プリント基板を巡り、欧米勢による自国・域内での生産や研究開発への取り組みが活発化しています。2019年以降、新型コロナウイルスの感染拡大やロシアによるウクライナ侵攻に端を発した世界的な地政学上のリスクの高まりにより、それまで中国やASEANなどに生産・開発を集中させていた欧米企業では、従来の体制を根本から見直す動きが顕著です。高度な電子機器などを扱うハイテク産業は軍事ならびに経済の競争力の源泉となるため、関連するサプライチェーンの強靭化の対象がこの基板業界にも押し寄せています。
特に米国は国防総省など政府の肝煎りで、半導体パッケージ基板や高密度のビルドアップ基板といった高難易度基板の自国内生産を奨励しています。例えば2.5/3D向けパッケージ基板や防衛関連、ミリ波レーダーなど最先端の基板製造技術や高度な部材知見が求められる領域です。次世代パッケージ技術の重要部材の一つとされるガラスインターポーザーなどの最先端領域についても、同盟国や産官学一体となり巻き返しを図る考えです。
米国政府はカナダ政府も巻き込み、北米域での先端パッケージや基板産業の育成を強化しています。カナダ政府とIBMは2023年春、カナダ・ブロモンにある米IBMの施設を活用し、先端パッケージングおよびテスト機能を開発するための投資を行う覚書を締結しました。また同国政府はIBM社やカナダ国内企業に対して最大2億5000万カナダドルを提供することで合意しています。
2023年11月には米商務省が「先端パッケージ製造プログラム」(National Advanced Packaging Manufacturing Program)を発表しました。米国における半導体の先端後工程(パッケージ/テスト)産業の支援と強化に向けて30億ドルの予算を確保しており、米国国内での高度なパッケージ・テスト施設の整備や人材確保のための労働力訓練プログラムなどへ資金を提供します。
ほかにもバイデン政権下で施行された「CHIPS&科学法」など、国による力強い財政サポートが行われています。これを受けて、米国では大型の後工程計画も動き出しています。その一つが、アムコー・テクノロジーが、アリゾナ州ペオリアに先端パッケージおよびテスト施設を建設する計画です。この計画は総投資額が約20億ドルのビッグプロジェクトです。
特に基板関連では米国防総省が中心になり、DPAI(国防生産投資法)プログラムを通じて、基板関連企業のカルメット・エレクトロニクス・コーポレーション(ミシガン州)ならびにグリーンソース・ファブリケーション(ニューハンプシャー州)の2社にそれぞれ助成金を提供します。
カルメット社は3990万ドルを受け取り、基板のコア層とビルドアップ層を含む防衛関連向けの電子機器に搭載される高密度ビルドアップ(HDI)基板の生産能力を強化するため、本社工場のエンジニアリング、金型、製造能力を引き上げます。増産するHDI基板は、レーダーをはじめ各種防衛用電子機器や、6Gなど次世代通信機器向けなどに採用される見込みです。また、同社は半導体パッケージ基板の国内生産にも取り組んでいます。
カルメット社は、ミシガン州カルメットに本拠を置く創業55年のプリント基板メーカーです。従業員数は約350人で、高性能なプリント基板を産業機器や医療機器向けを中心に生産しており、高信頼性が要求される宇宙・防衛関連向けの基板製造にも取り組んでいます。防衛関連企業などからの航空宇宙・軍事関連の半導体パッケージ基板に関するニーズも拡大しており、米国国内では初となるパッケージ基板の量産工場を整備します。本社敷地内に新たな専用工場を建設するもので、製造設備の導入に加え、人員の拡充や既存従業員のスキルアップなども図ります。最終的な投資額は最大5100万ドルを見込んでいます。
また、グリーンソース社は4620万ドルを受け取り、最先端のパッケージ基板をはじめ、HDIおよびウルトラHDI基板の生産能力の増強を計画しています。高密度パッケージ基板などを多品種少量で生産できる専用施設を確保し、同施設で製造される基板も防衛関連機器に搭載される見込みです。
産業基地政策担当の国防次官補であるローラ・テイラー・ケール博士は「バイデン政権は、米国内のHDI基板および先端パッケージング産業基盤を支援し発展させる必要性がある。これらの技術は、現代の兵器システムにとって不可欠であり、潜在的な敵対国に対する我々の戦力優位の維持に貢献するものだ」と述べています。
世界有数の基板メーカーであるTTMテクノロジーズ(米カリフォルニア州)は、米ニューヨーク州オノンダガ郡に超高密度HDI基板工場の新設を計画しています。国家安全保障案件に対応した航空宇宙・防衛(A&D)向けの最先端基板工場になる見通しです。
新工場は、北米の防衛関連におけるマイクロエレクトロニクスエコシステムへ大きく貢献するとし、既存のシラキュース工場(敷地面積約1.5万㎡)にあるRF/マイクロ波およびマイクロエレクトロニクス施設にも隣接。新工場の面積は少なくとも同施設と同等以上となる予定で、取得予定の敷地面積は約9.7万㎡を見込んでいます。北米でも最高レベルの技術を持った基板製造施設となる見通しで、リードタイムを短縮し、生産能力も大幅に引き上げます。また、約400人の新規雇用も見込んでいます。
