近年の米中対立の激化や生成AIに代表されるデジタル技術の進化により、国内における半導体産業の振興の必要性が高まっています。経済安全保障などの観点からも半導体の重要性が上昇し、世界各国で政府主導の振興策が打ち出されています。日本でも経済産業省が「半導体・デジタル産業戦略」を策定し、半導体の生産体制を強化しており、それに伴い地方発の半導体人材育成活動が活発化しています。熊本のTSMC(JASM)立地をはじめとした国内半導体産業の盛り上がりを背景に、将来的な産業振興を担う人材育成は重要な課題となっており、その解決に寄与するために全国各地で産官学コンソーシアムが生まれ、具体的な活動成果が続々と報告されています。地方の半導体産業を中長期的に支える基盤として、さらなる発展が期待されています。
日本では経済産業省が「半導体・デジタル産業戦略」を策定し、重要なテーマの一つに半導体人材の育成を掲げています。近年、さまざまな業界で人手不足の深刻化が問題となっていますが、半導体業界では社会に出る前の高校や大学課程において専門的な教育が必要となります。しかし、日本の半導体産業は長らく低調だったこともあり、降って湧いたように高まった高度人材のニーズに対応できる基盤がありません。
このため、経済産業省の地方機関である経済産業局を中心に、2022年以降に相次いで全国6つの産官学コンソーシアムが発足しました。経済産業省は、2022年に設立された次世代半導体量産に向けた研究開発拠点「技術研究組合最先端半導体技術センター」(LSTC)がこれらのコンソーシアムと密接に連携し、オールジャパンでグローバルレベルの半導体人材育成を推進していくとしています。
いち早く活発な活動を展開しているのは九州です。地域コンソーシアムである「九州半導体人材育成等コンソーシアム」は2024年10月時点で134の産官学機関が参画。加えて、福岡、佐賀、大分、長崎、熊本、宮崎の各県と、北九州市もそれぞれ独自の推進団体を結成しています。「シリコンアイランド」として長年半導体産業に関わってきた地域で、層の厚みは全国でも圧倒的です。活動内容も各県の企業、大学、研究機関が密に連携した縦横に広がるもので、国内にとどまらず台湾と連携する動きもあります。
TSMCの立地を契機に九州の半導体産業興隆の先陣を切った熊本県では、熊本大学や県立技術短期大学校、県立高等学校などの教育機関において、半導体人材育成の取り組みが加速しています。1997年に創立され半導体関連企業へ卒業生を多数輩出している県立技術短期大学校は、TSMCの進出をきっかけに2024年4月に半導体技術科を設置しました。また、国の特区認定を受け熊本大学工学部への編入学が可能となり、実践技術者の育成に取り組んでいます。県立高等学校では、半導体関連産業を含む地域産業に対する理解や興味関心を高めるため、教職員や生徒を対象とした研修や、専門家による出前講座、企業見学会などを実施しています。
さらに、将来を担う小中学生の半導体への理解を促進するため、県内の小中学校向けの出前授業に加え、半導体認知度向上動画『ハンドウタイの未来とくまもとの未来-AIロボから学ぶ「半導体ってなに?」-』を作成し、YouTubeで公開。熊本高等専門学校の高倉健一郎准教授が監修し、小中学生が分かりやすく半導体について学べる内容となっています。このほか、高校生や大学生等を対象に熊本県および熊本の半導体産業の魅力を発信するプロモーション動画も公開しています。
東北地域のコンソーシアムである「東北半導体・エレクトロニクスデザイン研究会」は、2024年度から民間主体の団体である「東北半導体・エレクトロニクスデザインコンソーシアム」(T-Seeds)として再スタートを切りました。トライアルとして行政主体で進めてきた取り組みを民間主導にシフトし、さらに加速させる狙いです。2024年8月時点で129機関が参画しています。
東北は半導体関連分野の製品出荷額割合が約17%と高く、「シリコンロード」とも称された半導体産業集積地域です。半導体研究で世界的に知られる東北大学を擁することも特徴です。キオクシア岩手の立地などでさらなる発展が期待されている一方、首都圏への流出により人口減少の深刻化が著しいため、人材教育に加えて地域の半導体産業に対する理解を深め、魅力を発信する啓発活動を行っています。企業の見学のほか東北大学の試作コインランドリを活用した製造プロセス実習も実施。さらには学生インターンシップ事業など、企業と学生をマッチングさせる取り組みも推進しています。
