太陽光など自然の力を利用した「分散型」発電設備が増加していますが、そのメリットを享受しつつ社会的に健全な利用拡大を進めるためにはいくつかの課題があります。 本記事ではその課題解決における計測器の役割をご紹介します。
2012年に導入された再生可能エネルギー固定価格買取制度を背景に、太陽光や風力、バイオマス、小水力など、自然の力を利用した「分散型」の発電設備が急拡大しています。 それに伴って発生するさまざまな課題に触れる前に、電力ネットワークの基本的な仕組み押さえておきましょう。
大まかにいうと、発電所で電気を作り、送配電網を通じて需要地に送り、需要地の家庭・工場・オフィスなどで消費するというのが基本的な電力ネットワークの仕組みです(図1)
図1:電力ネットワーク
このような電力ネットワークは「高品質な電力を安定供給する」という至上命題を実現するために進化してきました。 「高品質」とは端的に言えば電圧と周波数が一定であるということです。 例えば101V±6Vが基準である一般家庭のコンセントにもし200Vを流したら、多くの家電製品はたちまち壊れてしまい、発火する恐れもあります。 特に現代の電子機器は電力品質に関してセンシティブ(影響を受けやすい)になっており、例えば白熱電球なら電圧が90Vに落ちても単に少し暗くなるだけのところ、多くのデスクトップPC(パーソナルコンピュータ)ではシャットダウンしてしまいます。
そのような事態を起こさないために重要なのが「同時・同量」という制約です。 電気は大量に溜めておくのが難しいため、消費するのと同時に同量を発電しなければなりません。 消費と発電のバランスが崩れると電圧や周波数が乱れてしまいます。 この「同時・同量」制約を実現するために、これまでの電力ネットワークは主に送配電網と発電施設の広域化・冗長化・大型化という方向に進化してきました。 発電機が2基しかなければ1基が故障すると50%の発電量ダウンですが、20基のうち1基の故障ならば5%のダウンで済むため影響を小さく抑えられます。 送電線も1本しかなければ切れた時には完全に停電してしまいますが、二重化されていれば送電を維持できます。 そこで送配電区域を広域化して多数の発電機を接続し、送電ルートも複数用意して冗長化しつつ、発電効率を向上させるため個々の発電機自体は大型化してきました。 しかし、分散型エネルギーの普及はこの構図に変化をもたらしつつあります。
太陽光に代表されるような分散型エネルギーは、図1で言えば「消費」地の側で発電をする仕組みです。 例えば図2右側の「分散型発電施設1」という箱は屋根型ソーラーパネルを設置した家庭一軒のイメージです。 ソーラーパネルで発電した電力を基本的には家庭内で自家消費し、余った分を商用電力系統に流します(売電)。 発電量が消費量より少ない場合は足りない分を商用電力系統から取り入れます(買電)。 また、災害時などに備えた蓄電システムを持つ場合もあります。 メガソーラーなどの大型のものや風力発電では自家消費が少なくほとんどが売電に回るなど分散型と称するのが適切でない場合もありますが、 分散型エネルギー社会とは、このように最小なら家一軒程度の小さな発電施設が無数に生まれて相互に接続される状態です。
図2:分散型エネルギーの拡大に伴う課題
これらの分散型エネルギーも、商用電力系統に接続する以上は「同時・同量」の制約を受けます。 これまでは同時・同量のコントロールは電力会社側が消費の変動を計測・予測して発電量を制御する方法で行ってきましたが、 分散型エネルギーの中心的なエネルギー源である太陽光等の自然エネルギーは基本的には電力会社が制御できない電源です。 そのため、分散型の普及が進むとともに、新たな課題が生まれてきました。 それに関係するのが「出力調整」と「高調波抑制」という二つのキーワードです。
例えば「晴れているけれど雲もある」という日は、雲で日陰ができるたびに太陽光による発電量が数分や数秒単位で大きく変動します。 これは、ソーラーパネルを設置した家庭を商用電力系統側から見ると、その家の電力需要は極めて予測しにくいことを意味します。 商用電力側は電力需要予測に応じて発電所をコントロールするため、需要を予測しづらくなると「同時・同量」が実現しにくくなります。 特に狭い地域に大量のソーラーパネルを敷き詰めて自家消費がほとんどない地域や施設があるとこの問題が顕著で、局所的な電圧上昇などの問題を起こしがちです。 そのため近年「発電量が多すぎると予想される時には分散型発電所から商用電力側への売電を停止する」措置が必要になっています。 そこで課題とされているのが「出力調整」で、大まかに、「商用電力側の指令に応じて売電を停止する機能をPCS(パワーコンディショナ、あるいはインバータ)に持たせる」方法と、 「蓄電池を併設して発電量の急激な増加/減少を吸収する」方法があります。 いずれにしてもそれに適したPCSや蓄電池を開発・運用しなければならず、そのための計測器が必要になります。
ソーラーパネルが発電する電力は直流ですが、一般の家電製品は100V(または200V)交流で動作するため、自家消費するにしても売電するにしても電圧および直流→交流の変換をしなければなりません。 これを行うのがPCSですが、その変換に伴って本来必要な50/60Hzよりも高い周波数の「高調波」がどうしても発生します。 高調波は電力の無駄になるだけでなく、オーディオ機器や電子機器のノイズや誤動作の原因にもなるためPCSの外に漏れないように封じ込めなければなりません。
このような課題を解決するために、どのような計測器が必要になるのでしょうか?
PCSや蓄電池は商用電力/分散型電源/電力消費機器の間で電力の変換を行うため、開発には分散型電源や負荷のエミュレーションを行う電源装置や負荷装置を使用します。 蓄電池の内部抵抗を計測して劣化を判定するためにはバッテリハイテスタや抵抗計を使用します。
PCSで発生する高調波の計測にはオシロスコープやFFTを使用します。 しかし、電磁ノイズは高調波だけではありません。 高調波ノイズは基本周波数の整数倍単位で一定のレベルで発生しますが、電気回路では他にも広い周波数帯域を持つフリッカや単発のサージ、スパイクなどさまざまなノイズが発生します。 それらの計測には専用のノイズ計測器を使用する場合があります。
IH調理器(電磁調理器)やEV(電気自動車)のように、化石燃料をエネルギーとしていた機器が電化されるケースは今までもありました。 分散型エネルギーの普及は蓄電池の改良とともにその流れを加速すると考えられるため、今後も多様な電気機器が開発されるでしょう。 そのために必要な機器のひとつが交流電流に対する電子デバイスの特性を計測するLCRメータです。 インバータを搭載して周波数変換を行う機器の高効率化には欠かせない計測器といえます。
分散型エネルギー社会の裏方はこのような計測器によって支えられています。