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リチウムイオン電池でLMFP正極材に注目

レンテックインサイト編集部

測定器 Insight リチウムイオン電池でLMFP正極材に注目

今や15兆円以上の市場規模に達した蓄電池は、電動車、民生機器、エネルギー貯蔵システム、無停電電源装置、携帯電話基地局、電動工具、玩具など幅広い分野で使用されています。種類はリチウムイオン電池(LiB)、鉛電池、ニッケル水素電池、ニカド電池、ナトリウム硫黄(NAS)電池、レドックスフロー電池などが挙げられ、現在は市場の8割程度をLiBが占めており、鉛電池、ニッケル水素電池、ニカド電池と続きます。そしてLiBを用途別で見ると8割が電動車用で、車載用LiBが蓄電池市場を牽引しています。

蓄電池の性能で重要となる要素がエネルギー密度と出力密度です。エネルギー密度とは電気をどれだけ貯蔵できるかを示すもので、密度が高いとスマートフォン(スマホ)の待ち受け時間が長くなり、EV(電気自動車)の一充電距離が延びます。通常、重量あたりのエネルギー貯蔵量を示す重量エネルギー密度と、体積あたりの貯蔵量である体積エネルギー密度で表します。重量エネルギー密度が高いと軽量化、体積エネルギー密度が高いと小型化が可能です。LiBは鉛電池の4倍以上、ニッケル水素電池の2倍以上のエネルギー密度を有し、軽量・小型化に寄与します。出力密度は単位あたりのパワーを示すもので、値が大きいほど出力が高くなります。EV、フォークリフト、電動工具といった動力系で特に有効です。また、蓄電池の寿命を示すサイクル回数も重要です。スマホでは1000回以上が求められ、これによりほぼ毎日充電しても3年使用できます。市場で展開されている蓄電池はいずれも1000回以上のサイクル回数を実現しており、NAS電池とレドックスフロー電池は特に優れたサイクル回数性能を有します。

 LiBの有力メーカーとしては、CATL、BYD、LGエナジーソリューション(LGES)、パナソニック エナジー、サムスンSDI、SKオン、Gotion High-tech、AESCジャパン、ATL、プライムプラネットエナジー&ソリューションズ(トヨタ自動車グループの電池メーカー)、プライムアースEVエナジー(トヨタ自動車グループの電池メーカー)、村田製作所、GSユアサなどがあります。

 LiBの企業別シェアを見ると、2019年まではパナソニック エナジーがトップでしたが、2020年にCATLとLGESに抜かれ、CATL、LGES、パナソニック エナジーという順番になりました。この大きな理由がパナソニック エナジーの最大顧客であり、EV大手のテスラが主に中国市場向けEVでCATLとLGESの製品を採用したためです。現在CATLは、宇通客車(Yutong)、北京汽車(BAIC Motor)、BMW、フォルクスワーゲン(VW)、メルセデス・ベンツ、テスラ、トヨタ自動車、ホンダなど多数の顧客を抱えます。LGESも、ヒョンデ・キア、VW、ステランティス、GM、フォード、アウディ、ホンダ、トヨタ自動車、いすゞ自動車などを顧客として抱えます。

 直近の2023年については、電動車大手のBYDがLiBメーカーとしてもシェアを伸ばして2位に浮上し、LGESが3位、パナソニックが4位となったもようです。BYDは自社向けが中心でしたが、2020年に製品化した安全性を大幅に高めた「Blade Battery」を皮切りに外販も進めています。BYDはテスラにも製品を供給しており、パナソニック エナジー、CATL、LGESに次ぐ4番目のテスラサプライヤーとなりました。

エネルギー密度の課題を改善

 電動車市場の拡大に合わせ車載用LiBの市場も拡大しています。その車載用LiBでは、正極(活物質)にリン酸鉄リチウム(LFP)を用いたLFP LiBや、NMC(ニッケル:マンガン:コバルト)のNMC LiBおよびNCA(ニッケル:コバルト:アルミ)のNCA LiBといった三元系LiBが広く採用されています。LFP LiBは、低コスト、高安全、長寿命が大きな特徴ですが、一方でエネルギー密度においては三元系LiBにおよびません。そのため長距離EVには向いていないとされていました。

 こうした中、LFPにマンガンを加えたリン酸マンガン鉄リチウム(LMFP)を用いたLMFP LiBが注目されています。LFP LiB同様に低コスト、高安全、長寿命に対応しつつも、三元系LiBに匹敵するエネルギー密度を有するためです。2024年以降に量産がスタートする予定で、主力技術に躍り出る可能性があります。

