『労働災害発生状況』(厚生労働省)によると、令和4年に発生した労働災害は休業4日以上の死傷災害で13万2,355人、死亡災害で774人。休業4日以上については新型コロナウイルスによる影響が大きいものの、死亡災害では約15%を「はさまれ、巻き込まれ」が、約8%を「激突され」が占めています。
産業用ロボットはプログラマブルな柔軟性を備える反面、一歩間違えれば重大な死傷事故につながる危険性を持ちます。本記事で産業用ロボットとの協働で気を付けるべきシーンを押さえていきましょう。
ロボットに作業を教え込むティーチング(教示)、特に直接ロボットと作業者が接触するダイレクトティーチングは安全柵の中での作業や顔を近づける作業も発生する場合があるため、運転の停止・操作の手順や監視体制に特に注意を配らなければならないシーンです。
厚生労働省労働災害事例として紹介されているのが「溶接ロボットの教示作業を複数で行っていた際、作業者の一人がロボットと回転式テーブル上の治具の間に挟まれ全治2週間の裂傷を負った事例」。被災者Aは溶接位置等の調整作業中、共同作業者Bに回転式テーブルの操作を依頼。BはAの指示通り回転式テーブルのスイッチをONにした後その場を移動、反対側で作業を行っていたCがロボットの操作スイッチを押したところ回転式テーブルも連動してしまい、事故が発生することになりました。
Cらは教示作業に関する特別教育を受けていなかったこと、Cは操作用等のスイッチに関する知識を十分に持ち合わせていなかったことが明らかになっており、そもそもの作業者への安全教育が不足していたことが推察されます。また、複数人の作業時には通常の操作や不注意に加え、連絡不足や自身では予期せぬ操作による事故の可能性が生じます。そのような可能性を事前に想定したマニュアルや教育も用意する必要があるでしょう。
事例参考元:溶接用ロボットの教示等の作業中に挟まれる(労働災害事例)┃厚生労働省 職場の安全サイト
労働安全衛生規則第百五十条の三には、産業用ロボットの教示等で規定を設けなければならない事項や措置について以下のように定められています。
第百五十条の三 事業者は、産業用ロボツトの可動範囲内において当該産業用ロボツトについて教示等の作業を行うときは、当該産業用ロボツトの不意の作動による危険又は当該産業用ロボツトの誤操作による危険を防止するため、次の措置を講じなければならない。ただし、第一号及び第二号の措置については、産業用ロボツトの駆動源を遮断して作業を行うときは、この限りでない。
- 一 次の事項について規程を定め、これにより作業を行わせること。
- イ 産業用ロボツトの操作の方法及び手順
- ロ 作業中のマニプレータの速度
- ハ 複数の労働者に作業を行わせる場合における合図の方法
- ニ 異常時における措置
- ホ 異常時に産業用ロボツトの運転を停止した後、これを再起動させるときの措置
- ヘ その他産業用ロボツトの不意の作動による危険又は産業用ロボツトの誤操作による危険を防止するために必要な措置
- 二 作業に従事している労働者又は当該労働者を監視する者が異常時に直ちに産業用ロボツトの運転を停止することができるようにするための措置を講ずること。
- 三 作業を行つている間産業用ロボツトの起動スイツチ等に作業中である旨を表示する等作業に従事している労働者以外の者が当該起動スイツチ等を操作することを防止するための措置を講ずること。
条文引用元:労働安全衛生規則(昭和四十七年労働省令第三十二号)┃e-GOV 法令検索
当然ながら、ロボットの自動運転時は安全防護領域内に立ち入らない教育を行うとともに、安全柵やセーフティマット、インターロックなど事前の環境整備がなされている必要があります。また、同機構が問題なく動作することを日頃から点検・確認しておくことも怠ってはなりません。
