一般に会社の事業所内や家庭内など、数メートル~数百メートル程度のエリア内を接続するネットワークのことを「LAN:(Local Area Network)」と呼びますが、 そこで使われるネットワーク技術の標準といえるのがイーサネット(Ethernet)です。 もともとコンピュータ同士を接続するために作られたイーサネットですが、現在ではWebカメラや計測器との接続などの用途にも広がっています。 多様な現場・用途で使われるだけにさまざまなトラブルも起きやすいイーサネットの基礎を知っておきましょう。
イーサネットは1970年代に米国ゼロックス社のパロアルト研究所で開発された技術(これをEthernetと呼ぶ)をもとに、1983年にIEEE802.3として策定された規格です。 本来のEthernetとIEEE802.3の間には若干の違いがありますが、現在ではEthernetという名前も事実上IEEE802.3の意味で使われています。 802.3策定当初の通信速度は最大10Mbpsでしたが、その後、度重なる規格改定を経て2017年12月に策定された 802.3bs では最大伝送速度400Gbpsと当初の4万倍に達しています。 2018年時点では100Gbps以上を使用するのはデータセンタなどの大規模な用途が中心ですが、より高速な規格の策定も継続中であり、一般のオフィスでの用途も含めて今後も速度向上は続くと考えられます。
IEEE802.3シリーズはOSI7階層モデルでいう物理層とデータリンク層を規定しており、 改定の都度802.3iや802.3abのようなマイナーバージョンが増えていますが、これらの名前は覚えにくいため、実務的には100BASE-TXのような表記で区別されています。
(図1 物理層の表記)
この表記は物理層の仕様を表す省略表記で、先頭からPart1,2,3の3つのパートに分かれます。Part2とPart3の間にはハイフン”-“が入ります。
Part1は最大通信速度を表し、Mbps単位で10→100→1000とけた数が増え、ギガビットを超えると10G、40GのようにGをつけて区別します。
Part2は変調方式を表しますが現在は実質的にBASEで固定されています。これについては後述します。
Part3は物理メディア(通信ケーブル)の種類や符号化方式を表しています。当初、物理メディアが同軸ケーブルだけだった時期には5や2という数字が使われており、
最大延長距離の目安を100メートル単位で表していました。
しかし現在では同軸ケーブルはほぼ消滅し、ローエンドからミッドレンジにかけてはツイストペアケーブル、ハイエンドでは光ファイバに置き換わっています。
Part3がTで始まるものはツイストペアケーブル、L、S、F、E、R、Wなどの文字で始まるものは光ファイバです。
一般の事業会社オフィスで最もよく使われるのはツイストペアケーブルですが、これも実際にはさまざまな種類があります。
図2はツイストペアケーブルの基本的な規格の種類です。
(図2 ツイストペアケーブルのカテゴリー)
現在市販されているものはほとんどがカテゴリ5e以上ですが、古い規格でもコネクタの形状は変わりません。 そのため、現場で余っていたケーブルを使いまわしたところ実はカテゴリ3規格で、期待した速度が出なかった、などのトラブルが起きる場合があります。 ケーブルを通信機器の規格に合わせて正しく選択しなければ本来の性能を出すことができません。 ハブ、スイッチなどの通信機器の規格に合わせて正しいケーブルを使うように注意してください。
Part2の変調方式は、イーサネットでは事実上BASEしか使われていません。 これはベースバンド伝送といい、もともとの信号波形を変調せずに送る方法を意味しています。
(図3 ベースバンド伝送とは)
図3の(A)は変調を行う方式のイメージです。人間の音声をマイクで拾うと数十~数千ヘルツの電気信号が得られますが、
このように信号の源泉となる物理現象のセンシングなどで得られた大元の波形のことをベースバンドと言います。
これを無線伝送する場合、ベースバンドをそのまま伝送路に乗せることはできないため、たとえばFM放送であれば76~90MHz程度の周波数を持つ「搬送波」に変換し、波形も変える「変調」が必要になります。
コンピュータの場合はデジタル回路のためベースバンドは図3(B)のように矩形波です。
ベースバンド伝送ではこれを変調せずにそのまま伝送路に流します。
こうすると通信回路は単純なもので済むためコストを抑えられますが、ノイズに弱くなるデメリットがあるため短距離の伝送にしか使用できません。
イーサネットは基本的にベースバンド伝送ですが、これはもともと同じフロア内程度の近距離通信用に設計されたため、ノイズの影響が小さいことを前提に、回路の単純化を選択したためです。
その代わり、初期のイーサネットではノイズに強い同軸ケーブルを使用しています。
その後の技術革新によって、同軸ケーブルの代わりに扱いやすいツイストペアケーブルでの通信速度の向上も実現しましたが、「ノイズに弱いベースバンド伝送を使っている」ことは変わっていません。 電磁ノイズの多い工場などではその影響で思いがけない性能低下に見舞われることがあるため注意が必要です。 一般のオフィスではUTP(Unshielded Twist Pair)と呼ばれるシールドのないツイストペアケーブルを使う場合が多いですが、 ノイズの多い場所ではSTP(Shielded Twist Pair)と呼ばれるシールドのあるツイストペアケーブルが必要なときもあります。 その場合、ハブやスイッチなどの通信機器も含めてSTP対応機に変えた上で接地(アース)も取る必要があります。
100BASE-TXのような表記で分かるのは物理層の伝送能力ですが、現代ではデータリンク層以上がボトルネックとなる場合もあります。
(図4 イーサネットのボトルネック)
初期のイーサネットでは図4上段のように1本のケーブルに全ての端末が接続されていました。
そのためケーブル1本の伝送容量が通信性能のボトルネックになりました。
一方、現代のイーサネットは図4下段のように集線装置(ハブやスイッチ)に接続する構造のため、集線装置の処理能力がボトルネックになるケースがあります。
集線装置は例えば端末Aから来たパケットをDへ、Bから来たパケットをCへ、のように実際に通信を行う端末間で飛び交うパケットを交換する「スイッチング」を行います(図の青線・青字)。
接続されている全ての端末で高負荷な通信を行おうとすると、ケーブル1本単位では余裕があっても集線装置全体のスイッチング能力のボトルネックに達してしまう場合があります。
100BASE-TXのように表記される物理層の性能はケーブル1本、ポート一つの性能を表しています。集線装置のスイッチング能力は「スイッチングファブリック」として記載されるため、
大容量のファイル転送などを行う端末を複数接続する集線装置についてはスイッチングファブリックにも注意が必要です。
もともとイーサネットはLAN用の規格であり、初期の10BASE-5や10BASE-2の最長到達距離はそれぞれ500メートル、200メートルでした。 現在もツイストペアケーブル1本の到達距離は100メートル程度で、集線装置を介して延長はできますが基本的には構内通信用です。 一方、イーサネットでも光ファイバケーブルを使うと1km~40km単位で延長できるため、近年はWAN用途でイーサネットを使うケースも増えています。 離れた事業所間をつなぐ広域イーサネットと呼ばれるサービスを提供する通信事業者もあります。
性能向上以外で近年のイーサネット規格に取り込まれた新たな要素で注目されているものがPower over Ethernet(PoE)と呼ばれる、ツイストペアケーブルを通じて電力を供給する技術です。 PoEはIEEE802.3afおよびIEEE802.3atとして標準化されており、電力供給の困難な場所に設置されたWebカメラや無線LANアクセスポイントなどで便利に利用されています。
1970年代に誕生し、およそ40年の間に大いに飛躍を遂げてきたイーサネットの用途は今後も拡大していくことでしょう。