事務作業やプログラミング支援、営業対応や問い合わせ業務の効率化など、AIの本格導入が多くの分野で進められています。しかし「導入後、情シスの運用負荷が増えた」「管理コストばかりが膨らみ、効果が見えにくい」という声が一部では聞かれることも。
その背景には、どのような事情があるのでしょうか。
本記事では、AI導入がかえって運用コスト増を招く背景とその典型パターンに注目。特にPoC段階で見落とされがちな“コスト要因”を明らかにしつつ、情シスの視点から見直すべき設計・運用のポイントを解説します。
現在、企業の多くがPoC(概念実証)を通じて生成AIの有効性を検証し、本格導入を検討し始めています。
そんな中、独立行政法人情報処理推進機構(IPA)は『DX動向2024』で、生成AI を業務で活用する上での課題について、1,000社を対象にアンケート形式で尋ねました。その結果、特に多くの割合を占めたのが「効果やリスクに関する理解が不足している(47.0%)」という回答です。
社内の理解が不足した状態で運用フェーズに移行すれば、「生成AIが有効に使われない」もしくは「方向性やリスクへの理解が不十分な状態で生成AIが利用される」という事態が生じえます。そしてそれは、以下のようなコスト増や情シスの負担増につながります。
各部門がそれぞれ生成AIツールを試す中で、目的が曖昧なままPoCが繰り返されるパターンです。「効果やリスクへの理解不足」がある状態でPoCを進めても「まずは使ってみる」に終始し、ツール費や人件費のロスにつながります。また、情シスは、ツールの棚卸しやアカウント管理、社内規定との整合チェックなど、さまざまな業務への対応を担わされることになりがちです。
管理体系が統一されないままに新ツールの導入が進めば、その統一にかかる手間や工数が情シスにのしかかります。また、いわゆるツール乱立の状態では、セキュリティ要件やAPI連携の設定、利用可否の確認などの手間は雪だるま式に膨れ上がります。また、「誤った回答を信じて業務に利用してしまう」といったリスクを回避するため、社内の貴重な人的リソースが事前レビューや検証に割かれるケースも少なくありません。
「とりあえず使ってみる」スタイルのPoCでは、データ整備が不十分なままAIが稼働し、「期待した精度が出ない」といった結果に陥る可能性が高いです。モデルが正しく動作するには、形式・粒度・鮮度などが整った入力データが欠かせません。そのため、PoC後に情シスが“裏方でのデータ加工”を担うこととなれば、大幅に人的・時間的コストが増加することになります。
PoCや小規模導入にありがちなのが、少数のIT導入に積極的な人材にノウハウや知識が集中してしまうというケースです。特定の担当者に依存したまま設計・運用が進めば、異動や退職でノウハウが失われ、その復旧や引継ぎには多くの工数が必要となります。その都度コストと時間を浪費することになれば、AI導入による効率化の効果は得られません。
使われていないツールが放置されたまま、ライセンス費やクラウド利用料が発生し続けているケースに皆さんは思い当たることはないでしょうか。クラウド経由で簡単に利用を始められる生成AIツールでは、運用フェーズでの見直しや削減判断がされないまま、放置されたAIがコストを消費する状態が大きなリスクとなります。
PoC疲れやツールの乱立、属人化による運用コストの増大――。
前述のように、AI導入プロジェクトが情シス部門に想定以上の負荷をもたらすケースは少なくありません。その背景には、導入前の設計段階で「運用コスト」の観点が十分に検討されていないという問題があります。
PoCの段階では「まずは試してみる」ことが重視されがちですが、実際の運用フェーズでは情シス部門が多くの管理・支援業務を担うことになるため、以下のような観点で事前にチェックを行うことが重要です。
業務インパクトが限定的だったり、利用頻度が極端に低かったりするユースケースにAIを適用しても、維持・管理にかかるコストに見合わない場合があります。「この業務はAI化する価値があるのか?」を定量的に評価することが、PoCの成果を次のステップにつなげる鍵となります。
PoCで「試して終わり」では、ツールやデータ、そしてその管理コストだけが残るという事態も起こりえます。そのため、検証後のスケールアップや業務適用の手順を含めてPoCからの移行計画を事前に設計しておくことが重要です。
「誰が日常運用を担うのか」が不明確なまま本番導入されると、結果的に情シスが問い合わせ対応や設定変更、バージョンアップ作業をすべて背負うことになります。導入時点で業務部門との役割分担を明文化しておくことがポイントです。
