オシロスコープを使って回路の波形を測定するにはプローブを使います。
電圧波形の測定には電圧プローブ、電流波形では電流プローブです。
プローブは回路を「のぞき見」するので、できるだけ回路の動作に影響を与えないことが望ましいのは言うまでもありません。
しかしプローブも回路です。回路に新たな回路が侵入するわけですから影響はゼロではありません。
測定に与える影響が無視できるようなプローブを選ぶか、また無視できない場合は影響を見積もることが必要です。
一般的なプローブの例としてキーサイト・テクノロジーの10:1パッシブ・プローブ N2843Aを取り上げます。性能は次の通りです。
周波数帯域 DC~500MHz
減衰比 10:1
入力抵抗/入力容量 10MΩ/約11pF
写真1 3000-Xシリーズ・オシロスコープ付属 N2843A
さて、周波数帯域の定義は一般的に
「基準(オシロスコープやプローブでは直流または低周波)レベルより3dB(約70%)低下する周波数」
と知られています。
多くのオシロスコープの周波数特性はガウシャン特性に近似しています。
図1は周波数帯域100MHzのオシロスコープを想定して計算したガウシャンカーブです。
図1 周波数帯域 100MHzのガウシャンカーブ
メーカーで表示している周波数帯域ですが一つだけ条件があります。
それは「ソース・インピーダンスが25Ω」での周波数帯域です。
図2のようにほとんどのジェネレーターの出力インピーダンスは50Ω、それを50Ωで終端した信号を使います。
電圧源のインピーダンスはゼロですからソース・インピーダンスは50Ωの並列で25Ωになります。
図2 プローブの周波数帯域の測り方
実際の測定では回路のインピーダンスが25Ωとは限りません。そのため周波数帯域が変化する話になります。厳密には周波数帯域はハッキリとは分かりにくいことになります。
この点は別の場で詳しくお話したいと思います。
計測器には必ず入力抵抗(インピーダンス)があります。
デジタル・マルチメータでの電圧測定を考えてみましょう。
図3 デジタル・マルチメータでの電圧測定
図3のように電圧測定では、計測器を回路に対して並列に挿入します。
デジタル・マルチメータの入力抵抗が無限大であれば吸い込まれる電流はゼロ、計測器は回路の動作に全く影響は与えません。
しかし実際には、ほとんどのデジタル・マルチメータの入力抵抗は10MΩです。これはアナログの針式テスターの入力抵抗に比べれば圧倒的に高く、優れています。
ただし、10MΩと言っても回路のインピーダンスが高い場合は入力抵抗が無視できず、その影響を考えねばなりません。
広い周波数の信号を扱うオシロスコープのプローブの場合は図4のように入力抵抗と入力容量で示されます。
理想は入力インピーダンス無限大ですが現実では
良いプローブになります。
図4 プローブの入力インピーダンス
プローブの入力容量が波形観測に与える影響を図5のCMOSドライバ/レシーバで考察してみます。
ドライブ能力が高いCMOSの出力インピーダンスを11Ω、容量を1pFと仮定、反射用ダンピング抵抗を22Ω、20cmの伝送路を経由して入力抵抗5MΩ、入力容量50pFのCMOSレシーバでの受信波形を考えてみます。
図5 想定したドライバ/レシーバ
プローブの入力容量を
にした場合の受信波形が図6です。
アクティブ・プローブ 1pFが入力容量50pFに与える影響は2%なのでほぼ無視できます。
10:1パッシブ・プローブの10pFは20%に影響、図の波形でも若干の鈍りが確認できます。
1:1パッシブ・プローブの100pFは論外です。
図6 プローブの入力容量が動作に与える影響
デジタル・マルチメータでの電流測定では図7のように、計測器を回路に対して直列に挿入します。
電流測定モードでの入力抵抗はゼロが理想ですが、デジタル・マルチメータはシャント抵抗を使って電流を電圧に変換し、測定しています。
このシャント抵抗、大電流レンジでは0.1Ω程度、小電流レンジでは数100Ωになります。
この抵抗値もアナログの針式テスターより圧倒的に小さい値ですが、それでも回路のインピーダンスがシャント抵抗値を無視できるかどうか考慮する必要があります。
図7 デジタル・マルチメータでの電流測定
クランプ式電流プローブは、図8のように物理的に回路を切ることはありませんが、プローブを挿入することでインピーダンスが挿入されます。
図8 クランプ式電流プローブも挿入抵抗がある
電流プローブの周波数帯域も電圧プローブ同様にソース・インピーダンス25Ωで規定しています。
図9のようにメーカーでは50Ωの抵抗を内蔵したカレントループを使用して校正します。
図9 電流プローブの周波数帯域の校正
では実際の測定における挿入インピーダンスの影響はどうでしょうか。
例としてテクトロニクスの120MHz電流プローブ TCP0030Aの挿入インピーダンスを記載します。挿入インピーダンスは図10のように単純なカーブではありません。
高周波領域の傾向から読むとインダクタンスは1nHになります。
図10 電流プローブの挿入インピーダンスの例
テクトロニクス TCP0030Aのマニュアルより転載
電流プローブの負荷効果の例として図11のようにFPGAなどに電源を供給する低電圧大電流電源の電流測定を考えます。
電圧は1V、電流が10Aから15Aに急激に変化するケースです。
実際の高速電源の電圧は負荷の急峻な変化に合わせて出力電圧を一定にする制御をしていますが、今回はプローブの影響を考察するだけなので内部抵抗10mΩの単純な電圧源にしています。
図11 大電流を必要とするFPGAに供給する高速電源
電流源が10nsの遷移時間で5A電流を増やした場合、プローブのインダクタンスの影響で電流の立上り時間は20nsに増えてしまいました。
図12 プローブのインダクタンスの影響により誤差が発生
インダクタンスは√(L/R)で効いてきますので回路のインピーダンスが低い場合程影響がでてきます。
このようにすべてのプローブが回路動作に影響を与える「プローブの負荷効果」を持っており、波形観測をする際に注意すべき重要項目となります。
そして測定ターゲットにより同じプローブでも影響が変わることにも注意しましょう。
高電圧回路の測定では安全上、プローブを測定ポイントから離したいことがあります。
そのため高電圧差動プローブには延長ケーブルが付属する製品が多くあります。
高電圧差動プローブでは図13のように接続ケーブルは外部からのEMIノイズを低減するためにプラスマイナスをツイストすることが推奨されています。
ツイストすることでケーブルの持つ寄生インダクタンスを低減することもできます。ただし、線間寄生容量が増加するというデメリットもあります。
図13 高電圧差動プローブと延長ケーブル
この延長ケーブルが測定結果に影響を与えることは容易に想像できます。
図14は1.5mの延長ケーブルを想定したシミュレーション結果です。
寄生インダクタンスはそれぞれ750nH、線間寄生容量は40pFと想定しました。大雑把なシミュレーションですが傾向は分かると思います。
この場合、延長ケーブルによる共振現象は少ないようです。
図14 1.5mの延長ケーブルを想定したシミュレーション結果
またスイッチング回路ではソース・インピーダンスは低下します。その場合のシミュレーション例が図15です。
大きな振幅の共振が発生していることがわかります。
図15 スイッチング回路でのシミュレーション結果
このため高電圧プローブのマニュアルには延長ケーブル使用時には帯域フィルタの併用を推奨する旨の記載があります。
このようにプローブは回路にとってはよそ者です。
できるだけ影響が起こらないように、「そっと覗く」ことが大切です。
これらの問題点について完全な解決策はありませんが、改善方法がないわけではありません。これについては別稿で解説したいと思います。