自動車用半導体の需要低迷やEV(電気自動車)市場の成長予測鈍化に伴い、パワー半導体メーカーの投資計画にも若干の調整が入っています。しかし、パワー半導体各社は「不確定要素は強まったものの、自動車向けにパワー半導体の需要が伸びていくトレンド自体は変わらない」として、当初の計画を維持し、逆に加速するケースもみられます。パワー半導体は、あらゆる電気機器の省エネルギー化に貢献する、カーボンニュートラルな未来の実現に向けての重要な技術です。中でも、近年はSiC(シリコンカーバイド)に関する動きが出てきています。
パワー半導体最大手の独インフィニオンは、2030年あたりまでに世界の自動車販売台数の約4割がBEV(バッテリー電気自動車)になるとしていた予測に関して、不確定要素が少し強まったとみているものの、2024年時点の車両1台あたりの半導体搭載金額は、ICE(内燃機関車)750ドルに対してBEVは1300ドル、2030年にBEVは2000ドルまで拡大すると見通しており、自動車用半導体市場の長期的な成長シナリオ自体は維持しています。
2024年8月には、マレーシアのクリム工場内に建設していた第3工場「モジュール3」のフェーズ1を予定どおりに稼働させました。投資額は約20億ユーロで、SiCパワー半導体とGaNエピタキシーを生産しています。さらに、第2フェーズには今後5年間で最大50億ユーロの投資を計画しており、8インチのSiCパワー半導体の新工場を整備して2027年夏に生産を開始する予定で、当初からの投資計画を維持しています。
自動車用SiCパワー半導体に関しては、2024年4~6月期に米EV企業と独ティア1から新たな設計を受注するなど堅調で、設計受注の総額は10億ユーロを超えているといいます。また、GaNパワー半導体に関しては、カナダのGaN Systemsを8.3億ドルで買収し、先ごろ300mmのGaN on Silicon技術の開発にも成功しました。
米オンセミは、現状でEVのわずか6%にしかSiCパワー半導体が搭載されていないという調査結果と、今後3~5年で収益化が見込まれる設計受注のボトムアップ評価から、2024年はSiCパワー半導体(産業用も含む)の収益として市場成長率の2倍を達成できるとみています。ここで言う市場成長率に関して、2024年2月の決算会見にて、従来の30~40%から20~30%へ緩やかになるとコメントしていることから、40~60%増を想定しているとみられます。ちなみに、同社の2023年のSiCパワー半導体の売上高は8億ドル強。目標にしていた10億ドルには届きませんでしたが、2022年比で4倍に拡大しました。
生産面に関しては、2021年に米GTATを買収し、米ニューハンプシャー州ハドソンの工場でSiCブール(結晶の塊)の生産能力を従来比約5倍に増強。2022年には、チェコのロズノフ工場を増強し、SiCのポリッシュド&エピタキシャルウエハーの製造機能を追加しました。なお、チェコについては2024年6月にも20億ドルの追加投資計画を発表し、現時点で10億個以上のパワーデバイスを含む年間300万枚以上のウエハーを生産できる体制をさらに拡張する考えです。
また、デバイスの製造に関しては、2023年秋に韓国・富川工場の拡張を完了し、6インチに加えて8インチでも生産できるようにしました。フル稼働時の生産能力は8インチ換算で年間100万枚強。8インチでは現在、ウエハーからデバイス、工場までの認定取得を進めており、当初の計画どおり2025年には収益に貢献してくる見通しです。
スイスのSTマイクロエレクトロニクスは、SiCのフラッグシップ製品(6インチ品)を伊カターニャ工場とシンガポールのアン・モ・キョ工場で量産しており、3カ所目の製造施設として、中国の三安光電との合弁事業で中国・重慶市に8インチSiCウエハーを用いたパワー半導体工場を建設しています。SiCウエハーの製造はモロッコのブスクラ工場と中国・深圳工場、SiCウエハーの研究開発はスウェーデンのノルショーピン工場やカターニャ工場が担っています。
ちなみに、同社はSiCの前工程能力を2017年の10倍に増やし、2024年までに必要なウエハーの40%超を自社製造する方針を打ち出していました。これに向けて、2019年12月にSiCウエハーメーカーのNorstelを買収するとともに、2022年12月にはSoitecとウエハー技術(Smart Cut)で協業を発表しています。
加えて、カターニャに8インチウエハー対応の前工程工場「カターニャSiCキャンパス」を建設する計画も進めています。総投資額は約50億ユーロ。研究開発から製造、基板からモジュール、テストやパッケージング工程まで対応できる完全垂直統合型施設で、2026年から生産を開始し、2033年までにフル稼働することを目指しています。フル稼働時には最大で週1.5万枚のウエハーを生産する計画です。
ローム株式会社は、2025年度に1100億円としていたSiC事業の売上目標の達成時期を、2026~2027年度に変更しています。これはEVシフトの鈍化を受けたもので、投資も抑制します。中長期の成長見通しは変更せず、2030年度にシェア30%の目標は維持しています。
