前編では、時間軸と周波数軸の関係、そして電気の世界で使われるデシベルについてお話ししました。
後編では、時間軸計測器の代表であるデータレコーダやオシロスコープ、周波数軸計測器の代表であるスペクトラム・アナライザやFFTアナライザをご紹介します。いずれも広いアプリケーションで使われる汎用計測器といえるでしょう。ここではこれらの計測器の仕組みと得手不得手についてお話します。
初めにA/D変換の基礎、標本化定理のおさらいです。
「アナログ信号にはさまざまな周波数成分がありますが、デジタル信号に変換する際は、最高周波数の2倍以上のサンプリング周波数(サンプル・レート Sample/secと同じ)が必要)」これが標本化定理です。
図1 標本化定理
例えば一般的な音声フォーマットでは可聴最高周波数20kHzに対応するため、サンプリング周波数は20kHzの2倍以上の44.1kHz(44.1kS/s)、電圧分解能は16ビットです。最小分解能は入力レンジの1/65,536になります。
<豆知識>
なぜ44.1kHzという中途半端な周波数?伝え聞いた話ですが、デジタル録音の黎明期、このデータレートで記録する機器としてビデオテープ機器を利用、その機器で対応した周波数が44.1kHzだったという事のようです。
デジタル化された波形計測器の中身はシンプル、録音機と同様です。
図2のように入力信号はA/D変換器の入力レンジに合うように増幅(ないし減衰)され、デジタル化、メモリに記録されます。
図2 波形計測器の構造
オシロスコープの性能で例えると
●アナログ性能
周波数帯域や感度
●デジタル性能
A/D変換のビット数(電圧分解能)
最高サンプル速度
●機能性能
メモリの記録長
繰り返し取り込みでの更新速度
になります。図3に代表的なオシロスコープの性能例を挙げておきます。なお計測器の性能には条件があること、同時には成り立たない事項もあります。疑問点はメーカーに直接聞くのが良いでしょう。
図3 横河計測 DLM3000シリーズのキースペック
得意な点、優位点は何と言っても「電気の動きが見える」ことです。オシロスコープの原型は第二次世界大戦頃に誕生したと言われています。ブラウン管を用いて「眼」で波形を観測する手法が開発され、以後デジタル化された今日まで最もポピュラーな計測器として使われています。写真1は1947年にテクトロニクスから発売された最も初期のオシロスコープです。75年も昔の話ですね。
写真1 テクトロニクス511(vintageTEKより)
欠点は周波数として把握しにくいという点です。図4は通信を勉強された方なら見慣れた、今でもAM放送として使われているAM(振幅)変調の変調波と被変調波(キャリア)の関係です。デジタル変調はQAM(直角位相振幅変調)ですが、振幅変調のエッセンスは活かされています。
図4 AM変調の時間軸表示と周波数軸表示
変調波による変化、つまり音声の周波数や大きさによってキャリアの前後に発生する周波数成分(サイドバンド)が変わります。
図5はワンボードUSB計測器で出力したAM変調波形の時間軸(オシロ)表示です。
●被変調波は100kHz、振幅1V(実効値0.707V)
●変調波は1kHz、振幅0.5V(実効値 0.354V)で変調度50%
変調度は分かりますが周波数変化の情報はわかりませんね。
図5 変調度50%のAM変調波形
かたや周波数軸で観測すれば一目瞭然です図6は同じ信号のFFT表示です。100kHzのキャリア、1kHz離れた99kHzと101kHzにレベルが1/4(-12dB)の変調波が確認できます。
図6 AM変調のFFT表示
オシロスコープの縦軸がリニアな電圧値なのに対して、スペクトラム・アナライザやFFTアナライザは対数表示、スペクトラム・アナライザは単位が電力、FFTでは電圧がデフォルト表示になることには注意しましょう。図5の例では縦軸はdBVです。実効値1Vが0dBVになります。
FFTアナライザでは波形計測器のように入力信号をA/D変換し記録、FFTにて周波数解析を行い
● 周波数vs振幅
● 周波数 vs 位相