中国地域のコンソーシアム、「中国地域半導体関連産業振興協議会」は2024年11月時点で199機関が参画し、うち154が企業会員です。中国地方の半導体企業というとマイクロンが代表格ですが、同社だけでなく多くのデバイス、半導体製造装置、部品、材料メーカーが立地します。協議会事務局を務める中国経済産業局はこれら地域企業の活性化、連携強化に向けた取り組みに注力しており、2024年10月に中小機構のマッチングサイト「ジェグテック」に特設ページを設けました。半導体関連企業と地域企業との技術交流会も実施しており、地域一体で技術の発展、産業振興につなげようという姿勢がうかがえます。
人材育成では岡山大学が半導体関連講座を創設し、理系大学院生だけでなく学部生、文系にも対象を広げたカリキュラムの体系化を目指しています。また、広島大学ナノデバイス研究所を中心とするコンソーシアム「せとうち半導体コンソーシアム」は、高度人材育成を目的としたプログラムを実施しており、スーパークリーンルームでのデバイス試作などを行っています。さらに、教育現場の教職員や小中学生向けのマイクロン広島工場見学ツアーも実施しています。
中部地域のコンソーシアム「中部地域半導体人材育成等連絡協議会」は、会員数が31機関、うち企業が8社と他地域と比べると小規模ですが、キオクシアやデンソー、イビデン、加賀東芝エレクトロニクスといった東海、北陸を代表する半導体企業が参画。主要プレーヤーに会員を絞ることで迅速な活動を目指す方針です。
中部地域、特に東海は愛知県がトヨタグループの本拠であることもあり、自動車産業の存在感が大きいため、理工系人材が自動車産業に吸収されてしまい、半導体関連企業が人材の獲得に苦慮しています。こうした背景から、中部では工場見学やインターンシップ、業界説明会などの啓発活動が中心となっています。
2024年9月には「中部地域半導体人材育成プログラム」、「業界PRパンフレット」を作成。人材育成プログラムは理工系大学生を対象としたもので、大学での半導体関連講義に活用できるものになっています。業界PRパンフレットは学生が就職活動時などで半導体業界への関心を高めてもらうことを目的とし、中部地域の半導体関連企業の情報を紹介しています。ほかにも中部圏では三重県が独自に半導体PR冊子を作成しており、県内学生向け啓発活動に活用されています。
関東圏では他地域のようなコンソーシアムは設置されていませんが、2023年6月と2024年6月に「関東半導体人材育成等連絡会議」が開催されています。北関東地域で連携の取り組みを個別に実施していますが、順次規模を拡大する方向性が示されています。2024年11月末には連絡会議の全体フォーラムが開催されており、さらなる連携の加速に期待がかかります。
北海道はRapidus(ラピダス)の工場建設を契機に、最先端半導体の国産実現というミッションを担う地域となりました。ラピダス立地決定を受けて、北海道経済産業局を事務局とするコンソーシアム、「北海道半導体人材育成等推進協議会」が2023年6月に発足しました。2024年7月現在の会員数は60機関で、企業会員にはラピダスほかミツミ電機、SUMCO、デンソー北海道らが名を連ねています。
北海道では主な理工系学生の半数以上が卒業後に道外へ流出しており、道内企業に就職を促す取り組みは急務でした。このため、協議会では2023年の立ち上げ当初から情報発信や北海道大学をはじめとした道内学術機関の半導体カリキュラム強化、工場見学やインターンシップといった取り組みを開始し、半導体人材の育成強化を急ピッチで進めています。将来的な立地企業の推計も含め、2030年度に道内半導体関連企業への就職希望者数を2023年度実績比で約3倍の約630人(新卒、中途採用の合計)との目標を掲げます。将来の北海道半導体産業を支える人材を送り出すための基盤づくりが進められています。
ここまで地域ごとの取り組みを詳述しましたが、地域ブロック内で完結せず、地域間シナジーの創出もうたわれています。例えば、先駆的な取り組みで全国をリードする九州は他地域からもモデルケースとして位置付けられており、有効な施策は移植されていくものとみられます。一方、各地で同時多発的にさまざまな取り組みが進められているだけに、重複や競合の発生が懸念されます。教材や情報発信コンテンツなどの成果が上手く横展開され、地域のみならず全国レベルで活用されていく仕組みにつながるのが望ましく、地方の経済産業局を束ねる経済産業省のリーダーシップが期待されます。
こうした中で関西には同種のコンソーシアムが存在しません。関西は先端の半導体工場は存在しませんが、ロームやSCREENといった半導体メーカー、製造装置メーカーが本社や工場を置いています。半導体企業が集積する京都や滋賀では県レベルでの産官学連携の枠組みを模索する動きが出てきていますので、今後注目する必要があるでしょう。