同社は、SiC事業で現状10%のシェアを有します。近年の自動車の電動化加速で高成長を目指す方針を掲げ、積極的な生産能力の増強と6インチから8インチへのウエハーの大口径化で事業を拡大するとしていました。しかし、2024年はEVシフトが鈍化し、パワートレイン向けでプラス成長を維持しているものの期初計画は下回りました。また、産業機器向けが大きく落ち込んでいます。これを受け、SiC事業の増強や大口径化を遅らせます。従来は2025年度に2021年度比で6.5倍に生産能力を増強するとしていましたが、それを2026年度へ先送りします。設備投資額は2021~2027年度累計で5100億円を投資する計画でしたが、4700億~4800億円に引き下げました。
また、大口径化については宮崎第2工場(宮崎県国富町)の8インチウエハー生産開始時期を、2024年から2025年に変更。一方、筑後工場(福岡県筑後市)の8インチデバイス生産開始は2025年、宮崎第2工場のデバイス生産開始は2026年4月の計画で、従来の計画から変更していません。宮崎第2工場のクリーンルーム工事は完了しているため、設備の導入時期を調整することで需要に見合った生産が可能だとしています。
筑後工場での8インチウエハーによるSiC MOSFETの生産で生産効率を約2倍に高めます。また、第6世代以降の製品開発は前倒しし、世代交代ごとにオン抵抗を30%低減して競争力向上を図ります。中長期での成長見通しは変更しておらず、2030年度に2021年度比で35倍に生産能力を高める目標は据え置いており、宮崎第2工場のスペースを活用することで、従来目標への到達は可能とみています。
SiCウエハー市場で世界シェア首位かつSiCパワー半導体も製造する米ウルフスピードは、近年の大型投資によってSiC生産能力を急速に増強してきました。米ニューヨーク州モホークバレーに8インチウエハーを用いるSiCパワー半導体工場、米ノースカロライナ州サイラーシティにSiCウエハー新工場「The JP」、ダラム本社敷地内にSiC結晶&ウエハーの新工場「Building 10」を相次いで新設し、8インチベースの量産体制の構築を進めていますが、その立ち上げに苦戦しています。
モホークバレーは2022年春に稼働を開始し、収益を一部上げ始めていますが、稼働率については目標としていた「2024年6月までに20%」を何とかクリア。Building10からの結晶&200mmウエハーを使用して2025年3月末までに稼働率を30%まで高めます。
設備投資に関しては、歩留まりや投資効率が向上したことを理由に、今後減額していく方針を示しています。2025年度(2025年6月期)の設備投資は12億~14億ドル。これは以前の発表値と比べて2億ドル少なく、2024年度の21億ドルからも減少します。また、2026年度の設備投資は、2024年末までに多くの固定施設支出を終えるため、2億~6億ドルを想定しており、2026年度初めまでに営業キャッシュフローを黒字化する方針です。これには、ダラム6インチ工場の閉鎖時期の検討や、全体的なコストフットプリントの削減が含まれます。この期間にはモホークバレーの稼働率を50~60%に引き上げる計画です。なお、独ZFと共同でドイツに建設予定の8インチSiCウエハー工場は、当初2023年前半にも着工する予定でしたが、現在は「2025年までに建設が始まることはない」として延期しています。
こうして各社の計画を俯瞰すると、SiCの競争軸はすでに6インチから8インチへ移行しており、その立ち上げ状況が今後のシェアや収益性に大きく影響しそうなことが分かります。SiC市場では近年、デバイスメーカーがウエハーメーカーを買収して垂直統合体制を形成し、それに伴って6インチによる量産が一気に拡大しました。量産拡大に加え、中国メーカーがウエハー市場に大挙参入したことも、品質はともかく価格を下げる点では影響を与えたとみられます。ウルフスピードは、8インチ化をいち早く実現することで先行者利益を享受しようとしていますが、立ち上げの遅延で今のところその効果は当初の想定を下回っており、逆に6インチ生産の急拡大およびウエハーの内製化進展と外販メーカーの増加とキャパシティー増によって、猛烈に追い上げられています。
調査会社Yole Groupが2024年5月に発表したリリースによると、2021年に50%近くあったウルフスピードのSiCウエハー市場シェアは、2023年に33%まで下がったと分析しています。ウルフスピードは当初、8インチは自社生産のみに活用し、外販するのは6インチだけという姿勢でしたが、ルネサスと結んだ20億ドルの提携では、2025年からの6インチ供給に加え、The JP工場の稼働後は8インチも供給することにしました。また、こうした流れの中で、米コヒレントはSiCウエハー事業を分社化し、三菱電機とデンソーから出資を得て合弁会社化しました。先述のYole Groupの分析では、2023年のSiCウエハーのシェアを16%まで上げており、8インチウエハーの販売開始もアナウンスしています。
デバイス各社の発表を見る限り、自動車OEMやティア1がSiCを求める流れは今後も継続しそうです。その中で、パワー半導体各社がSiCの垂直統合を進めてきたことで、これからは8インチ化によって顧客の求める数量とコストをいち早く提供できたところに、以前にも増して受注が集まりやすくなります。今後しばらくは、ウルフスピードが提示している立ち上げスケジュールが同社の受注や収益にどう寄与するのかが注目点となります。世界経済のデカップリングによって、かつてのような国や地域をまたいだ自由競争という環境とは若干異なるものの、大口径化と量産立ち上げの遅れが以前よりも大きな機会損失につながりかねない状況へ変わってきたことは間違いないでしょう。