
2020年代後半に入り、半導体や電子機器をはじめとする情報通信技術(ICT)産業では、地政学リスクの高まりやパンデミック、米中対立などを背景にサプライチェーンの見直しが加速しました。特に台湾は、パソコンやスマートフォンの受託製造(EMS)の中心的プレーヤーであり、世界市場において圧倒的なシェアを持ちます。調査サイトDeallabの分析では、2022年のEMS業界ランキングで台湾の鴻海精密工業(フォックスコン)が世界シェア36.39%で首位、クアンタ・コンピューターが7.47%で2位、ペガトロンが5.97%で4位、コンパルエレクトロニクスが4.83%で5位、ウィストロンが0.58%で13位となり、台湾系企業を合計すると50%以上を占めています。フォックスコン自身も2025年第1四半期の決算発表で、「エレクトロニクス製造サービス(EMS)の市場シェアは40%を超える」と述べており、台湾EMSの存在感は圧倒的です。
このように大きなシェアを持つ台湾EMSが、生産拠点を中国からASEAN各国へ移していることは、世界のサプライチェーンにとって重大な意味を持ちます。ASEAN各国政府は税制優遇やインフラ整備を通じて外資誘致を進めており、台湾企業にとって魅力的な代替拠点として台頭しています。本稿では、2025~2026年の公開情報を基に、台湾系生産ネットワークのASEANへの広がりと中期的な再編パターンを解説します。

生産拠点の分散だけでなく、調達先の育成や拠点間の連携も含めた再編が必要になる。
台湾系ノートPC産業では、2018年時点で生産能力の約98.5%が中国に集中していましたが、2024年には90.6%に低下し、2028年には64.4%まで落ちると予測されています。その分、ベトナム、タイ、インド、メキシコなど「その他地域」の比率が2018年の1.5%から2028年には34.4%まで増加する見通しです。各国で進む投資の具体例を挙げると次のとおりです。
| 年 | 中国 | 台湾 | その他地域 |
|---|---|---|---|
| 2018年 | 98.5 % | – | 1.5 % |
| 2024年 | 90.6 % | 1.4 % | 8.0 % |
| 2028年予測 | 64.4 % | 1.2 % | 34.4 % |
この表から、ASEANやメキシコを含む「その他地域」の比率が急速に拡大し、中期的に中国依存が大幅に低下することが読み取れます。米系ブランド企業は、追加関税や地政学リスクを踏まえ、中国に依存しない生産体制をEMSに求めており、PC製造の「中国プラスワン」体制が定着してきました。
スマートフォン分野でも、中国依存からの脱却が進んでいます。台湾資策会MICは、2028年には台湾系スマートフォン生産の53%が中国、27%がインド、20%がその他地域になると予測しています。2018年時点では中国が87.3%、インドは1%に過ぎませんでした。
インドではホンハイがカルナータカ州工場を拡張し、2025年にiPhoneの25%をインドで組み立てるする計画です。ペガトロンはタタグループとの合弁会社を設立し、インドでのiPhone受託生産を強化します。コンパルはインドのDixonと提携してGoogle Pixelスマートフォンを生産し、月10万台を見込んでいます。
ベトナムでも、ホンハイが北部バクザン省に新工場を建設して2025年から生産を始め、クアンニン省でさらに二つの工場を建設中です。コンパルもタイビン省に工場を建設し、第1期工事に2億6,000万ドルを投資しました。こうした投資は、スマートフォンだけでなく周辺部品のサプライチェーンをASEAN内部で完結させる動きを強めています。
加えて、米系ブランドが台湾系EMS以外の企業と取引を拡大する動きも指摘されています。ラックスシェア(中国)やインドのタタとの取引が増え、複数のEMSを組み合わせることでリスク分散を図っています。
| 年 | 中国 | インド | その他地域 |
|---|---|---|---|
| 2018年 | 87.3 % | 1.0 % | 11.4 % |
| 2024年 | 71.0 % | 13.0 % | 16.0 % |
| 2028年予測 | 53.0 % | 27.0 % | 20.0 % |
AIサーバーやデータセンター向け機器では、米国・メキシコ・カナダ協定(USMCA)により北米での生産が魅力を増しています。MICの試算によると、サーバー産業の生産能力比率は、2018年には中国が57.8%、台湾が0.9%、北米が2.9%でしたが、2024年には中国が30.0%、台湾が13.1%、北米が10.2%となり、2028年には中国が26.0%、台湾が12.2%、北米が11.0%とさらに多極化が進む見込みです。米国が中国通信機器を規制したことや、台湾国内での生産が安定していたことも要因です。
ジェトロのビジネス短信によると、2026年初頭の台湾企業の海外直接投資は前年比50.3%増となり、シンガポール・ベトナムへの投資が突出して増えました。フォックスコンはシンガポールの子会社へ増資し、その資金をベトナム子会社に再投資するなど、ASEAN内で資金を循環させる動きを強めています。資策会MICは、米国ブランドの要求や米国の追加関税を背景に、EMS各社が中国からASEANへの移転を進めていると指摘します(2026年3月)。
日本企業もASEANに生産を移管する動きが顕著です。ジェトロ調査によると、過去5年間に生産機能を他国から移管した企業の約4割がベトナムなどASEANを移管先とし、電気・電子産業が半数以上を占めました。調達面では「新しい調達先の開拓」(72.9%)、「現地調達の増加」(50.1%)、「内製化の強化」(31.9%)が主要な取り組みであり、コスト上昇や米中貿易摩擦がその背景にあります。一方で、現地サプライヤーの品質や技術力不足が課題として挙げられています。
脱炭素化とデジタル化も避けて通れません。8割の企業が太陽光パネル設置やLED照明への切り替えなど何らかの脱炭素化に取り組んでいる一方、サプライヤーを巻き込んだ排出削減は7.1%にとどまります。デジタル人材の不足や導入コストの高さも課題で、サプライチェーン可視化のためのデジタルツール導入はまだ途上です。中期的には、ASEAN域内統合の深化や非関税障壁の削減、標準規格の調和が企業のリードタイム短縮とコスト削減に寄与すると指摘されています。
台湾EMS企業は、米中対立やパンデミックによるサプライチェーンの不確実性を背景に、ASEANを中心とした多拠点生産体制を構築しつつあります。ベトナム、タイ、インドなどは豊富な労働力と税制優遇を活かし、ノートPCやスマートフォンの最終組立拠点として急成長しています。一方で、物流や品質面の課題、脱炭素化・デジタル化への対応も求められており、単なるコストの安さだけではない持続可能なサプライチェーンの構築が必要です。
中期的には、各国間での生産能力比率の変化が続き、PC・スマートフォンにおける中国のシェアはさらに低下する見込みです。ASEAN各国はRCEPやCPTPPといった協定を活用し、部品の原産地ルールを整備することでサプライチェーンの強靭化を図るでしょう。日本企業にとっても、調達先や生産地の多角化、現地サプライヤー育成、環境・デジタル対応を含めた包括的な戦略が求められます。台湾からASEANへ広がる生産ネットワークは、単なる「中国プラスワン」ではなく、国際分業体制の質的変化を象徴する現象であり、中期戦略として注視すべきテーマです。