私たちが日常で使っているスマートフォンのような機器には高度なテクノロジーが使われており、製品化にあたっては多くの電子計測器が利用されています。 スマートフォンの他にも、IoT時代の到来とともにこれまで以上に多種多様な製品が作られるようになりましたが、それらを開発するためにどのような電子計測器が使われているのかはあまり知られていないようです。 当記事では、身近なものの開発に計測器が必要な理由とその種類の概要を紹介します。
例えばスマートフォンで通話をするシーンを一つとってみても、その背後ではさまざまな信号処理が行われています。 簡単なイメージとしては、マイクで音声を電圧に変え、アンプとA/Dコンバータを通してデジタル化し、電波に乗せるための符号化を行い、変調し、アンプで増幅してアンテナから電波として出力するという仕組みです。 この他に電波を受信してスピーカーで出力したりカメラで撮影したりする処理、ディスプレイやLED、電源の管理にはまた別の信号処理が必要です。 このように、スマートフォンでは音声/電圧/電波、アナログ/デジタルなどの入り交じった多様な信号を扱わなければなりません。
(図1:スマートフォンはさまざまな信号処理を行っている)
開発中にはこれらの信号処理回路が正常に機能しているかを一つ一つ確認しなければならず、そのためにそれぞれの信号を測る計測器が必要になります。 スマートフォンに限らず、近年多様化が進んでいるさまざまな電子デバイスも同様です。
では、計測器は具体的にはどのような現象を計測しているのでしょうか?
アナログ信号を伝達・増幅すると、どうしてもある程度品質が劣化します。 例えば、マイクやスピーカーなどの音声信号処理でよく使われるアンプの役割は「弱い信号を増幅して強い信号に変える」ことですが、増幅時にどうしても「ゆがみ」が起きることがあります。 図2は単純な正弦波を増幅しているイメージですが、青い線のようになるべきところで「ゆがみ」が発生すると例えば赤い線のようになり、音質が下がってしまいます。 高品質の音響システムを作るためには、このようなゆがみを極力抑えなければなりません。 そこでアンプのゆがみ計測に特化したオーディオアナライザと呼ばれる計測器が使用されます。 基準信号の発振器と測定系をセットにして、ゆがみ率の他にAC,DCレベルやS/N比などを効率よく測定できるようになっています。
(図2:アナログ信号増幅時のゆがみ)
デジタル信号ではゆがみやノイズが起きないかのように誤解されることもありますが、こちらもやはり最終的にはアナログ信号で伝達されているため、それらの影響と無縁ではありません。 図3は「0→1→0」と変化するデジタル信号のイメージです。 電圧のHigh/Lowで表現されるデジタル信号も実際に電圧の変化を計測すると、オーバーシュート、アンダーシュート、プレシュート、リンギングなどのゆらぎがあり、立ち上がり・立ち下がり時間も回路によって差が出ます。 これらが設計時の想定内に収まっていなければデジタル値にエラーが出てしまうため、計測しなければなりません。
(図3:デジタル信号の品質)
ゆらぎには、電圧の高低ではなく、変化するタイミングが正規の想定から不規則にずれる「ジッタ」と呼ばれる現象もあります。 デジタル回路は一定のタイミングで信号値の読み取りを行うため、タイミングがずれると誤った値を読み取って誤動作を起こすことがあります。
(図4:ジッタ)
タイミングのずれに関する問題では、ジッタのほかに「スキュー」という現象もよく知られています。 これはメモリバスなど、パラレル通信をするため複数のチャネルで同期を取って動かなければならない回路で信号が連続してずれる現象です。 高周波回路で配線長の差により発生することが多く、 ジッタと違って配線長に応じて一定の変位でずれるため図5のようにタイミングチャート上で「斜め」に見えることからスキュー(「斜め」を意味する英語)と呼ばれています。
(図5:スキュー)
計測器の機能を階層的なイメージで捉えることもできます。 図6の最下層は音声、温度、振動などの計測したい物理量です。 その物理量を電圧/抵抗値/電流などの電気的な量に変換して信号として取り出せるようにするのがセンシングです。 その信号を0/1のデータの集合に変換するのがデジタル化です。 現在、スマートフォンも含めて多くのデジタル機器はこのデジタル値をアプリケーションが読み込んで用途に応じたデータ処理をします。
(図6:信号の処理階層イメージ)
この階層イメージの中でどの範囲を扱うかで計測器を分類することができます。 例えばオシロスコープは「アナログ信号」の階層を計測するのに対して、ロジックアナライザは「デジタル値」の階層を計測します。 一方、オシロスコープもMSO(Mixed Signal Oscilloscope)と呼ばれるタイプではデジタル値も取り込んでアナログ信号と同時に解析する機能を持っています。 逆にロジックアナライザはアプリケーションの機能に合わせてトリガを設定したりデジタル値の解析をしたりする機能があります。 デジタル値を解析できるという点では同じでも、アプリケーション層と連携しやすいロジックアナライザに対してアナログ信号を解析しやすいMSOという形で守備範囲が分かれているため、 その性格を知っていればデバッグの対象に応じて適切な計測器の選択ができます。
もう一つ例を挙げましょう。無線通信を行うスマートフォンを開発する際は当然「電波」を計測する必要があります。 「電波」という物理量を計測するのはスペクトラムアナライザ、ネットワークアナライザやオシロスコープの役割ですが、 通話機能を担う「アプリケーション」レベルのテストをするためにはプロトコルアナライザや基地局のシミュレーションを行うシグナリングテスタが必要です。
このように、一つの機器を開発するのにもさまざまな部材/階層でそれぞれ違った計測を行う必要があるため、それぞれに適した計測器を選択しなければなりません。
最後にその一例としてスマートフォンの開発に用いられるさまざまな計測器を対象部材ごとにまとめたものが表1になります。ぜひご参考ください。
対象部材 | 試験の種類および使用する機器 |
---|---|
バッテリおよび、電源 | 充放電試験、BMS評価、FRA |
CPU周辺 | タイミングチェック(ロジックアナライザ)、エミュレータなど |
外部メモリ(SDカード) | タイミングチェック(ロジックアナライザ)、波形品質(オシロスコープ) |
音響系 | 音質評価(オーディオアナライザ) |
外部I/F(USB、HDMI、etc) | 波形品質、コンプライアンステスト(オシロスコープ)、プロトコルアナライザ |
RF部 | 出力電力、インピーダンス測定(ネットワークアナライザなど) |
アンテナ部 | 放射特性、インピーダンス測定(ネットワークアナライザなど) |
アプリケーション | IP評価(シグナリングテスタなど) |
(表1:スマートフォン開発に用いる計測器とその対象部材)