
インバーターは、複数のスイッチング素子から構成されています。そのため、スイッチングにより電磁ノイズが発生するという特性があります。近年では、インバーターの高周波化が進んでおり、それに伴ってノイズの発生量や影響範囲が増加する傾向にあります。このようなインバーターに起因するノイズは、周辺機器に悪影響を与える可能性があり、特に車載機器で使用される場合には、安全性にも関わる重要な課題となります。そこで本記事では、インバーターの電磁ノイズ問題とEMC(電磁両立性)設計について解説します。
電気の分野では、機器の動作を妨げる不要な電気的信号や、機器に不要な電流・電圧を誘起する電磁波を総称して「ノイズ」と呼びます。電磁ノイズは、ノイズの伝わり方によって、大きく放射ノイズと伝導ノイズに分類されます。放射ノイズとは電磁波として空間を伝わるノイズのことであり、伝導ノイズは電気回路やケーブルを通じて伝わるノイズです。
さらに、ノイズ電流が静電結合や電磁結合によってほかの回路に干渉するノイズを誘導ノイズと呼びます。静電結合とは、空間的に離れた導体の間に浮遊容量が生じ、高電圧や電圧変化が発生する現象を指します。一方、電磁結合とは、大電流や急激な電流変化によって磁束が変化し、その電磁誘導によって意図しない電圧がほかの回路に発生する現象です。
インバーターは、直流電流を交流電流に変換する半導体デバイスです。電流の高速変換に対応するため、多くのケースでスイッチング素子が活用されています。スイッチング素子の特性上、オンとオフが切り替わる際に、電圧や電流が急激に変化します。こうしたサージ電圧は空間内の浮遊容量と相まって、ノイズ電流として流れます。こうした電磁ノイズの発生は、インバーター特有の現象です。
また、インバーターのスイッチング波形には急峻な立ち上がりや立ち下がりが生じ、結果として高調波成分が発生します。これらの成分は、インバーターの入力や出力の配線を通じて回路に伝搬します。スイッチング周波数が高いほど、高調波成分はより高い周波数帯域まで広がり、ノイズが信号にリップルやスパイクとして発生(重畳)します。
インバーターから伝搬する電磁ノイズは、インバーターの入出力信号だけでなく、周辺機器にも悪影響をおよぼします。
伝導ノイズは、インバーターの入力側・出力側の双方へと伝搬します。信号にノイズが重畳することで、制御装置やモーターの誤作動へとつながります。また、インバーターは電磁ノイズを放射するアンテナとして作用するため、ほかの電磁波と干渉するなど無線機器の受信障害の原因となります。
このほか誘導ノイズはインバーター周辺で発生します。例えば、静電結合によって筐体などへの隣接配線が発生します。また、電磁結合により空間中にコモンモード電流が発生したり、グラウンドループが形成されたりします。

EMC(ElectroMagnetic Compatibility:電磁両立性)とは、電子機器がエミッションとイミュニティを両立させることを指します。EMC設計を行う際には、この二つの特性に注意を払う必要があります。
エミッションは、EMI(Electromagnetic Interference)とも呼ばれ、電子機器が電磁ノイズを放出する現象を指します。これに対して、イミュニティは、EMS(Electromagnetic Susceptibility)とも呼ばれ、外部からの電磁ノイズに対する耐性を意味します。
こうした特性が取りうる値については、IEC(国際電気標準化委員会)規格や、その特別委員会であるCISPR(国際無線障害特別委員会)規格など、国際規格が定められています。
EMCの設計は、企画→具体設計→プロトタイプ→検証・対策(設計変更)→製品試作、の順で行われます。以下、EMCの設計で重要なプロセスとなるノイズ解析と具体的なノイズ対策について詳しく説明します。
エミッションとイミュニティでは、それぞれ違う解析モデルが使用されます。また、放射ノイズと伝導ノイズでも区分されており、その評価のための試験の手順は規格で定められています。
例えば、エミッション解析では、コモンモード電流の発生などを考慮し、伝送回路を含めたモデルを作ってシミュレーションを実施します。ただし、電磁ノイズは予期せぬ経路から発生することもあり、モデルだけでは把握しきれません。そのため、プロトタイプによる検証が必要となります。
電磁ノイズの具体的な対策は、大きく分けて三つあります。回路設計での対策、筐体や構造での対策、そしてスイッチング方式の工夫です。
回路を伝搬する電磁ノイズには、コイルやコンデンサ、抵抗を組み合わせたパッシブ回路が有効です。特定の周波数成分を減衰させたり、スナバ回路でスイッチング時のサージ電圧を抑えたりすることで、EMC性能を高めます。
空間中を伝搬する電磁ノイズには、電磁波シールドでインバーター本体を覆う方法が効果的です。特に車載機器のように電子機器が密集する環境では、シールドによる保護が欠かせません。
スイッチング動作に伴うノイズは、ソフトスイッチング方式に切り替えることで低減できます。これは電圧や電流がゼロのタイミングでスイッチングする方式で、太陽光発電用インバーターや車載用IGBTインバーターで広く研究・採用されています。
インバーターの需要は、自動車の電装化の進展に伴い増加しています。車載インバーターでは、依然としてハードスイッチング方式が多く採用されており、その結果として電磁ノイズが発生しやすくなっています。さらに、小型化・高周波化が進むことで、EMC対策の重要性は一層高まっています。電磁ノイズの発生は、製品試作の段階にならないと発見できないこともあり、設計段階から十分な準備と対策が必要となります。