
AIエージェント(人が細かく指示を与えなくても、与えられた目標に基づいて自ら計画を立て、必要に応じてツールや外部システムを利用しながらタスクを実行する自律型ソフトウエア)の市場が急速に拡大しています。
生成AIには文章や画像などを生成する使い方がありますが、AIエージェントはブラウザ操作、ファイル管理、外部APIやシステム連携を通じ、目標達成に必要な一連の作業を自律的に実行することが大きな特長です。
近年は、ノーコードで構築できるサービスなども登場し、エンジニア以外にも自社向けエージェントを作成する選択肢が広がっています。また、コーディングに特化したAIエージェントや、リサーチから資料作成までを統合的にこなす汎用エージェントも登場しています。こうしたAIエージェントは、業務の効率化という枠にとどまらず、仕事のあり方を変える可能性も秘めています。
AIエージェントが実際の業務に組み込まれるケースも増えています。例えば、アンソロピックの「Claude Code」をはじめとするコーディングエージェントが登場し、OpenAIもAIエージェント関連の開発を進めています。こうしたAIエージェントの活用拡大を受け、ツールやコードの実行を担うCPUにも需要拡大の可能性が生まれています。
AI半導体で高いシェアを誇るエヌビディアにおいて、CPU関連の動きが活発化しています。2026年に台湾で開催されたエヌビディアのイベント「NVIDIA GTC Taipei 2026」では、エヌビディアがAIエージェント向けのCPUとして「Vera」を披露しました。Veraは、独自設計の「Olympus」コア88個に加え、最大1.2TB/sの帯域幅を提供するLPDDR5Xメモリーサブシステムも搭載し、同社の発表では、エージェント型AIのタスクを比較対象のx86プロセッサーの1.8倍の速度で処理するとしています。
Veraは、エヌビディアのAIコンピューティングプラットフォーム「Vera Rubin」におけるホストCPUとして以前から発表されていましたが、GTC TaipeiではVeraのスタンドアローンサーバーを披露。そしてVeraを「AIエージェント向けのCPU」と銘打ったことが、AIエージェントにおいてCPUの重要性が上昇していることを示しています。
エヌビディアは、AIエージェントがコードやツールを実行し、データベースなどにアクセスする処理をCPUが担うと説明しています。こうした処理が遅れると次の推論に進めず、高価なGPUを十分に活用できなくなるため、CPUの応答速度も重要になるという考え方です。
2026年5月末の発表では、Vera搭載サーバーは同年秋からパートナー企業を通じて提供される予定とされました。アンソロピックは評価を進め、OpenAI、SpaceXAI(SpaceXのAI部門)、ByteDance、CoreWeave、OCI(Oracle Cloud Infrastructure)などは採用を計画するとしています。
エヌビディアは、AIコンピューティングプラットフォーム「Grace Blackwell」シリーズでも独自CPU「Grace」を活用してきました。2026年5月末の発表時点でGraceの出荷数は約250万基に達しています。Veraは、こうしたCPU開発の蓄積を基に、AIエージェントの実行処理にも対応する製品として位置づけられます。
2026年3月には、半導体IP最大手のアーム・ホールディングス(英ケンブリッジ)が、AIエージェント向けインフラを見据えた自社設計のデータセンター向けCPU「Arm AGI CPU」を発表しました。同社の35年以上の歴史の中で、自社設計の量産半導体製品を提供するのは初となります。同製品は、TSMCの3nmプロセスで製造され、1チップあたり最大136個の「Arm Neoverse V3」コアを搭載。また、300WのTDP(熱設計電力)とプログラムスレッドごとに専用コアを割り当てることで、持続的な負荷の下でも一貫性のある性能を可能にし、同社は性能の安定化を図ると説明しています。さらに、高密度の1Uサーバーシャーシに対応し、空冷展開ではラックあたり最大8160コア、液冷システムではラックあたり4万5000以上のコアを実現します。同社の試算では、同製品は比較対象のx86型CPUに対してラックあたり2倍以上のパフォーマンスを提供し、AIデータセンター容量1GWあたり最大100億ドルの設備投資の削減を可能にするといいます。
