
近年、夜間の道路工事や工場・倉庫内における安全対策へのニーズが高まっています。
NEXCO3社の公表データによれば、高速道路工事規制内への車両進入事故は2020年の704件から2022年には1,457件へと倍増しており、その約9割が漫然運転やわき見といった「前方不注視」によるものとされています。
現場では警告看板やラバーコーンなどさまざまな表示物が設置されていますが、設置・撤収に時間とコストがかかる上、表示物が増えすぎるとドライバーの視線が分散し、かえって前方不注視のリスクが高まるという「安全と効率のトレードオフ」が課題となっています。
このような課題に対し、印刷で培った微細加工技術と光学設計の知見を融合した独自のHMX(Holographic Matrix:ホログラフィック・マトリクス)テクノロジーを核に、レーザー光を用いた新しいアプローチで解決策を提案しているのが、大日本印刷株式会社(DNP)です。
同社が開発した「DNP高視認性パターンライト」は、遠方まで明るく明瞭なパターンを投影できる照明装置として注目を集めており、2022年の試験販売を経て2025年6月に量産販売を開始しました。道路工事や区画線施工の現場から工場・倉庫内の安全管理まで、幅広い用途での採用が進んでいます。
本製品の開発の背景、特長、今後の展望について、モビリティ&リビング事業部 モビリティビジネスユニット 営業本部 営業第2部第2課 エキスパートの増田英樹氏、研究開発・事業化推進センター 事業開発本部 住まいとモビリティ事業開発ユニット 開発第2部部長 主席研究員の倉重牧夫氏、同開発第2部第1課の嶋野絵美氏の3名に話を伺いました。

1876年創業のDNP(大日本印刷株式会社)は、売上高1兆5,125億円(連結)、従業員数約3万7,000人を擁する総合印刷企業グループです。スマートコミュニケーション部門、ライフ&ヘルスケア部門、エレクトロニクス部門という三つの主要部門の下、ICカードや証明写真関連から、包材、ディスプレイ部材・半導体関連部材まで、幅広い事業領域を展開しています。
パターンライトを手がけるのは、ライフ&ヘルスケア部門内のモビリティ&リビング事業部モビリティビジネスユニットです。自動車内装・外装用の加飾フィルム、デジタルキーといったセーフティ・セキュリティ関連製品、さらにはワイヤレス給電コイルのような次世代技術まで、「人と社会をつなぐ価値となる製品・サービスを届ける」をテーマに多彩な展開を行っています。
「さまざまな事業領域で培ったアイデアと技術によって、安心・安全・快適なモビリティ社会の実現を目指しています」と増田氏は語ります。長年にわたって積み上げてきた微細加工技術と光学設計の知見が、「DNP高視認性パターンライト」というかたちで結実しました。

「DNP高視認性パターンライト」の開発が始まったのは10年以上前にさかのぼります。きっかけは、夜間の道路工事現場が抱える構造的な課題でした。道路上の工事作業は一般車両の交通量が少ない夜間に手早く行う必要があり、施工区域への車両侵入リスクも高まるため、作業員・ドライバー双方の安全確保が不可欠です。
「必要なときに、必要な情報だけを、必要な場所にレーザー光で表示できれば、安全と効率のトレードオフを回避できるのではないか」
そうした発想のもと、DNPの開発チームは外部クライアントからの受託ではなく、独自プロジェクトとして本製品の核心技術「HMXテクノロジー」の開発に着手しました。
開発にあたっては、印刷で培った微細加工技術と大規模情報処理能力を融合し、光学設計から製造プロセスまで一貫して推進する体制を構築。道路事業者や工場関係者の協力を得ながら多様な環境で性能を検証し、振動・衝撃・風雨・粉塵環境といった過酷な使用条件への耐性を積み重ねることで、実用化への道を切り拓いてきました。

画像:DNP高視認性パターンライト。2025年6月に量産化して発売したポータブルタイプ。バッテリー搭載型(下/全長256mm、重さ600g)と、外部電源の接続が必要なバッテリー非搭載型(上/全長193mm、重さ450g)の2種類。
本製品の主な特長は「高輝度・高精細な投影」「光安全への配慮」「低消費電力と携帯性」の3点です。
ラインタイプでは数m〜約100m先まで、矢印タイプでは数m〜数十m先まで、高精細なパターンを投影できます。投射距離や照射角度の設計自由度も高く、高さ1mの位置からでも最大100m先まで光を届けることが可能です。LEDなど従来の光源では距離が伸びるほどパターンが拡散して暗くなってしまいますが、本製品は奥まで均一で鮮明な表示を維持できる点が際立った特長となっています。