 LMFP LiBは鉄の一部をマンガンに置き換えたLFP LiBの派生技術です。容量自体はLFPとほぼ同じですが、駆動電圧が約3.3VのLFPより0.5V程度高いためエネルギー密度が向上します。また、結晶構造はLFP同様に強固なオリビン型であることから熱安定性に優れ、過充電や高温に対する高い安全性を有し、これにより長寿命化を実現できます。

 これに対して層状岩塩型のNMCは構造が脆弱で、電池劣化や熱暴走の可能性をはらみます。また、LMFP LiBはコバルトを使用しないためNMC LiBよりもコストを低減できます。製造プロセスは、LFP同様に固相合成法と液相合成法の二つがあり、後者は液相で合成するため純度が高く、結晶がより強固となります。これにより熱安定性が高くなり、より高安全と長寿命に寄与します。

Gotionら、24年に量産化

 参入企業はLFP LiBで圧倒的なシェアを持つ中国勢が中心です。LiB中国3位でVWを筆頭株主にもつGotion High-techは2023年5月、LMFP LiB「Astroinno」を製品化し、2024年内にも量産化することを明らかにしています。同製品を搭載したEVは、一充電距離1000kmに達すると言われています。

 同社によるとセル重量エネルギー密度は240Wh/kgで、LFP LiBの160~210Wh/kgよりも高く、NMC LiBの230~280Wh/kgやNCA LiBの220~270Wh/kgよりも若干低いです程度です。また、体積エネルギー密度は525Wh/Lで、これも三元系LiBよりも若干低い値となります。

 一方、コスト面ではLFP LiBに比べて5%程度低く、NMC LiBとの比較では20~25%低いとされています。さらにサイクル回数は常温環境で4000回、高温環境や超急速充電(18分)で1800回とされ、車載用LiBとしては遜色ないレベルとなっています。

 グレート・ウォール・モーターズ傘下の新興LiBメーカー、SVOLT Energy Technologyは高安全、高エネルギー密度に対応した新型LiB「Dragon Armor Battery(DAB)」のラインアップにLMFP LiBを加えています。2024年にも量産化する見込みで、EV一充電距離900kmを実現する見通しです。

 同社によると、LMFP LiBはセル重量エネルギー密度が220Wh/kg、体積エネルギー密度(同)が503Wh/L。製造コストはNCM LiBより約10%低いといいます。

 DABは新たな熱電気分離設計を施した独自のパック技術を適用。安全性や急速充電性能を向上するとともに、パックの体積効率を最大76%まで高めることに成功しました。DABではLMFP LiB以外にもLFP LiBとNCM LiBもラインアップしており、EV一充電距離は前者が800km、後者が1000kmを実現します。

 中国勢ではBYD、CALB、Farasis Energy、JEVEらも開発を進めています。また、材料メーカーのShenzhen Dynanonic、Ningbo Ronbay New Energy Technology、LithitechらがLMFPを生産中です。

 日本の材料メーカーでは太平洋セメントがLMFP「ナノリチア」を開発してします。中央研究所(千葉県佐倉市)内の実証プラントにおいて実証しており、2025年ごろの量産化を目指しています。同社によると、ナノリチアはニッケルやコバルトを含む既存の正極と電圧が同等であるため、単独での正極材としての利用のほか、既存の正極材に混合して性能を落とすことなく信頼性を高めるができるといいます。製造プロセスにおいては独自の水熱合成技術(液相合成法)によりナノサイズレベルの均一な粒子の合成を可能にしました。また、独自のカーボン被覆技術により材料の導電性を向上。これにより、従来のLMFPでは引き出せていなかった材料のポテンシャルを十分に発揮させることに成功しました。

 蓄電池トップのCATLはLFP LiBの派生技術「M3P」を開発しています。これは鉄をマグネシウム、亜鉛、アルミニウムなどに置き換えたものです。CATLはLFPを使った新型車載用LiB「神行超充電池」も開発しており、テスラ製EV「Model Y」向けに出荷されているもようです。神行超充電池は、正極、負極、電解液、セパレーターといった構成部材を最適化することで4Cレートの充放電速度を達成するとともに、通常のLFP LiBを超えるエネルギー密度化を実現。性能面では常温下10分で80%の充電が可能で、マイナス10℃の低温環境下でも30分で80%まで充電できます。

 今後、車載用LiB市場はさらに拡大し、競争もさらに激化することが予測されます。その中でこれまでは大手LiBメーカーを中心に大規模工場が整備され、巨額の設備投資が行われてきましたが、近年は新規参入企業でも大規模工場の建設プロジェクトが次々と浮上し、自動車メーカーによる取り組みも本格化しています。こうした中、高安全、長寿命に対応するLMFP LiBがLFP LiBを部分的に置き換えていく可能性が高いと業界ではいわれています。少なくともLFP LiBが半分を占める中国市場では普及していくとみられ、今後注目する必要があるでしょう。

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