半導体の製造工程の一つに、フォトリソグラフィーという技術を使って、基材となるウエハーに回路パターンなどを転写する工程があり、その原版となるのがフォトマスクです。フォトマスクは、回路データをもとに電子ビームを用いてマスクブランクスと呼ばれる基材に回路パターンを作成し、その後、化学薬品などを使ったエッチング、フォトレジスト(感光材)の剥離、洗浄、測定、検査などを経て作製されます。
現在、フォトリソグラフィーはDUV(深紫外線)リソグラフィーが主力ですが、最先端半導体の製造には、さらに短い波長のEUV(極端紫外線)光(13.56nm)を用います。従来のDUVを用いた技術とは異なり、EUVはガラスレンズによる光の屈折現象で集光ができないため、ウエハー露光機はすべて反射光学系となり、フォトマスクについてもEUV用の市場が新たに形成されつつあります。
半導体フォトマスク市場は内製市場と外販市場に二分されます。内製とは半導体メーカー自らがマスクを自社で製造するもので、TSMC、サムスン電子、インテルなどの大手半導体メーカーは内製マスクを志向しています。一方、外販市場とは社内にマスクショップ機能を持っていない半導体メーカーが外部のマスクメーカーから調達することで形成されています。
2010年代以降、TSMCやサムスンの勢力拡大を受けて、内製市場が大きく拡大。マスク市場全体の約7割が内製で占められ、外販市場は成長が頭打ちになり、厳しい事業環境に置かれていました。
しかし、EUVリソグラフィーの登場が外販市場に大きな変化をもたらしています。内製メーカーはEUVマスクを自社で立ち上げるため、投資負担軽減の観点から既存の光マスクのアウトソースを積極的に活用するケースが増えています。その結果、これまでTSMCやサムスンの光マスクが外販市場に流れてくるのは限定的でしたが、その様相が大きく変わり始めています。そして、そうした動きと合わせて起きている大きな変化が、外販市場にEUVマスクの需要が立ち上がってきたことです。
例えば、2027年から2nm世代の量産を目指すRapidus(ラピダス)株式会社は、フォトマスクに関して全量外部調達を基本としており、国内大手の株式会社トッパンフォトマスク(TOPPANホールディングスのグループ会社)、大日本印刷株式会社(DNP)がその供給元として名乗りをあげています。長らく、EUVフォトマスクの需要は外販市場では立ち上がらないというのが定説でしたが、ラピダスの誕生がこれを大きく変えました。
ラピダスが北海道千歳市で立ち上げを進めているファブは、生産ボリュームは少ないですが、フォトマスクの需要は生産ボリュームではなく、品種数で決まることもほかの装置・材料メーカー以上に外販マスクメーカーがラピダスに期待する要因となっています。
EUVフォトマスクは光フォトマスクに比べて非常に高価で、量産用フォトマスク1枚の価格は4000万~5000万円とも言われています。これがフォトマスクセット(35~40枚)になると、1品種で約20億円のビジネスになる計算です。そして、多品種少量生産を掲げるラピダスのビジネスモデルはフォトマスクメーカーにとって、大きな事業機会を生み出そうとしています。
2024年2月には、トッパンフォトマスクがEUVリソグラフィーの中でもより高度な、高NA(開口数) EUVリソグラフィーに対応する2nm世代のフォトマスクに関する共同研究開発契約を米IBM(ニューヨーク州)と締結しました。IBMが米ニューヨーク州に構える半導体研究拠点「アルバニー・ナノテク・コンプレックス」と、トッパンフォトマスクの朝霞工場(埼玉県新座市)にてEUV向けフォトマスクの共同開発を行っています。これまで両社は45nm世代を皮切りに、32nm、22/20nm、14nmといった各世代の先端半導体用フォトマスクや初期段階のEUVフォトマスクの研究開発を、2005~2015年にかけて共同で推進してきました。そして新たな取り組みとして、高NA対応のEUVフォトマスクを含む2nm世代に関する共同開発も進めています。
なお、トッパンフォトマスクは、グローバルに生産拠点を保有する唯一のフォトマスクメーカーであり、外販マスクメーカーとしてはトップシェアを有しています。EUVマスクの外販市場における需要拡大を見据えて、マルチビームマスク描画装置の導入も進めており、2023年春に1台目、2023年末までに2台目の導入が完了しました。
DNPもEUVリソグラフィーに対応した2nm世代のロジック向けフォトマスク製造プロセスの開発を本格的に進めています。ラピダスが参画している新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の「ポスト5G情報通信システム基盤強化研究開発事業」に再委託先として参画し、製造プロセスおよび保証にかかわる技術を提供しています。