画像:「DNP高視認性パターンライト」による路面への光パターンの投影
レーザー製品の安全規格であるJIS C 6802、およびIEC60825-1の 4.4項にもとづく「クラス1レーザー製品」である点も重要な特長です。倉重氏はその意義をこう説明します。「クラス1の製品は、お客さまの側でレーザー安全に対する特別な対策を講じていただく必要がなく、従来のLED灯具と同様に扱っていただけます」。
この安全性を支えているのが、後述するHMX素子による光の拡散制御です。従来のレーザー光は発光点が極めて小さく、眼の水晶体のレンズ機能により網膜上にレーザー光が再び集光してしまい、網膜に傷害を与えてしまうリスクがありましたが、本製品ではHMX素子を通じて瞳より十分大きな断面積の複雑な拡散光に変換することで網膜損傷のリスクを低減しています。

画像:DNPのHMXテクノロジー(簡略図)。HMX素子に制御されたレーザーの光を入射することで、投射面に対して手前から奥までクリアな像の形成を可能にする。
消費電力は3.0W(標準仕様)と4.5W(高輝度仕様)の2種類で、他の投影方式と比較して大幅に省電力です。製品はバッテリー搭載モデル(全長256mm・重量600g)とバッテリー非搭載モデル(全長193mm・重量450g)の2ラインアップを用意しています。バッテリー非搭載モデルは、より小型軽量化することにより、工場・倉庫など多様な場所での取り付けやすさを向上させたほか、外部給電によって内蔵バッテリー残量を気にせず長時間利用できます。両モデルとも市販のモバイルバッテリー(DC5V)と接続することで、一晩以上使用することも可能です。
「発電機や大型バッテリーが必要なほかの投影装置と違い、サッと持ち運んでサッと撤収できるのが大きなメリットです」(増田氏)。また防塵・防水性能はIP65相当を備えており、屋外環境でも安心して使用できます。
本製品の競争力の源泉となるのが、DNP独自の「HMX(Holographic Matrix:ホログラフィック・マトリクス)テクノロジー」です。従来のホログラフィは物体からの光情報を媒体に記録して立体的に再生する技術ですが、遠距離で高精細な像を作り出すために光を精密に制御することは技術的に困難でした。
HMXテクノロジーでは、複数のホログラフィック光学素子(HMX要素)を精密に配置した集合体「HMX素子」に制御されたレーザー光を入射することで、入射光の方向・強度を細かくコントロールします。これにより、狙い通りの位置に手前から奥まで均一で鮮明なパターンを投影することが可能になります。
「一見シンプルな投影に見えますが、100m先まで鮮明なラインを維持するためには、長い区間にわたって投射光を絞り込む特殊な設計が必要です。また、同時に目の安全性を確保するために投射光は拡散光である必要があります。HMXテクノロジーは光の拡散と収束を同時に制御できるため、ほかの技術とは明らかに異なる結果が生まれます」(倉重氏)。
また、LEDや従来のプロジェクターと異なり、設置角度を変えても投射パターンがボケにくいため、設置の自由度が非常に高い点も大きな利点です。ラインや矢印パターンだけでなく、文字やシンボルなど利用シーンに合わせたパターン設計、作製ができます。1台から複数パターンの同時投影も実現可能で、文字と矢印を組み合わせた表示など多彩な表現に対応できます。
現行製品の発光色が緑色である点にも、明確な技術的根拠があります。倉重氏はこう説明します。「人間の目は、同じエネルギーの光でも波長によって明るさの感じ方が大きく異なり、緑色の波長帯に最も高い感度を持っています。青や赤では、同じ明るさを感じさせるために数倍〜10倍ものエネルギーが必要になります。街灯やヘッドライトなどの環境光の中でも視認性を確保するためには、まず最も目立ちやすい緑が最適な選択でした」。
一方、次世代の展開として赤色の開発も進んでいます。「赤は警告色として色自体に意味があります。停止線や進入禁止・立入禁止エリアの表示には、緑では意図が伝わりにくい場面があります。お客さまからのご要望として赤色へのニーズは以前から高く、現在開発中です」(倉重氏)。2026〜2027年頃の製品化を目指しており、赤色が加わることでより工事現場、工場、物流倉庫など多様な現場での活用が期待されます。
