中国は、2025年の経済運営方針の一つとして科学技術による生産性向上を挙げています。その中でAI開発が重点領域となっており、AIデータセンターの整備などがさらに進むと見込まれています。そして、その中核部品となるAI半導体の国産化も進んでおり、大手IT企業およびAI半導体スタートアップ企業による開発が活発化しています。
AI半導体の開発では、ファーウェイが積極的に開発を進めています。同社の最新モデルの「Ascend 910C」については、エヌビディアの高性能GPU「H100」に匹敵する性能を持つとも報じられています。
新興企業では、Moore Threads、Biren Technology(GPUシリーズ「BIREN」を展開する2019年設立のファブレス企業)、Enflame Technology(2018年設立のAI半導体企業。テンセントなどが支援)といった企業が取り組みを加速しており、3社ともIPO(新規上場)に向けた準備を進めています。そのうちMoore Threadsは、エヌビディアの元グローバル副社長が2020年に設立したGPUのファブレス企業です。同社が2023年12月に発表したGPU「MTT S4000」は、エヌビディアのGPUプログラム環境「CUDA」と互換性を有することが特徴で、独自の開発ツール「MUSIFY」を用いることで、CUDAのコードをMTT S4000向けに変換できます。
そのほか、Iluvatar CoreX(2015年設立のファブレス企業。GPU製品「天垓」シリーズを展開)、Zhonghao Xinying(2020年設立のAI半導体企業。クラウド・サーバー向けが中心)、Polar Bear Tech(チップレット技術に強み。2023年に1億元を資金調達)、Cambricon Technologies(AI半導体のファブレス企業。2020年7月に科創板に上場)、Baidu(独自のAI半導体「Kunlun 3」を開発中)、Alibaba(2019年にAI半導体「Hanguang 800」を発表。直近はエヌビディアとも連携強化)、ByteDance(独自のAIプロセッサーを開発するためブロードコムと連携しているもよう)、Lightstandard(光技術を用いたチップ開発を推進)、MetaX(2020年設立の企業。2023年に推論処理用のGPU「曦思N100」を発表)、Hygon Information Technology(独自のCPUやAI処理用半導体を展開)、INNOSILICON(2006年設立のマイニングマシン大手。独自の高性能ASICなども開発)、Changsha Jingjia Microelectronics(AIコンピューティングに適用できる半導体を2024年3月に開発)、Vastai Technologies(2018年に設立。データセンター向けAI推論用半導体を開発)といった企業が開発を進めています。
現在、AI半導体ではエヌビディアの製品が圧倒的なシェアを誇ります。しかし2022年10月、米商務省が先端AI半導体を中国向けに輸出することを原則禁止としたため、中国ではエヌビディアの~といった高性能品を購入できなくなりました。その後、エヌビディアは規制を回避できる性能の「A800」や「H800」を販売していましたが、2023年10月に輸出規制がさらに強化されました。一方で、こうした規制が中国のAI半導体企業にとっては追い風となり、中国国内でのAI半導体の販売が拡大しました。
しかし、ファーウェイのほか、Moore ThreadsとBirenも米国のエンティティリスト(輸出管理法に基づき、国家安全保障や外交政策上の懸念があるとして指定した企業のリスト)に追加されたことで、TSMCなどのファンドリーが中国ファブレス企業からの注文に対して対応を制限。現在、TSMCは先端半導体(7nm以下)の受託生産に関して中国本土の企業に対して供給しない方針をとっています。
現状で、中国AI半導体企業の生産に関して受け皿となっているのが、中国のファンドリー最大手であるSMICです。SMICの2024年の売上高は前年比27%増加して80億3000万ドルになったとみられ、過去最高を記録しました。2024年後半に生産能力の増強を実施し、ファーウェイ、Moore Threads、Biren向けの生産量を高めたとされ、ファーウェイのAscend 910CもSMICの「N+2」(7nm)プロセスで製造される見通しです。
しかし、旺盛な需要に対してSMICの生産能力が十分ではなく供給上の律速となっています。委託先の分散化・拡充に向け、HLMC(ホワリー)などほかのファンドリー企業も候補に挙がっていますが、積極的な姿勢へ転ずるにも相応の時間がかかります。製造装置の調達などSMICの生産能力拡大にも課題があることから、今後のボトルネックの一つとなりそうです。