DNPは2016年にフォトマスク専業メーカーとして、EUVフォトマスクの製造に必要なマルチ電子ビームマスク描画装置を世界で初めて導入。2023年には3nm世代のEUVフォトマスク製造プロセスの開発を完了し、2nm世代の開発も開始しました。これに合わせて2024年度内に、2台目、3台目となるマルチ電子ビームマスク描画装置を稼働させる予定で、2025年度までに2nm世代に対応したフォトマスク製造プロセスの開発を完了し、2026年度以降は2027年度の量産開始に向けて生産技術の確立を進めていく方針です。さらに、2nm世代以降を見据えた開発にも着手しており、世界的な半導体研究機関であるimecとの間で次世代EUV向けフォトマスクの共同開発に関する契約を締結しています。
外資系大手の米フォトロニクスもEUVフォトマスクに向けた取り組みをスタートさせています。2024年度第1四半期(2023年11月~2024年1月)決算カンファレンスにおいて、具体的な計画などは明らかにしなかったものの、メモリー顧客とのあいだで評価などを進めていると言及。今後、国内2社に続いて本格参入を果たすことになりそうです。
2023年は半導体市況の低迷により、とりわけ内製フォトマスク市場が落ち込みました。メモリー分野の生産が大きく落ち込んだことから、内製フォトマスク市場が落ち込み、マイナス成長になったと見られます。また、内製が中心のEUVマスクもTSMCやサムスン電子など大手ロジック/ファンドリー企業の調整などが入ったことで、2023年は一転してマイナス成長になったと見られます。フォトマスク市場は一般的に開発品種数などに比例して需要が伸びることから、不況下における耐性も高いとされていますが、2023年は市場全体の落ち込みが大きく、こうした影響を受けたものと推定されます。
しかし、2024年は踊り場となった2023年から一転して再び高い成長が期待でき、2023年比13%増の約9000億円の市場規模が見込まれています。EUV、光フォトマスクともに成長が見込まれており、EUVは先端ロジック/ファンドリー顧客での需要拡大、光はメモリー市場の回復ならびに中国をはじめとする成熟世代の需要が牽引役となる見通しです。
外販市場はレガシー世代のマスク需要が比較的好調をキープしていることもあり、2023年も2022年比でプラス成長となりました。しかし、成長市場の一つである中国は、米国政府による規制強化を受けて、先端フォトマスクの需要減に一部で直面しており、今後も不透明な状況が続くと見られています。一方で、中国に限らず世界各地で半導体工場の新設投資は進んでおり、中国での需要減をほかの地域で補うことは十分可能であると見られ、地政学的なリスクを注視しつつも、今後の中長期的なマスク需要に関しては悲観視する材料はあまりないといえるでしょう。
中国市場では先端マスク供給に制約が出てくる一方で、現地マスクショップの台頭も関心を集めています。深圳清溢精密光電有限公司(Shenzhen Qingyi Photomask)や深圳市路維光電有限公司(Shenzhen Newway Photomask)などがその筆頭で、描画装置の導入状況から先端分野への意識が高いと考えられ、既存の大手外販各社も警戒感を強めています。
EUVマスクは2023年後半から2nm世代の量産がスタートしました。開発レベルではすでに1.4nmが中心となっているほか、DRAM分野でも適用が進むことから今後も成長が期待されています。
技術面では今後、高NA(開口数0.55)を使ったEUVリソグラフィーが2nm以降で適用される見込みで、フォトマスクおよびブランクス分野にも新たな技術ニーズが出てきそうです。具体的にはフィールドサイズが半分となることから、スループット維持のため、位相シフトマスク(PSM)の採用が検討されています。PSMではブランクス吸収層の構造も工夫が求められるため、技術的要求も一層高度化します。
また、マスク描画においてもマルチビームの本格導入に伴い、カーブリニア(曲線設計)が一般的になるなど、データ容量やフォーマットに対する負荷・課題も浮上してきています。
議論の対象になるケースが多いEUV用ペリクルに関しては、新素材を用いた開発・提案が活発化してきました。ペリクル大手の三井化学株式会社がimecと共同でCNT(カーボンナノチューブ)ベースのEUVペリクルの開発に乗り出すと発表。そして2024年5月、三井化学は同社の岩国大竹工場(山口県和木町)に、次世代EUV露光用CNTペリクルの生産設備を設置すると発表しました。完工は2025年12月を予定しており、生産能力は年間5000枚を計画しています。
リンテック株式会社も2023年12月に、CNTベースのEUVペリクルの要素技術を開発したと公表し、EUVペリクル市場への本格参入を目指しています。CNTベースのEUVペリクルは耐久性や透過率の点で既存のポリシリコンベースのペリクルに比べて優位性があるとされています。現状ではまだ開発段階ではありますが、業界内ではEUVペリクルの本命と見る傾向が強く、注目が集まっています。