ある自動車製造業のアルミ鋳造工場の事例では、「車のシリンダーヘッド鋳造ラインの工程にて、ワークを搬送中のロボットのクランプに被災者が挟まれ死亡する事故」が発生しました。被災者が独自の判断によりリミットスイッチ付きのドアで隔離された安全防護領域内に立ち入ったことが事故の直接のきっかけではありますが、通常ドア解放時に動作するはずのインターロック機能が発揮されていなかったことも同事例では報告されています。
事例参考元:半製品の搬送用ロボットに挟まれ死亡する(労働災害事例)┃厚生労働省 職場の安全サイト
このような事例と併せて運転時の産業用ロボットにむやみに接近することの危険性について周知するとともに、フェールセーフの確保できる仕組みを整備・維持しておくことが求められます。
産業用ロボットの故障時、あるいはその復旧作業時は最もリスクの高まるシーンといっても過言ではありません。どうしてもロボットへの直接の接触が必要になることが多く、また予期せぬ動作が発生しやすいためです。
プレス工場内にて、材料搬送用ロボットのモーターが故障した事例では、「予備ロボットからのモーター引き出し時にアームが前方へ倒れこみ、同箇所を支えていた作業者を転倒させ、死亡につながった事故」が発生しています。そもそも同作業は交換用予備モーターが単体で存在しなかったため発生した暫時的な対処であり、予期せぬ動作が発生しやすい状況となっていました。そのための作業手順書は作成されておらず、その上作業者はロボットの構造について十分な知識を有していなかったということです。
事例参考元:ロボットのモーターを取り外したところ、アームが動き、アームの先端を支えていたジャッキ台車とともに後方に転倒した(労働災害事例)┃厚生労働省 職場の安全サイト
ロボットの運転が停止されている状態でも、非定常作業を行う場合は危険性の検証が十分行われなければません。故障・復旧作業時には、ついその場の作業者だけで「大丈夫そうだからやってしまおう」という判断がくだされがちなため、安全管理担当者や保全担当者がガバナンスを発揮できる体制・文化を整備しておくことが重要です。
運転時・点検時などいずれの場合でも、未熟練者・一人での作業時は、ベテラン・複数人での作業時では予期できないような操作や行為が行われる可能性があることは常に意識しておかねばなりません。
自動車・同付属品製造業において、「作業者が機械内のアルミくずを取り除こうとしたところ、自動運転中のダイカストマシンの金型の間に挟まれて死亡した事故」では、作業者は十分な安全衛生教育が施されていない派遣労働者であり、かつ一人で朝から同業務に従事していました。ダイカストマシンの扉が取り外されていたこと、金型からアルミくずを取り除く際の作業手順書が作成されていなかったことなど事故の原因はさまざまですが、そもそも連続運転中の産業用ロボットに不用意に近づくことを防止するための安全教育が十分になされていなかったのが本事故の最大の要因と考えられます。
事例参考元:ダイカストマシンの金型に付着した金属くずを取り除く作業中、金型にはさまれて死亡(労働災害事例)┃厚生労働省 職場の安全サイト
『未熟練労働者に対する安全衛生教育マニュアル』は厚生労働省のサイトにて「日本語」「英語」「中国語」「ポルトガル語」「スペイン語」の5カ国語で配布されており、日本語版については、PPT形式の教材と説明用動画も用意されています。こうしたマニュアルをただ配って終わりではなく、「なぜ重要か」というWhyとともに熟読・チェックを促すことが職場の安全意識の底上げには欠かせません。
産業用ロボットとの協働で気を付けるべきシーンについて、具体的な労働災害事例とともにご紹介してまいりました。産業用ロボットの導入台数は年々増加しており、実際の事故につながらずともマニピュレーターに接触しそうになるなどヒヤリハットの生じたケースも少なくないはずです。労働安全衛生法や労働安全衛生規則、各メーカーの安全ガイダンスに従うことはもちろん、熟練者も、未熟練者も安全衛生を身につけられる仕組み・文化づくりにまい進しましょう。