世界的な環境意識の高まりや省エネニーズの拡大を受けて、パワー半導体の注目度が高まっています。パワー半導体とは、高い電圧、大きな電流を扱うことができる半導体であり、電圧や周波数を変える、直流を交流、交流を直流に変えるといった電力変換などに主に使用され、自動車、産業機器、新エネルギー機器、家電、電鉄など、幅広い製品に搭載されています。
パワー半導体の基材には主にシリコンウエハーが用いられていますが、シリコンを使ったパワー半導体は性能の限界が近付いているとされています。そこでSiC(シリコンカーバイド)やGaN(窒化ガリウム)といった材料を使ったパワー半導体の開発が活発化しています。そして安価かつ高性能な次世代のパワー半導体材料として注目を集めているのが、酸化ガリウムです。
その酸化ガリウム半導体を手がける企業として注目されているのが株式会社FLOSFIAです。同社の母体は京都大学などの学生ベンチャー「ROCA」で、海水淡水化の研究を行っていました。しかし、事業に結び付かず、2012年に現CEOの人羅俊実氏が経営を引き継いで再スタートを切りました。現在は、京都大学の藤田静雄教授が開発したミストCVD法をコア技術とする酸化ガリウムの事業を展開しています。ミストCVD法は、霧状(ミスト)にした原材料を用いて成膜を行う手法で、さまざまな材料を活用できることに加えて、非真空のため低コスト化が可能なプロセスです。2012年に京都大学でミストCVD法を用いたコランダム構造酸化ガリウムの作成手法が発表されたのを機に、半導体としての事業化を目指した研究開発を開始しました。
コランダム構造酸化ガリウムは、SiCを凌駕する物性を持つためパワーデバイスへの応用が期待されていますが、従来は良質な結晶を得ることが困難でした。同社はコランダム構造を持ったサファイアを基板とし、ミストCVDによるコランダム構造酸化ガリウムの結晶作成に成功しました。また、同じ構造のコランダム構造群(ファミリー)を活用することで、デバイスの作り込みにもめどをつけました。事業化においては、ウエハーからデバイスまでを一貫して手がけ、自社ブランドとして販売。本社近隣の京大桂ベンチャープラザ内にクリーンルームを整備して量産準備を進めています。当初はウエハーを自社で、デバイスは外部委託する方針でしたが、委託先の都合に左右されてしまうリスクがあるため量産初期にはウエハーから前工程までを自社で行う方針で、2019年7月にウエハーおよび前工程の生産ラインを構築しました。その後、本格量産に向けて約20億円を投じて生産工場を整備しており、月100万個体制を実現する予定です。ある程度規模が拡大して以降は、生産を外部に委託してさらに拡充する方針です。自社ラインはマザー拠点と位置付け、量産技術の作りこみや新規デバイスの開発、試作などに活用する考えです。
まずショットキーバリアダイオード(SBD)の製品化を目指しており、世界トップの低オン抵抗とSiCデバイスに匹敵する高耐圧を実現することを目指しています。2023年2月には新規p型半導体を用いたジャンクションバリア構造により、リーク電流を抑制できる効果を実証しました。なお、このp型材料の量産適用を可能にする成膜材料はJSR株式会社と共同開発。ダイオードだけでなく、トランジスタにも適用を目指しています。
2023年3月には、アンペア級・1700V耐圧の酸化ガリウムSBDの開発に世界で初めて成功しました。厚膜かつ高品質の酸化ガリウム薄膜を用い、縦型構造で電極サイズ0.96mmのSBDを製作しました。プロセスや終端構造などを最適化することにより、アンペア級・1700V耐圧の動作を確認しています。FLOSFIAは将来目標として1kA級・20kV耐圧といった超高耐圧大電流パワーデバイスを実現し、電動航空機などのインバーターや電力変換装置などへの応用することを目指しています。その成果を活かし、さらなる大電流、高耐圧化に向けた研究開発を進める方針です。
MOSFETの開発では、2018年7月にノーマリーオフ動作の実証に成功しました。従来酸化ガリウムデバイスはp型半導体層の形成が理論上不可能で、ノーマリーオフ動作は実現できないとされてきました。同社は2016年にコランダム構造を持ったp型半導体である酸化イリジウムを発見し、サファイア基板上にn+型のソース・ドレイン層や新規p型半導体層を用いたp型ウェル層、ゲート絶縁膜、電極を形成し動作実証を行ったところ、ノーマリーオフ動作を確認しました。このほか、株式会社デンソーと共同で車載PCUへの酸化ガリウムの適用に向けた研究開発を行っており、中長期的な取り組みとして進めていく計画です。
2023年12月には、三洋化成工業株式会社が独自開発したヒューズエレメントを活用し、超小型・薄型のパワーモジュールに基板埋め込みが可能なマイクロ温度ヒューズを共同で開発しました。温度ヒューズは、パワーエレクトロニクスの過熱保護に用いられますが、サイズが大きいため基板への埋め込みが難しいことが課題です。また、作動温度が低いため、リフローはんだ付けに耐えられず、基板の耐熱温度以上で動作するため、基板への埋め込みに適用することは困難でした。 三洋化成工業は、極微小でも適切な作動温度で通電を遮断できる可溶体を開発。300℃以上の高温で作動し、リフロー実装によるはんだ付けにも対応できます。FLOSFIAは、開発したマイクロ温度ヒューズを埋設し、超小型・薄型のパワーモジュールを開発。モジュールの体積を従来の1/100~1/1000ほど小型化して、FLOSFIAがパワーモジュールとして製品化する予定です。