周波数が高い回路では信号の伝わる速度や反射の点を考慮した、いわゆる分布定数回路の考え方が必要になります。
一方、周波数が低い場合には集中定数として考え、配線は回路図には出てきませんが実装では様々な問題を考慮しなければなりません。その一つが寄生インダクタンスです。
コイルなど、インダクタに直流電流を流すと図1のように右ネジの法則に従って磁束Φ1が生じます。
さて、電流がI1⇒I2に増えると磁界は増えるはずですが、図2のように磁束Φ2に対して変化を妨げる(この場合は減らす)方向に磁束が発生します。電圧から見ると逆の電圧、逆起電力が発生します。
直流で電流が大きな場合には電線の太さ、つまり直流抵抗(DCR)は大切なファクタです。
このケーブルやコネクタの抵抗は電流が大きな場合には注意が必要です。
商用電源(50/60Hz)で使われるテーブルタップには「合計1500Wまで」の注意書きがありますが、力率100%なら100Vでは15A、これ以上の電流を流すとケーブルやコネクタの抵抗で安全上問題がありますということです。
では直流抵抗に注意すればOKでしょうか?
実はいくら直流抵抗が低くてもケーブルの長さが原因で装置を壊してしまうことがあります。
大容量の直流電源でインバータを駆動する実験にて、流れる電流が急に変化した結果、電源が壊れた事象がありました。
電源とインバータは、充分な電流容量のケーブルを数mの距離で接続していました。
実はケーブル、その存在自体がインダクタンスを持っています。つまりケーブルはコイルでもあるわけです。
急激な電流の変化で電源トランジスタの保護回路の能力を超える逆起電力(サージ)が発生し、故障に至ったと思われます。電源のマニュアルにはケーブル長の制限が記載されていました。
LCRメータを使って2mのリード線のインダクタンスを測ってみます(写真1)。測定周波数は10kHz、写真1のようにL=1.962μHです。リード線のインダクタンスは1mあたり1μHと言われていますがその通りです。
2本の線をやや離して直列で測ると
L=3.012μHとなります。
2μH+2μH=4μHにならないのは2本の間の相互インダクタンスのためと思われます。
線を撚るとインダクタンスが減りますが、逆に線間容量が増加します。
図4の回路でスイッチをON/OFFするとスイッチ出力=抵抗両端の電圧変化を観測できるはずです。
オシロスコープを使ってスイッチをON⇒OFFした時の波形は図5のように何も不具合は起きていません。
次にスイッチと抵抗の間を2mのリード線で接続すると、図6のように電源電圧を超えるマイナスの振れが発生します。
寄生インダクタンスによるサージと言われるものです。
振動しているのはプローブの入力容量と寄生インダクタンスによる共振と思われます。
使用したワンボード測定器のサンプル・レートが最高100MS/sなので完全にはピークを捉えられていないようですが、-2V程度はあるようです。
インダクタンスに流れる電流が変化すると電流の「変化を妨げる方向に逆起電力が発生」します。
発生する電圧は
V=-L ⅆⅈ/ⅆt
L=3μH di/dt=-15mA/0.02μs
とすると
V≒-2V
となり実験と同様になります。
LTSpiceの定数を調整してシミュレーションしてみると実験値とほぼ同じ結果です(図7)。
本当のサージ波形はプローブの影響を除かねばなりません。そこでシミュレーションした結果が図8になります。
これが実際に起っていることに近いと思われます。
リード線を平行リードに変えてみます。
往復の線が近くなると相互インダクタンスにより自己インダクタンスは低下します。
結果が図9のようになり、明らかにサージは低下します。
プラスマイナスの線を平行にする理由はこんな所にもあります。
図10ではメカスイッチを半導体(スイッチング素子)に置き換えてみました。
従来は大きな電力を扱うスイッチング回路のスイッチング速度は速くなかったために寄生インダクタンスの影響は目立たなかったのですが、スイッチング・デバイスの高速化、すなわちdi/dtが大きくなったために僅かな寄生インダクタンスが動作に与える影響が顕著になっています。
スイッチング・デバイス内部のボンディング・ワイヤーと端子の間にも図11のように寄生インダクタンスがあります。
ゲート・ドライブ信号がLo⇒HiになるとデバイスがOnになり電流Idが流れます。この電流の変化による逆起電力が生じ、実際のVGSの立上りが鈍ります。
そのため肝心のIdの立上りも鈍ります。
ゲート・ドライブ信号がHi⇒LoになるとデバイスがOffになり電流Idが遮断されます。この電流の変化による逆起電力が生じ、本来ゼロであるVGSが持ち上がります。
そのため肝心のIdの立下がりも鈍ります
このように寄生インダクタンスによりデバイスのスイッチング速度が低下し、損失が多くなります。
さらに図12のように配線、パターンにおいてもゲート・ドライブのリターンを適切に配置しないと同様の障害が発生し、期待したスイッチングが得られません。
リード線やパターンの寄生インダクタンスは1cmあたり10nH位ですが不用意な配線が動作に悪影響を与えます。
寄生インダクタンスは波形観測にも大きな影響を与えることがあります。
プローブを使う時、電圧基準になるグラウンドをとりますが、このグラウンド線、さらに信号に当たりやすいようにプローブ先端にリード線をつけることがあります。
これらの持つ寄生インダクタンスとプローブの入力容量が直列共振回路を形成します。
10:1のパッシブ・プローブの入力容量は10pF程度、リード線の総量を20cm(寄生インダクタンス 200nH)とすると共振周波数は約110MHzになります。
測定する信号に高周波成分が含まれている場合は振動が起きてしまいます。
シミュレーションは見えない電気要素、寄生インダクタンスや寄生容量、DCRも要素として考慮しないと誤差が生じることがあります。
一方で、実際の測定は回路に余計なもの(今回はプローブの入力容量)が回路動作に影響を与えて、本来存在しない振動を生じさせています。
両者を見比べて、それぞれで何が起こってるのかを常に考える事が、正しい計測には必要となっています。