日本市場への展開を見据えた取り組みを進めています。また、2024年4月には中国北京市で人型ロボットに関連する展示会が開催され、そこで発表された「人型ロボット産業研究報告書」では、2029年に中国における人型ロボット市場規模は750億元(約1.6兆円)に達し、世界全体の32.7%を占め、2035年には3000億元(約6.5兆円)に達するとの予測を示しています。
こうした人型ロボット関連の動きが増えている背景として、「生成AIなどをはじめとしたソフトウエアの急激な進化を受けて、人型ロボットのような高性能ハードウエアを活用する道筋が見え始めた」(ロボットベンチャー企業)ことがあります。それを示すかのように、生成AI「ChatGPT」の開発で知られるOpenAIが人型ロボット関連の企業との連携を拡大しており、その一環として、2024年2月に前述のフィギュアへ出資。また、OpenAIは、人型ロボットの開発を進める1X(ワンエックス、ノルウェー・モス)にも2023年3月に出資しました。
生成AI関連の半導体で急速に売上高が拡大しているエヌビディアも、人型ロボットに着目しており、2024年3月に人型ロボット向け汎用基盤モデル「Project GR00T」を発表しました。GR00Tを搭載したロボットは、自然言語を理解し、人間の行動を観察することで動きをエミュレートするように設計されており、現実世界をナビゲートし、適応しつつ、対話するための調整能力、器用さなどのスキルを迅速に学習します。また、GR00Tの発表に合わせて、ロボティクス製品などの自律動作マシンの開発プラットフォーム「Isaac」(アイザック)のアップデートも実施。具体的には、エヌビディアの次世代SoC「Thor」をベースにした人型ロボット用の新しいコンピューター「Jetson Thor」、生成AI基盤モデル、エヌビディアのGPUプログラム開発環境「CUDA」で高速化された知覚および操作ライブラリーなどを提供しています。
また、エヌビディアは、ロボットのシミュレーションと学習のための新しいサービス「NIM」、フレームワークやマルチステージのロボティクスワークロードを実行するためのオーケストレーションサービス「OSMO」、少量の人間のデモンストレーションデータを使用してロボットをトレーニングできる遠隔操作ワークフロー(AIやシミュレーションにも対応)なども提供しています。NIMでは、エヌビディアの推論ソフトウエアを搭載した事前構築済みのコンテナーを提供し、開発者は展開に要する時間を数週間から数分に短縮できます。また、Apple Vision Proといった空間コンピューティングデバイスによって記録された遠隔操作データに基づいて、合成モーションデータを生成することなどができます。OSMOは、ロボットのトレーニングとシミュレーションのワークフローを大幅に簡素化し、展開と開発のサイクルを数カ月から1週間未満に短縮することができます。開発者は、エヌビディアの人型ロボット開発プログラムに参加することでOSMOなどにアクセスができます。
調査会社の英Omdia(オムディア)は、人型ロボットの世界市場について2027年までに出荷台数が1万台を超え、2030年には3万8000台に達すると予測しており、2024~2030年におけるCAGR(年平均成長率)は83%と見込んでいます。
人型ロボットは、自動車製造現場などにおける実証が進んでいますが、一般的な製造現場、物流倉庫、小売、飲食、接客、医療・福祉などさまざまな分野で活用できる可能性を秘めているとオムディアでは見ています。一方、人型ロボットは構造が複雑であるため、量産や広範囲への展開が難しく、大規模な導入には時間を要すると見ています。
また、Omdiaによると、ロボティクス用AIチップセットの市場規模が2028年までに全世界で8億6600万ドルに達すると予測されています。Omdiaの応用インテリジェンス部門のチーフアナリスト、Lian Jye Su氏は「エヌビディアのGPUがクラウドインフラやロボットに適したAIチップセットアーキテクチャーであることに変わりはありませんが、クアルコム、インテル、AMDといった非GPUベンダーは、マシンビジョン、ナビゲーション、マッピング、機能安全といったオンデバイスのロボティクスアプリケーションをターゲットとしたAIシステムオンチップや専用AIチップセットをリリースしています」と語っています。そして生成AIの民主化から生じる興味深い現象として、人型ロボットを挙げています。しかし、Omdiaでは「人型ロボットのテクノロジーはまだ発展途上であり、今後5年間で大々的に普及するという事態はおそらく起こらないでしょう」といいます。
ですが、生成AIなどのソフトウエア技術の進化や半導体チップの性能向上などにより、人型ロボットに求められる技術と現状の技術のギャップは確実に小さくなっています。コストに関してもテスラのイーロン・マスクCEOが、大量生産することで自動車よりも低コスト化でき、価格を2万ドル以下にできる可能性があると述べるなど、コストダウンが一気に進む可能性もあります。
そもそも人型ロボットは、大学などでの研究用途やエンターテインメントなどでの活用に限られ、10年先、20年先を見据えた未来の技術という印象が強いものでしたが、現在の動きはそうした時間軸からかなり前倒しになっていることは間違いなく、スマートフォンなどに続く、私たちの生活を変える革新技術になる可能性も秘めたものとして期待値が高まっています。