の表示が得られます。また次々と取り込みを続けフレーム・メモリに記憶し、時間とともに変化するスペクトラム解析ができる製品が多いです。入力チャンネル数も同時複数チャンネルが可能です。使用目的としては低周波領域である音声、振動、サーボ解析などが挙げられます。
図7 FFTアナライザの構造
市販されているFFTアナライザはオーディオ用のA/D変換器を使用していると想像でき、現行機器ではハイレゾ規格の一つ、サンプリング周波数192kHz/24ビットを使用する製品が多いようです。
写真2は代表的なFFTアナライザです。
写真2 小野測器 CF-9200/9400
2CH/4CH入力で主な性能は
● 周波数範囲はDC~100kHz
● A/D変換器 24bitΔΣ型
● 入力のダイナミックレンジは120dB以上となっています。
A/D変換器が24ビットとなっていますが、前編で触れたように1/224分解能と、とても広いです。デシベルで表現すると理論的には6dB×24=144dB、総合的な性能として120dB以上となっています。
オシロスコープの理論的なダイナミックレンジが8ビット機では6dB×8=48dB(1/28分解能)12ビット機でも6dB×12=72dB(1/212分解能)に過ぎないので、いかにFFTアナライザが小さな信号から大きな信号まで取り込めるかが分かります。
ただし周波数範囲はDC~100 kHzですから図8のようにオシロスコープとは全く異なる計測器です。
図8 FFTアナライザとオシロスコープの立ち位置
スペクトラム・アナライザは主に高周波領域での周波数解析に使われます。周波数変換(スーパーヘテロダイン)手法を使い信号を低い周波数に変換して処理を行います。周波数変換の手法はアナログ式のラジオなどで使われています。
高校で勉強した三角関数の加法定理を使うと周波数変換がイメージしやすいです。サインとコサインの加法定理よりこれが導きだせます。
二つの信号を掛け算するとそれぞれの周波数の和と差の周波数の信号になることを意味しています。ミクサでは入力信号と内部信号との和と差の成分が得られます。図9で差だけを考えると以下となります。
入力信号 内部信号 差の周波数
0.99GHz 0.98GHz 0.99-0.98=10MHz
1.00GHz 0.99GHz 1.00-0.99=10MHz
1.01GHz 1.00GHz 1.01-1.00=10MHz
このように内部信号に周波数をコントロールすることで入力信号の周波数が変化してもすべて10MHzに変換されるわけです。
図9 周波数変換の様子
スペクトラム・アナライザではこの原理を使い、高周波信号を扱いやすい低周波に変換して処理します。図10のように周波数変換され特定の周波数幅の信号だけが通過するバンドパスフィルタを使うことで周波数成分を分離できます。
図10 古典的な掃引式スペクトラム・アナライザの構造
スペクトラム・アナライザの入力レンジはオシロスコープに比べて非常に広くなっています。オシロスコープの問題は、広い周波数にわたって存在する熱雑音です。オシロスコープは直流から周波数帯域一杯までのすべてを同時に取り込むため原理的にノイズは大きくなります。スペクトラム・アナライザの信号の周波数帯域幅はオシロスコープより極めて狭いのでノイズが非常に小さくなります。
もっともすべての周波数成分を同時に解析はできません。図11のようにライトで探し物をするようなイメージです。解析する周波数は連続的に変化するので、一瞬一瞬の変化を解析することはできません。例えば変化する携帯電話の信号をリアルタイムに観測はできません。
図12 最近のスペクトラム・アナライザのイメージ
そこで最近ではFFT処理を併用したスペクトラム・アナライザが主流です。
周波数変換により高い周波数のある範囲全体をスパっと低い周波数に変換してしまえば、高速化したオシロスコープの技術でリアルタイムに解析できます。最も実際は直交位相変調などを併用して解析性能を上げているので中身は単純ではありませんが、流れとしては図12のようになります。
図12 最近のスペクトラム・アナライザのイメージ
このように計測器には種類により得手不得手があります。測定では測定ミスや誤差がつきものですが、可能であれば時間軸計測器と周波数軸計測器の両方を使って、測定結果に乖離があるときは疑問を持つようなことも大切です。