セイコーエプソン株式会社と聞いて、どういった印象を受けるでしょうか。「エプソン」ブランドのプリンタ機器を使用されている方や、会社などでエプソンのプロジェクターを利用される方、またエプソンの腕時計を長年愛用されている方も多いかもしれません。
そのように我々の生活になじみのある製品を多数手がけるセイコーエプソンは、実は製造現場で使用するロボット、いわゆる産業用ロボットも長年手がけており、スカラロボット(水平多関節ロボット)においては世界トップシェアを有しています。スカラロボットは水平方向の動きに特化したロボットで、部品の挿入や配置、ねじ締めといった単純作業を人作業からロボットに置き換える際などに活用されます。
セイコーエプソンが産業用ロボットの開発に乗り出したのは、自社の腕時計の組み立てに用いるロボットを内製したのが始まりで、そのノウハウを生かして1983年から外販を開始しました。製品としては、スカラロボット以外にも垂直多関節の6軸ロボットや自律型双腕ロボットなどをラインアップしています。同社は省エネルギー、小型化、高精度を実現する「省・小・精の技術」に強みを持ち、腕時計の組み立てが出発点になっていることから精密加工に関するノウハウも豊富で、用途別では電機・電子分野が半分以上を占めています。
ロボット製品の生産は長野県内にある協力会社と中国・深セン市の拠点で行っている他、豊科事業所(長野県安曇野市)の既存棟を改修して、延べ約3522㎡のロボット生産ラインを整備し、2018年末から本格的な生産を行っています。中期的な需要増を見据えて深セン市の拠点の増強なども検討していく方針で、2025年度までに生産体制を2018年度に比べて3.5倍程度に強化する考えです。
セイコーエプソンではロボット関連の製品として、ロボットシステムの周辺機器のラインアップを拡充しています。その一つとして各種製造ラインに組み込める小型・軽量の分光カメラを開発しており、第一弾として可視光領域を対象にしたタイプを2020年度内に市場投入する予定です。従来の分光カメラは大型かつ高価で、ラインセンサ方式の場合はスキャンしたあとに画像合成などが必要になる場合が多いですが、セイコーエプソンの分光カメラはRGBカメラと同程度の小型・軽量(35×40×70mm、175g)を実現するとともに、面分光で指定エリアを面で一括計測して色ごとに識別でき、画像処理にも利用できることが特徴です。
その他にも、セイコーエプソン社製のロボットを一括管理できる「ロボット管理システム」を開発し、2020年内の市場投入を予定しています。ネットワーク接続されたPCやタブレット端末で、製造ラインにおいて複数のセイコーエプソン社製ロボットを、集中監視、ロボットの状態に関するバックアップの取得、ファームウエアの更新、動作プログラムの更新などを一括で行うことができ、現場作業の効率化を図ることができます。
2019年12月に開催された「2019国際ロボット展」では、上記の分光カメラの他、FPC(フレキシブルプリント基板)の挿入を自動化できるソリューションが来場者の注目を集めました。FPC挿入をはじめ、セイコーエプソンではロボットと自社製の力覚センサなどを用いて、従来のティーチングでは困難な作業を自動化することに多数成功しています。一例としては、折りたたみ式アーム型の多関節ロボット「Nシリーズ」と力覚センサを組み合わせたシステムがあります。このシステムで用いられている力覚センサは、セイコーエプソンが得意とする水晶圧電方式を採用し、0.1Nというわずかな力を感じることができます。この高感度性能を生かすことで、バリ取り、アルミフレームへのナット挿入、ベアリングの精密組み立て、ノートPC内のケーブルの引き回しやコネクター挿入など力加減の難しい作業への対応が可能となります。
国際ロボット展では、垂直多関節ロボット「VT6L」のDC(直流)タイプとAGV(無人搬送車)を組み合わせたシステムも注目を集めました。ロボットアームは通常AC(交流)100~240V電源で駆動するため、DC24~48Vのバッテリー電源で駆動するAGVと組み合わせた際には直流を交流に変換するインバーターなどが必要となり、システムが大型化しやすい傾向にあります。しかし、VT6LのDC仕様はDC48Vで駆動するため、AGVのバッテリーから電力を直接供給でき、システムを小型・軽量化することが可能です。走行距離も長く、システムが小型のため低い位置での作業にも対応できます。
セイコーエプソンでは、「WorkSense(ワークセンス)W-01」という双腕型ロボットの取り組みも進めています。ワークセンスは「見て、感じて、考えて、働く」といった要素を持つ自律型ロボットです。頭部カメラ(4個)やアームカメラ(2個)によって、人間の目のように物体を認識し、設置場所を変更してもプログラムを変更せずに即座に作業が行え、7軸アームの経路、姿勢、障害物の回避を自ら考えることができます。また、独自の力覚センサを搭載したロボットアームによって、繊細な組み立てや搬送作業にも対応でき、部品を押さえながらネジ締めするといった左右別々の作業も行えます。機体には移動用の車輪が付いており、一般的な産業用ロボットのように装置に組み込み、固定して作業を行うのではなく、必要な場所に機体を移動させ単独で人に代わって組み立てや搬送などの作業を実施できることも特徴です。
セイコーエプソンでは、ICハンドラー(組み立てが完了した半導体をテストシステムに供給し、結果に基づいて自動的に分類収納する装置)とともに、ロボティクスソリューション事業部がロボット製品を担当しており、現在の同事業の規模は212億円(2019年度実績)。プリンタ製品などを扱うプリンティングソリューションズ事業(2019年度売上高7086億円)や、プロジェクターなどを扱うビジュアルコミュニケーション事業(同1833億円)に比べて事業規模はまだ大きくありませんが、セイコーエプソンではロボット領域を新たな主力事業とすべく、開発ならびに営業の両面で人員を強化しています。世界トップシェアを誇るスカラロボットを中心に、上記のような周辺機器も含めたソリューション提案力をさらに高めていくことで、中長期的にはロボティクスソリューション事業の売上高を1000億円規模にすることを目指しています。
(執筆:産業タイムズ社)