日々の定型業務やトラブル対応を、Pythonやマクロで自動処理。スクリプトによる業務効率化は、情シスや現場担当者の知見と工夫の結晶であり、スクリプトは業務を円滑に進める上で欠かせない資産といえます。
しかし、これらのスクリプトは特定の担当者によって個別に作成されることが多く、ローカル環境に保存されたまま共有されないことも少なくありません。さらに、近年は生成AIの普及により非エンジニアでもスクリプトを使った業務の効率化が容易になり、そのリスクはさらに高まっています。
本記事では、スクリプトの“野良化”が起きる背景を整理した上で、情シスが取り組むべき棚卸しの進め方や、運用ルールの標準化・維持に向けた実践ポイントを解説します。
スクリプトの“野良化”とは、もともと現場の工夫から生まれた自動化スクリプトが、やがて誰にも引き継がれず、組織として把握・管理できない状態になることを指します。「あの処理、誰がどこで何をしているのか分からない」「壊れたけど中身が追えない」といった状況に思い当たる節のある業務担当者や情シスは少なくないのではないでしょうか。
このような“野良スクリプト”が生まれる背景には、次のような実務上の課題が横たわっています。
日々の業務に追われる中で、社内にどんなスクリプトが存在し、どこで使われているのかを体系的に把握できていない企業は少なくありません。マクロ、PowerShell、Python、バッチファイルなど、形式も用途もバラバラなスクリプトが散在しており、「誰が管理者なのか」「どの業務フローに関係しているのか」が見えないまま運用され続けている状況も多く見られます。
こうした棚卸しの不足は、障害時の対応を困難にするだけでなく、セキュリティパッチの適用忘れや、既存システムとの競合などを見逃す温床にもなりかねません。
スクリプトを一元管理する仕組みがないことも"野良スクリプト”が生まれる代表的な要因の一つです。例えば、Gitなどのバージョン管理ツールをせっかく導入していても、業務フローとの関係性や実行手順が属人化していたり、レビュー・承認フローが存在していなかったりすれば、結局スクリプトを組織的な資産として扱うことは難しくなります。
「社内ファイルサーバーのどこかに置いてあるはず」といった曖昧な運用が続くことで、重要なスクリプトでさえ、消失や誤更新のリスクにさらされてしまうのです。
前述の通り、近年ChatGPT や Copilot などの生成AIの登場によって、非エンジニアでも簡単にスクリプトを生成・実行できるようになったことも、“野良スクリプト”問題を加速させています。
「とりあえず動いたからこのまま使っている」「元のコードの意味はよく分からない」といった状態で、十分にテストされていないコードが実業務に組み込まれてしまえば、組織としての再利用性や安全性が担保されないまま不透明な状態での運用が続くこととなります。
属人化・ブラックボックス化したスクリプト資産を組織的に可視化・整理するために重要なのが、「情シス主導での棚卸しプロジェクト」の立ち上げです。
‟「どのようなスクリプトを」「誰が」「どこに」「何の目的で」作成・運用しているのか”を把握するための具体的な4つのステップを押さえましょう。
まずは、棚卸しの対象範囲とゴールを明確化します。例えば、「自動処理に使われているすべてのスクリプト」「サーバー上に存在するバッチ処理」「RPAで代替可能な処理」など、対象の切り口を事前に定義しておくことで、ヒアリングや調査のブレを防げます。
この際、「不要なスクリプトの整理」「セキュリティ対応強化」「今後の運用ルール整備」など、棚卸しの目的を関係者に明示しましょう。意図が伝わるかどうかで、現場の協力体制は大きく変わってきます。
現場に点在するスクリプトを発掘するには、単にファイル共有や検索を行うだけでは不十分です。 実際には「個人PCのデスクトップ」「NASの一時フォルダ」「古いジョブ管理ツールの中」など、意外な場所に重要なスクリプトが残されているケースもあります。
そのため、現場部門へのヒアリングを実施することが求められます。「定期的に自動実行されている処理はありますか?」「過去のトラブル時に使った一時対応スクリプトは?」といった具体的な質問で情報を掘り起こすことが重要です。
収集したスクリプトは、用途、重要度、実行頻度、依存関係などの観点で分類・タグ付けしていきます。それぞれの例は以下の通りです。