新工場は、米国政府が中長期で計画する防衛関連製品群の新たなプログラムにも対応します。現在、同社が抱える航空宇宙・防衛(A&D)向けの受注残高は2023年9月末時点で13億5000万ドルに上り、需要は今後も大幅に増加すると見込んでいます。防衛関連製品も高性能と軽薄短小化を両立する必要性が高まっており、高速信号処理に適した素材や超高密度のHDI基板が必要になるとして次世代技術に対応した新工場の建設を決めました。併せて効率的な生産ラインの導入も実施します。
新工場での初期生産は2025年後半になる予定で、2026年にはフル稼働を目指します。計画の第1段階における投資額は、キャンパス全体の改善のための資金を含め1億~1.3億ドルを見込んでいます。 プロジェクトの最終的な規模やスケジュール、投資額については、顧客や官民などの利害関係者と最終調整を進めています。
欧州も自国やEU域内での製造にこだわりを見せています。昨今の地政学的リスクの高まりによる産業の供給網に対する寸断・制約の懸念から、欧州でもハイテク産業の育成・生産の集積化を目指す動きが活発化しています。オーストリアの大手基板メーカーであるAT&Sは、本社敷地内に新研究開発(R&D)センターを建設するとともに先端パッケージ基板向けのコア加工能力などの生産能力拡大を目指しています。2025年までに総額で5億ユーロを投資します。
その工事規模は1.8万㎡に上る見込みです。一連の設備投資では、新規に700人の雇用を創出する計画です。新センターでは、先端パッケージ基板のプロトタイプや少量品の生産も手がけ、主要な大手半導体メーカーや国際研究機関とも提携・サービスの大幅な向上を図ります。
米国での最先端のパッケージ後工程を巡る動きは、次世代のガラスインターポーザーの開発・量産化といった動きにも発展しています。チップレットや3Dパッケージに対応した高集積の半導体開発が急ピッチで進められる中、既存の部材・装置では限界を迎えるとも言われています。特にその主要部材の一つである樹脂パッケージ基板では、信号の高速化や発熱・基板大型化による反りの問題などからガラス基板に期待する声が急速に高まっています。デバイスの世代交代のタイミングを捉え、従来日本や台湾などのパッケージ基板メーカーに市場を牛耳られていた米国系企業が一気に巻き返しを図る構図も見えてきました。
韓国SKCの子会社であるアブソリックス(Absolics、米ジョージア州)は、6億ドルを投資し、半導体パッケージ用ガラス基板の量産拠点を米ジョージア州コビントンに建設します。
SKCは、SKグループの事業会社で半導体や電池、バイオテクノロジー向けの各種材料を提供しており、アブソリックスはSKCによって2021年に設立されました。アブソリックスのジョージア新工場では、次世代パッケージを実現するためのガラス基板の量産を目指しています。ガラス基板はプロセッサーとメモリなどを一緒にガラス基板上に実装する高度な3D実装の主要材料となり、既存の樹脂製パッケージ基板とSiインターポーザーを代替する画期的な部材です。同材料は、マルチチップパッケージに必要なスペースを削減し、より多くのチップを一つのパッケージ内に実装できるようになります。
また、ガラス基板は、チップセットの性能とエネルギー効率を大幅に向上させることが期待されています。SKCとアブソリックスは、ジョージア工科大学との研究コンソーシアムの一環としてこの技術を開発しました。半導体パッケージ用ガラス基板の量産は世界で初めてとみられます。
同投資計画には半導体製造装置のトップであるアプライド マテリアルズ(米カリフォルニア州)も参画しています。アブソリックスに約4100万ドルを出資済みで、調達した資金を、米国で建設中の工場に全額充てる見通しです。
インテルもハイエンドパッケージ向けにガラスコアを採用した次世代パッケージ基板の開発を進めています。早ければ2020年代後半に高性能サーバー向けCPUなどに搭載する考えで、ハイエンドコンピューティング向けの重要なパッケージソリューションとして開発を加速します。
先端パッケージング技術の開発拠点となる米アリゾナ州チャンドラーの施設内には、10億ドル超を投じてガラス基板をベースにした研究開発ラインをすでに導入済みです。ガラス基板の研究開発自体は、10年以上前から本格的に取り組んできました。部材や装置メーカーなどと共同で開発を行っており、これまでに600以上の新たなプロセス、装置、部材などを開発しています。実際にガラス基板のビア径75μmで、3層の配線層を形成してさまざまな電気テストや評価などを行っています。ビアのアスペクト比は20対1を実現しています。
これによりライン/スペースで5μm未満、TGVがピッチ100μm径未満、コア基板のバンプピッチも80μm径未満への高密度化が図れます。このため、240×240mmの大型パッケージサイズにも対応できるとみられます。高性能なAIチップやサーバー向けCPUの次世代パッケージ基板として量産も視野に入れています。
米国には大手半導体企業のインテルやAMD、エヌビディアなどのメジャーな半導体企業が集積していますが、これまで後工程拠点やパッケージ基板などの重要部材が欠落していました。政府からの支援を含め、一連の取り組みにより、先端半導体の設計からパッケージまでの一貫生産が可能になり、先端半導体を巡るサプライチェーンの強靭化にめどをつけたかたちです。さらに次世代のパッケージ基板であるガラスインターポーザー/ガラスコアサブストレートの実用化を先導し量産化することで、日本やアジアからの調達を余儀なくされていた重要部材についても今後は自国内での生産に切り替えていくことになります。