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車載インバーターのSiC化が次世代の電力社会を担う

レンテックインサイト編集部

測定器 Insight 車載インバーターのSiC化が次世代の電力社会を担う

電気自動車(EV)の普及に伴い、車載インバーターの高効率化や小型・軽量化が急務となっています。特に、EVの一般的なバッテリー出力が400Vから800Vへと移行する過渡期であるため、高耐圧なインバーターが不可欠です。現在、車載インバーターに主に使用されているのが、Si(シリコン)製のIGBTです。しかし、Siパワー半導体はすでに性能の物理限界に近付きつつあるだけでなく、スイッチング損失やそれに伴う発熱が課題となっています。こうした背景の中、次世代のパワー半導体材料として注目されているのが、SiC(シリコンカーバイド)です。本記事では、車載インバーターのSiC化について解説します。

車載インバーターを高性能化するSiCパワー半導体

SiCやGaN(窒化ガリウム)は、バンドギャップが大きいことからワイドバンドギャップ半導体に分類されます。半導体では、電子や正孔がエネルギーを得ると、価電子帯から伝導帯へ移動し、電流が流れるようになります。このときに必要となるエネルギー差がバンドギャップであり、この値が大きい半導体がワイドバンドギャップ半導体と呼ばれています。

ワイドバンドギャップ半導体結晶は格子定数が小さく、原子間の結合力が大きくなるため、耐熱性や絶対破壊電界が高くなります。SiCはバンドギャップが3.3eV前後であり、Siの1.12eVよりもずっと大きい値を取ります。また、GaNよりも信頼性や耐圧性に優れていることが、車載用途に向いている点です。

車載インバーターのSiC化が次世代の電力社会を担う 挿絵

Si-IGBTの代用に最適なSiC-MOSFET

車載インバーターの高信頼化に向けて、パワーモジュール化が進められています。車載インバーターへの使用が期待されているのが、SiC-MOSFETです。SiC-MOSFETには、ゲート電極が表面に水平に配置された「プレーナ型」と、ゲート電極を垂直方向に埋め込んだ「トレンチ型」があります。なお、トレンチ型では電極が溝(トレンチ)状の構造になっています。

プレーナ型は構造が単純で高い信頼性がある一方で、微細化が難しいという側面があります。これに対して、トレンチ型はゲート電極が埋め込まれているため微細化しやすく、オン抵抗を小さくできる利点があります。ただし、ゲート電極に電界が集中するため、酸化膜の破壊につながるリスクがある点が課題でした。しかしながら、近年では電解緩和の工夫が施されるなど、トレンチ型の信頼性向上が進んでいます。

SiC-MOSFETのメリット

SiC-MOSFETの特長として、ドレイン-ソース間がオン状態の抵抗値が低いことに加え、それに伴う高耐圧性により、電力損失が大幅に削減されることが挙げられます。また、Siに比べてバンドギャップが広いため耐熱性が高く、高温動作が可能です。これにより冷却システムの簡素化や、省スペース化が期待できます。さらに、高速スイッチングによって制御応答が向上し、より精密なモーター制御が可能となります。このほか、スイッチング周波数が高いため、ノイズフィルタ回路に使用されるコイルやコンデンサの小型化も可能です。 このように、省エネルギー性や高信頼性による長寿命化が実現し、結果として長期的なコスト削減が期待されます。

SiCインバーターの課題

SiCインバーターの課題として、結晶成長の難しさが挙げられます。結晶欠陥が発生する確率が高いため、歩留まりの低さも課題となります。現在、高温で昇華させたのち再結晶化する「昇華法」、原料ガスを使って気体から固体へと析出させる「ガス法」、Si溶液に炭素を溶かして結晶を成長させる「溶液法」などの結晶成長法が研究されており、実用化を目指しています。高品質な結晶成長法が実用化すれば、歩留まりの問題解消が高品質化や低価格化につながります。

また、車載パワー半導体固有の問題として、小型化・モジュール化の進展により放熱経路を設計しにくいなど、熱設計が難しいことが挙げられます。このため、熱解析だけでなく構造解析や振動解析などを考慮し、統合的に熱設計を行う必要があります。このほか、スイッチングに伴うEMC(電磁ノイズ)の問題が残されているものの、これはスイッチング速度とトレードオフの関係にあるため、課題克服は原理的に困難です。

SiCインバーターの今後

現状のSi製インバーターは技術限界に近付いているため、代替材料への転換が急務です。とはいえ、インバーターのSiC化は初期投資の高コストや歩留まりの低さなど、課題も山積しています。にもかかわらず、多くの大手パワー半導体製造企業がSiCインバーターに参入し、2021年から2028年にかけて約30%の年平均成長率(CAGR)を見込んでいるという調査も報告されています。こうした背景から、SiCインバーターは車載インバーターにおけるゲームチェンジャーとなることが期待されます。

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