分類ができたら、「残すべき資産」と「整理・廃止すべき対象」を話し合うフェーズに進みます。特に「誰も保守していないが、業務上は動かし続けている」スクリプトは優先的に対処すべき“リスク資産”です。
棚卸しで得られた情報は、Excelやスプレッドシート、または専用の構成管理ツールなどで一元的に管理します。その際、記録すべきメタ情報としては、以下のようなものが挙げられます。
このような「スクリプト台帳」は今後、スクリプトの全体像を把握し、管理・改善するための起点となります。
スクリプト資産の棚卸しが完了したら、次のステップは「整備された状態を維持するためのルール作り」です。
スクリプトをせっかく整理したのに、時間が経つにつれ再び属人化や乱雑化が進んでしまった……。そんな事態を防ぐために、最低限守るべき基本ルールが存在します。
ここでは、情シスが策定・周知すべき運用ルールの要点を、三つの観点から解説します。
多くの方が、スクリプトの概要を把握する際の第一の手掛かりとしてスクリプト名を用います。そこで重要なのが命名規則を明確に定めることです。
スクリプト名に一貫性がないと、そのスクリプトが何をするためのものなのか、どれが最新か、などがすぐに分からず、メンテナンス性が著しく低下します。そのため、例えば、以下のような命名ルールの策定が推奨されます。
[用途]_[対象]_[処理内容]_[日付/バージョン].sh
例)backup_files_daily_v2.sh
例)user_add_batch_20240701.ps1
また、接頭辞・接尾辞の定義を統一し、ドキュメント化しておくことで、新規作成時にも迷いがなくなります。
命名規則の次に定めたいのが、スクリプトの保管ルールです。多くのトラブルは「ファイルがどこにあるか分からない」「誰かのローカルにしか存在しない」といった状態で表れます。
そこで推奨されるのが、以下のような保存体制を最初に確立し、定義することです。
GitHub、GitLabなどのバージョン管理ツールを導入し、組織全体でスクリプトを管理できる体制を作ります。
Gitの導入が難しい場合や、ファイルベースで運用する必要があるケースでは、用途ごと・部署ごとにフォルダ構成を整理したファイルサーバーでの管理が有効です。
保管場所がどれだけ整っていても、誰でも上書き・削除できる状態では容易にルールが崩れてしまう可能性があります。権限設定と情報伝達のフローを設け、バックアップ体制も整えておくことがスクリプトや補完ルールが壊れてしまう事態を防ぎます。
スクリプトは一度作って終わりではなく、業務の変化や改善に合わせて、修正や機能追加が継続的に発生します。こうした変更を行う際に、「何を」「なぜ」変更したのかを明確に記録し、内容をレビューするプロセスを定めておくことが、品質と安全性を守る上で不可欠です。
属人的にスクリプトが書き換えられたり、確認なく即時本番環境に適用されたりするような運用は、想定外の障害や情報漏えいのリスクにも直結します。
そこで推奨されるのが、以下のような運用フローの確立です。
スクリプトの変更は、必ずバージョン管理ツールで履歴として残すようにします。 その際には、「修正内容」「目的」「影響範囲」などが分かるよう、簡潔かつ具体的なコミットメッセージを記述します。
コードを直接変更するのではなく、Pull Requestを経て、コードレビューや管理者承認を行った上でマージする運用が望まれます。 これにより、二重チェックによる品質の担保や、ほかのメンバーへの変更内容の可視化が可能になります。
スクリプトの変更が業務フローや定常処理に影響を与える場合は、事前に変更申請書を発行し、関係者への通知と合意形成を行うことが推奨されます。特に、バッチ処理のタイミング変更や出力フォーマットの修正といった内容は、現場業務に想定外の影響をおよぼすことがあるため、技術的には小さな変更でも慎重な扱いが求められます。
スクリプトは一度作れば永遠に動く──そんな幻想を抱いてしまいがちですが、実際は環境や業務フローの変化に合わせた継続的な見直しと管理が欠かせない資産です。
特に注意したいのは、「スクリプトはコード=開発者だけの領域」と思い込まないことです。業務自動化の多くは現場で生まれ、現場で使われているからこそ、情シスだけでなく全体でルールと体制を共有することが大切です。
まずは身近なスクリプトから。「どこにあるか分かる」「誰が見ても使える」状態へ、一歩ずつ整えていきましょう。