2022年の試験販売開始以来、土木・建設、警備・監視、工場の安全管理、屋内外のデザイン照明など多岐にわたる分野での活用が進んできました。試験販売で得た知見を反映してラインアップを拡充し、2025年6月に量産販売を開始しています。
阪神高速技術株式会社では、夜間工事区間の手前で矢印パターンを路面に照射し、ドライバーに早めの車線変更を促す安全誘導システム「ほたるいか」を開発しています(阪神高速技術株式会社・株式会社テクノ阪神・DNPの3社共同開発)。内照式予告看板との併用により従来よりも視認性が高まり、工事帯への進入事故の抑止につながっています。
北海道技建株式会社は、白墨による罫書き作業の代替技術として「DNP高視認性パターンライト」を活用した「G-スクライト工法」を開発し、国土交通省の新技術情報提供システム(NETIS、登録番号:HK-240021-VE)に登録しています。さらに、本工法とそれを支えるパターンライトの有用性が認められ、NETISの「令和8年度 推奨技術(新技術活用システム検討会議(国土交通省))」に選定されました。パターンライトで路面に光のラインを照射することで、従来の区画線施工と比較してコストを約21%、工程を約35%短縮した実績が得られており、路上での罫書き作業が不要になることで安全性も向上しています。
試験販売期間を通じて製品は着実に改良を重ねてきました。当初はバッテリー搭載モデルのみでしたが、設置スペースが狭い現場からの要望を受けてバッテリー非搭載の小型モデルを追加。「高輝度照明灯の下では3.0Wでは明るさが足りない」という現場の声から4.5Wの高輝度タイプも開発しました。「使う方の現場目線で、設置・運用のしやすさを絶えず改善してきた積み重ねが、量産化への道を開いています」(増田氏)。
現在、問い合わせが多い用途として、フォークリフトやAGV(無人搬送車)、ロボットに搭載して周囲に存在を示す照明装置、工場・倉庫内の危険エリア区画表示、除雪作業時のガイドライン表示や周囲の人への進入注意喚起、イベントや花火大会など多人数が集まる場での人流誘導などが挙げられます。スキー場のナイター利用、駐車場センサーとの連動による車両誘導、3車線道路の中央車線への誘導サインといったユニークな活用も生まれており、想定外の用途への広がりが続いています。
倉重氏は今後の展開についてこう語ります。「道路や鉄道では、止まっている状態で見るのと時速100kmで走っている状態で見るのでは、人間の視覚的な捉え方がまったく異なります。移動速度に合った視認性のあり方を引き続き研究しながら、より多くの現場でご活用いただけるよう取り組んでいきます。また、今は工事期間中などの一時的な利用が中心ですが、工場設備としての常設利用や複数台の連携制御など、よりシステム的な活用の形も開発し試験販売も開始しています」。
次世代モビリティ分野への展開も視野に入れており、ドローンやパトロール車両・除雪車への搭載活用も進みつつあります。道路維持作業車への設備機器としての標準搭載についても、道路管理会社との協議が進んでいるといいます。さらにインバウンド対策として、文字と矢印を組み合わせた多言語対応の誘導表示など、新たな用途の開拓も期待されています。
最後に、増田氏はこうまとめました。「パターンライトの魅力は、必要なときに、必要な場所だけに光で情報を届けられることにあります。工事現場や工場だけにとどまらず、私たちが想定していなかった使い方を発見してくださるお客さまも増えてきました。引き続きさまざまな分野の方々のお困りごとに耳を傾けながら、安全で効率的な現場づくりに貢献していきたいと思います」。
レーザー光を精密に制御するHMXテクノロジーという印刷技術由来の革新が、現場の安全と効率を同時に向上させる新たなインフラとして静かに広がりを見せています。「必要なときに、必要な場所へ光で情報を届ける」という発想から生まれた「DNP高視認性パターンライト」は、これからも多様な現場に寄り添い続けることでしょう。