アームはメタ・プラットフォームズをリードパートナーとして共同開発を進めており、Arm AGI CPUはメタのインフラ向けに最適化されています。メタ独自のカスタムチップである「MTIA」(Meta Training and Inference Accelerator)と連携し、Arm AGI CPUの複数世代にわたるロードマップで協業する計画です。そのほか、OpenAI、Cerebras、SKテレコムなどのパートナーとの商業的な連携も進めています。アームは2026年3月の投資家向け説明で、2031年3月期にArm AGI CPU事業で年間約150億ドル、全社で約250億ドルの売上高を見込むとしています。
モバイル機器向けCPU大手のクアルコム(米カリフォルニア州)は、2026年6月にデータセンター向けの新ブランド「Dragonfly」の製品を発表しました。CPUや推論用アクセラレーターなどをラインアップし、主にAIエージェント向けデータセンターでの活用を想定しています。主要なAIおよびデータセンター企業での採用がすでに決まっており、そのうちの1社であるメタとは複数年契約を締結しています。
発表した製品の一つがCPU「Dragonfly C1000」です。電力効率の向上とTCO(総所有コスト)の削減を目指し、同社の推定では、競合のサーバー用CPUに比べてワットあたりのパフォーマンスが2倍以上になるとしています。商用提供は2028年を予定しており、メタの次世代サーバーに搭載される予定です。
ハイパースケーラーも独自のCPU開発を進めています。これらは汎用的なクラウド処理を支えるCPUであり、すべてがAIエージェント専用に開発されたものではありませんが、ツールやデータベースの実行基盤にも関わります。グーグルは自社のデータセンター向けに「Axion」(アクシオン)を開発。Armベースのサーバー用CPUで、2024年の同社発表では、比較対象の同世代x86ベース仮想マシンより処理性能が最大50%高いとしています。
AWS(アマゾンウェブサービス)は、独自CPUとして「Graviton」(グラビトン)を開発。Armベースのサーバー用CPUであり、対応するクラウドワークロードにおける価格性能比や電力効率の向上を図っています。実際の費用効果は、比較するインスタンスと処理内容によって異なります。
マイクロソフトは「Cobalt」(コバルト)の開発を推進。同社のクラウドサービス「Microsoft Azure」のデータセンター向けに独自開発されたArmベースのサーバー用CPUで、AIやクラウドワークロードの処理において、極めて高い電力効率とコストパフォーマンスを発揮するように設計されています。なお、これらの企業はAIアクセラレーターも独自で開発しており(グーグルは「TPU」、AWSは「Trainium」(学習)と「Inferentia」(推論)、マイクロソフトは「Maia」)、CPUとAIアクセラレーターの組み合わせで処理能力の向上を図っています。
こうしたCPU開発は今後さらに加速することが予想されます。近年、半導体市場を牽引してきたAIの学習用途では、大量のデータをGPUで処理して性能を高めることが基本で、CPUは補助的な役割でした。しかし、例えば、コーディングを行うAIエージェントでは、GPUによる推論でコードを生成したあと、サンドボックス(コードを隔離して実行する環境)でそのコードをテストし、CPUでデータベース処理やツールの実行などを行い、その結果から次の行動を決めるということを繰り返します。つまり、「思考」と「実行」の間を絶えず行き来する状況であり、CPUの処理が遅いと、次の推論に進めずGPUが待機する場合があります。AI処理に用いるGPUは非常に高価であり、その利用効率が落ちることは投資効果にも大きな影響をおよぼします。そのため、AIエージェントではCPUの性能向上に加え、並行して実行するタスクを支える処理能力の増強が必要となり、CPU需要を押し上げる可能性があるのです。