AI半導体は重要度がグローバルで高まっているため、今後状況がさらに複雑になる可能性も高いです。2024年12月には、英中両国間の交流などを調査する民間研究機関「UK-China Transparency」の調査レポートにおいて、半導体IP企業の英イマジネーションテクノロジーズ(中国政府系投資ファンドとみられるキャニオン・ブリッジが2017年に買収)が、キャニオン・ブリッジ経由でMoore ThreadsとBirenにGPU IPを供給した疑惑があるとされ、今後こうした動きが制限される可能性があります。
また、米国政府はAI半導体に関する新たな輸出規制を2025年年初に発表。中国ではすでにエヌビディアなど米国製のAI半導体などが入手しにくい状況にありますが、新たな規制によって第三国を経由しての入手も困難となり、中国におけるAI開発に制限がかかることも予想されます。
中国ではAIサーバーの国産化に向けた動きも急ピッチで進んでいます。グーグルやアマゾン、メタなど米系のビッグテックがAIサーバー投資を強める中、中国でもアリババやテンセントを筆頭とするIT大手企業を中心に大型の投資計画が進んでいます。一方で、米中の関係悪化を受けて、主要部品の調達が困難になる中で、足元ではこれを国産部品に切り替える動きが急ピッチで進んでいます。カギを握るのがAI半導体とHBMです。
AI半導体に関しては周知のとおり、グローバルではエヌビディアの一強状態が続いています。AMDなど競合企業の台頭、あるいは顧客企業(グーグルやアマゾンなど)のチップ内製化(ASIC)戦略なども推進されていますが、当面は「エヌビディア強し」が続くと見られています。
中核部品の確保が難しくなる中で、前述のように中国はAI半導体の国産化に挑んでいます。そして、その主導的な役割を果たしているのが、ファーウェイです。もともと傘下にHisilicon(ハイシリコン)というファブレス半導体メーカーを有しており、グローバルでも屈指の設計力を誇ります。米中関係の悪化以降、スマートフォン向けプロセッサーの製造において、TSMCを活用できなくなって以降、競争力を失っていましたが、2023年ごろからスマートフォン市場でハイエンド端末の出荷を再び強化。プロセッサーの製造に関しては、SMIC傘下のSMSCを活用して必要数量を確保しています。
そんなファーウェイにおいて最優先課題として位置付けられているものが、AI半導体の国産化です。製造は引き続きSMSCが受け皿になっています。ファーウェイのAI半導体は5nmプロセスを採用していると見られますが、製造を担うSMSCは当然のことながらEUV露光装置を保有していません。ロジックの半導体製造プロセスにおいて、7nm以降は一部工程でEUVがどうしても必要になります。しかし、半導体製造装置の輸出規制を受ける中国ではオランダASMLのEUV露光装置を導入することができません。苦肉の策としてSMICおよびSMSCが行っているのが、既存のArF液浸の多重露光技術です。リソグラフィーとエッチングを複数回にわたって行い、線幅を狭めるマルチパターニング(5nmではクワッドパターニング、オクタパターニングを使っていると推定)を活用して、コストや採算性などを度外視して、数量を確保しようとしています。このAI半導体の国産化は中国政府としても最優先事項と位置付けられており、「ファーウェイ・SMICによるAI半導体の国産化」は業界の中でも関心度合いが高まっています。
AI半導体と並び、AIサーバーで重要な半導体部品となっているのが、HBMです。DRAMダイをTSVとマイクロバンプを活用して3次元方向(縦方向)にスタックしており、CPU・GPUとDRAMのバンド幅を広げる高帯域化を実現しています。現状は韓国系企業からHBM2およびHBM2Eなどを調達しているものとみられますが、今後の調達難に備えて国産化の動きが強まっています。
この重責を担うのが、DRAM製造大手のCXMTです。足元で同社は大型のDRAM投資を展開しており、2024年下期から2025年初頭にかけても追加投資を行うなど、2024年の半導体設備投資および製造装置市場が上ぶれた要因となった企業です。CXMTは合肥と北京の2カ所でDRAMを生産しており、従来は2024年に同8万枚強を導入する予定でしたが、2025年に計画されていた4~5万枚分の増強計画の一部を前倒しで実施したもようです。現在のCXMTの積極的な設備投資は、HBMの立ち上げに向けた前工程キャパシティーの拡充との見方が強く、HBMの生産に不可欠なTSVやバンプ工程に関してはSMICと中国OSAT大手のJCETの合弁会社であるSJ semiconが請け負うとみられています。