戦略物資として世界中で国家レベルの支援が進む半導体。その半導体の中で、電力の調整などに用いられるのがパワー半導体であり、そして近年、高効率のSiC(炭化ケイ素)を用いたパワー半導体の開発が活発化しています。そのSiC半導体の基材となるSiCウエハーで、世界トップシェアを誇る企業が米国のウルフスピード(Wolfspeed)です。
ウルフスピードの前身は、Cree(クリー)という企業で、2021年10月4日付でウルフスピードに社名を変更しました。旧Creeは、自社製SiCウエハーを用いたGaN on SiC のLEDメーカーとして発展。その中で2019年3月にプロ用工具&電材メーカーの米アイディール・インダストリーズ(Ideal Industries)へLED照明事業を3.1億ドルで売却すると発表しました。さらに2021年2月、LED事業を米スマートグローバル(SMART Global Holdings)に3億ドルで売却し、SiCとGaN(窒化ガリウム)のパワー&RF(無線周波数)デバイスおよび材料事業に特化するかたちになりました。そして、2023年末にはMACOM Technology Solutions HoldingsへRF事業を売却し、半導体業界で唯一の純粋なSiC半導体メーカーとなりました。
SiC半導体は、シリコンと比較して、高耐圧や高耐熱といった特性を有し、電子機器のさらなる小型化や高効率化を実現できます。また、モーター駆動などの高耐圧・大電流用途で有利で、発電システムで使用されるパワーコンディショナー、電化住宅のHEMS(Home Energy Management System)、電動車両など、システムの小型化や軽量化のメリットが大きい10kW以上の領域での普及が期待されています。電気自動車大手のテスラは主力車種において、SiCパワー半導体をインバーターに搭載しており、車載分野でも徐々に採用実績が出てきている半導体です。
そんなSiC半導体に関して、ウルフスピードはデバイスに加え、基材となるウエハーも自社で手がけています。そして、ウエハーの生産拠点としては、米ノースカロライナ州ダラムにある本社工場のほか、2024年3月にはノースカロライナ州サイラーシティに新工場「John Palmour Manufacturing Center for Silicon Carbide」(JP工場)が完成しました。JP工場では2024年末までに最初のSiCブール(シリコンにおけるインゴットに相当)の生産を開始する予定です。
ウルフスピードのSiCウエハーの採用は世界中で拡大しており、日本では2023年7月に、ルネサス エレクトロニクス株式会社(東京都江東区)へSiCウエハーを供給することを発表しました。ウルフスピードから10年間にわたりSiCウエハーの供給するもので、150㎜のSiCウエハー(ベア/エピタキシャル)を2025年から本格的に供給し、ルネサスは2025年に計画しているSiCパワー半導体の量産においてウルフスピードのSiCウエハーを活用します。なお、ウルフスピードのJP工場が本格稼働したあとは、200㎜のSiCウエハー(ベア/エピタキシャル)も供給される見通しです。
また、ルネサスは、本件に際してウルフスピードへ20億ドルの預託金を提供しており、ルネサスからの預託金はJP工場をはじめとしたウルフスピードの設備投資計画に充てられる見込みです。ルネサスの柴田英利CEOは「ウルフスピードとのウエハー供給契約締結により、当社のパワー半導体の供給力が強化された。急速に拡大するSiC市場において、キープレーヤーの1社として存在感を拡大していく」とコメントしています。
また、ウルフスピードは2024年2月、欧州半導体大手のインフィニオンテクノロジーズ(独ノイビーベルク)と、既存の150mmSiCウエハーの長期供給契約を拡大および延長しました。延長された契約には、複数年の生産能力予約契約(Capacity Reservation Agreement)が含まれています。
しかし、SiCの市況を見ると、EV(電気自動車)市場の減速によって、SiCを用いたパワー半導体の市場にも逆風が吹いています。STマイクロエレクトロニクスやオン・セミコンダクターなど主要各社は、2024年初頭に掲げた2024年のSiCデバイスの売上計画を相次いで見直しており、設備投資も先送りが目立つようになってきました。補助金の見直しや打ち切りによって、電動車市場の成長曲線が当初の想定を下回る状況となっています。最大手のテスラも販売不振にあえいでいるほか、中国勢も需要低迷によって値下げせざるを得ない状況に追い込まれています。ハイブリッドへの揺り戻しも一部で指摘され始めています。
一方、中長期な視点で見るとSiCは成長が見込まれています。調査会社の富士経済は、パワー半導体向けウエハーの世界市場について、2035年に23年比4.7倍の1兆763億円まで拡大すると予測しており、そのうち70%程度をSiCが占めると見ています。なお、2035年にはSiCベアウエハー市場全体の86.7%が150㎜サイズ、13.3%が200㎜サイズになると予測しています。こうした市場拡大に伴い、SiCウエハー市場で世界トップであるウルフスピードの重要性がますます高まっていくことになるでしょう。