日置電機株式会社・イノベーションセンター 先行開発ユニット(右から)
主幹研究員 博士(工学)栁澤 浩一 氏
主任 池田 大桂 氏
主任 笠井 真 氏
坂井 智春 氏
近年、自動車開発において非破壊・非侵襲での計測や検査が注目されています。自動車に搭載される電子制御ユニット(ECU / Electric Control Unit)に関わる開発などでは、ECU間のCAN(Controller Area Network)通信の情報を大いに活用するため、CAN通信のデータを非接触で取得する要望も高まっています。そんな中、計測器メーカーである日置電機株式会社では、ユーザーからの声をきっかけに、「非接触CANセンサ」の開発が始まったといいます。
そして、2019年12月に発売されたのが「SP7001」「SP7002」(以下、SP7000シリーズ)です。今回は、「SP7000シリーズ」を開発するに至った経緯や製品の特長、開発過程での課題、今後の展望などを取材しました。
--「SP7000シリーズ」がどのような製品なのか教えてください。
・栁澤氏
「一言でいいますと『被覆の上からCAN信号を検出できるセンサ』です。このセンサは、車載通信に用いられるCANの通信信号を、ケーブルの金属部分に触れずに取得できます。例えば、完成車両の評価などでCAN信号を取得したいとき、通信ケーブルの被覆をむくことなく簡単にデータを収集することが可能です。」
主幹研究員 博士(工学)栁澤 浩一 氏
--どのような経緯で開発をするに至ったのでしょうか。
・池田氏
「そもそも2014年に世界で初めて、商用電力ケーブルの電圧を非接触で計測できるセンサの「PW9020」を開発したことが始まりです。この技術をベースに、2017年に非接触電圧プローブ「SP3000」「SP9001」を発売し、PRのために展示会に出展したところ、ある自動車メーカーさまから『この技術を応用し自動車に特化した非接触でCAN信号を取得できるセンサを作れないか』と声をかけていただきました。お客さまから、従来手法でCAN信号を取得する際にかかる工数の課題や信号取得時のセキュリティの課題などをお聞きして、自動車の開発現場において非接触でCANを取得することへの強いニーズがあることに驚きました。そのようなきっかけによって、車載ケーブルから非接触でCAN信号の検出を可能とするセンサの開発がスタートしました。」
主任 池田 大桂
--「SP7000シリーズ」の特長を教えてください。
・坂井氏
「なによりも非接触でCAN信号のデータを取得できることが最大の特長です。従来は、CAN信号を取得するためにはケーブルの被覆部分をむいて金属部分を露出させる必要があったり、分岐ハーネスを製作しなければならなかったりなど、多くの工数を要してしまいました。一方SP7000シリーズならば、ケーブルの被覆の上からプローブを取り付けるだけでCAN信号を取得できるので、工数を劇的に削減することができます。また、非接触方式のメリットとして、車両の電装系に影響を及ぼさないので走行中でもCAN信号を取得できます。このセンサを実現したことで自動車開発をはじめCANを活用する幅広い分野で貢献できると考えています。」
・栁澤氏
「さまざまな環境下でエラーなく正確にデータを取得できることも特長のひとつです。例えば、自動車の電装ケーブルはワイヤハーネスになっているためCANのケーブルの周囲に多くのケーブルが近接していますが、非接触CANセンサは周辺のケーブルの信号などの影響を受けずに正確にCAN信号を取得できます。」
・笠井氏
「さらにSP7000シリーズを構成する部品や素材にもこだわっています。この製品を使用する環境を最優先に考えて材料選定をしました。例えば、実車の走行試験でもエラーなく信号取得できる耐振動性や、エンジンオイルやブレーキフルードなどの油類にも耐える耐油性、日置電機製品の中でも最上級の耐熱性を誇っています。」
--世界初の技術を搭載した製品の開発は、大変な苦労だったかと思います。どのような課題があったのでしょうか。
・栁澤氏
「今まで日置電機にはなかったカテゴリの製品だったこともあり、最初は手探りの状態でした。SP7000シリーズの完成までの期間に、自動車の開発に携わっている方々にフィールドテストのご協力をいただきました。」
・坂井氏
「自動車に関して私たちは素人ですので、まずは自動車やCAN通信のことを知る必要がありました。CAN通信のデータの詳細は各自動車メーカーの機密事項で、実際に自動車で使われているCAN通信のデータを入手することができません。製品機能の評価や品質の担保が容易ではありませんでした。そこで、私たちでさまざまな評価用データや実車両を想定したケーブルを用意して性能評価をしながら、各自動車メーカーさまにもテストしていただいて、性能改善を重ねていきました。」
・笠井氏
「耐久性や機能、形状など、すべてが試行錯誤の繰り返しでした。お客さまのアドバイスで大きく仕様を変更した箇所もあります。限られた時間の中での設計変更や関係者・関係部署との調整など、苦労は数えきれなかったですね。」
--実際にフィールドテストに協力いただいた企業などからの感触(反応)はいかがでしたか。
・笠井氏
「CAN信号を非接触で取得するという要望は大きかったものの、従来は採用されなかった方法ですので、実際にお客さまのもとでSP7000シリーズを使ってCANを取得できたときには驚きの声をいただけました。実際に自動車メーカーさまの開発現場で何度も評価しながら改良を重ねることで、さまざまな使用環境に対応できる性能に仕上げました。その点も高く評価いただき、同時にフィールドテストに協力いただいたお客さまとの信頼関係を構築することができました。」
・池田氏
「SP7000シリーズが、CANバスの不具合解析に大いに役立ったという声もありました。開発現場でのエラーや意図しない動作などが発生した際には、その原因を解析し根本対処することを求められます。従来の金属接触を伴うCAN信号の取得方法や分岐ハーネスを用いる方法では、CANバスの電気的特性を変化させてしまい、不具合発生時の振る舞いが変わってしまうことがあります。非接触CANセンサならば、CANバスに影響を及ぼさずに実際の運用時のCANの動作を正確に取得することが可能です。私たちの開発する非接触CANセンサがユーザーの求める性能を得られている実感を持てました。」
--今後、「SP7000シリーズ」はどのように活用されていくことが予想されていますか。
・池田氏
「当初は自動車メーカーさまでの導入を見据えて開発しましたが、CAN通信を使用している機器などで使用できますので、医療機器や産業用ロボットの開発現場などで活用いただけることも期待されます。」
・栁澤氏
「実は発売前から多くのオーダーをいただいているのですが、自動車メーカーさま以外にも、大学の研究機関さまや航空業界の企業さまからもお声がけをいただきました。
SP7000シリーズの開発を通じて、非接触でのCAN信号の取得という新たな技術を確立できたとともに、それに対するニーズが想像よりもはるかに多いことを知ることができました。
まずは自動車の開発現場などでの導入からスタートしますが、CAN通信のデータの取得・収集を劇的に容易にするSP7000シリーズが自動運転などの新しい技術の分野にも貢献できると考えています。」
--本日は貴重なお時間をいただき、ありがとうございました。