AIツールが既存業務システムとうまく連携できなければ、手作業による補完やデータの手入力といった二重工数が発生します。そのため、API連携の可否、認証方式の適合性、セキュリティ要件など、事前の技術評価を行うことが重要となります。
学習・推論に使用するデータの形式や品質が十分でない場合、導入後に情シスが“裏方”としてデータ処理を担う事態に陥ります。PoC前に使用予定のデータを洗い出し、整備レベルを評価することが、後工程の手戻りを減らすカギとなります。
「AIの運用プロジェクトを進める」にあたって情シス部門が問いかけるべき三つの質問を皆さんはご存じでしょうか。それぞれ、以下の通りです。
ROI(投資対効果)やKPI(成果指標)など、定量的な指標を事前に情シスと他部門が把握しておくことは極めて重要です。それにより、同じ方向を向いてAI活用を進められるだけでなく、導入・維持の妥当性を判断することも容易になります。
AI導入によって、月次・週次でどの程度の作業が情シスに発生するかを事前に見積もっておくことで、効果と負担のバランスを判断できます。ツールによっては、更新管理・ユーザー支援・ログ確認といった地味ながら手間のかかる作業が必要になります。
導入当初は情シスの支援が必要だとしても、徐々に各部門で運用できるようになり負荷を減らしていけることを目指すのが常道です。また、自動化が視野に入るかどうかで、継続的なコスト削減の可能性が変わります。
PoCを重ね、導入に至ったAIツールが社内で定着せず、結果的に運用コストだけが積み上がっていく――。そんな負のスパイラルを断ち切るためには、情シス部門がAI活用の設計フェーズから積極的に関与し、導入の妥当性を見極める立場に変わることが求められます。
ここでは、PoC段階の“管理者”ではなく、全社のAI戦略を支える“判断者”としての情シスの役割と、導入を見極めるための具体的な問いかけ、そして情シスがAI活用の成果にどう貢献できるのかを解説します。
これまでの情シスは、導入部門からの要望に応じてツール選定や初期設定、権限管理などの「導入支援」を担ってきました。しかし、AIツールの導入が多くの企業で急務とされる今、導入後の“持続可能性”を見据えた設計を求められることが多くなっています。
どのようなAIを、どの部門が、どの程度の規模で使い続けるのか──こうした中長期的な視点で、「導入後に情シスが抱える負荷は妥当か」「業務に定着できる仕組みがあるか」をチェックすることが重要です。
この際、技術的可否だけでなく、「このAI導入は全社的なインフラの一部として妥当か」という判断を下すのも情シスの役割です。
AIは継続的な学習や再調整、入力データの更新が不可欠であり、一度導入したら終わりではなく、“継続可能な管理体制”を含めて成立するものです。そのため、全体最適の視点から、「これは本当に続けられる仕組みか?」を検証することがPoC段階で求められるのです。
情シスは、AI導入プロジェクトに対して「推進する立場」であると同時に、「リスクや運用負荷が大きすぎる場合は止める判断を下す」ことも求められます。その判断を行う際、以下のような“実践的な問い”を導入部門に投げかけることで、プロジェクトの現実性と持続性を見極めやすくなります。
利用のイメージが具体的でないまま導入が進むと、使われないまま放置される可能性が高まります。
可視化されていない運用コストは、導入後に情シスの大きな負担として現れます。人件費換算の工数見積もりは必須です。
「放置コスト(Idle Cost)」の観点は、クラウド利用料やセキュリティホールが残り続けるリスクを評価する上で重要です。その観点とリスクについて事前に共有することが、導入後の失敗を防ぐことにつながります。
AI導入において、情シス部門が担うべき役割は、もはや「管理・サポート」にとどまりません。各部門とコミュニケーションを取って導入計画の初期段階から関与し、運用負荷の発生源を最初に見極めることで、企業全体の投資対効果を最大化する“設計責任者”としての役割を果たすことが求められています。
そのためには、AIの導入効果や定着性だけでなく、セキュリティ・データ連携・ライフサイクル管理まで含めて「導入してよいAIかどうか」を判断できるガイド役となることが求められます。
情シスは、技術の深さと現場運用の現実性、そしてコスト感覚のすべてを横断的に持ち合わせる、企業内で数少ない存在です。その目線こそが、AI導入を“本当の成果”へと引き上げるカギとなるでしょう。