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ハイパースケーラーはAIロボット企業に進化するのか

レンテックインサイト編集部

ハイパースケーラーはAIロボット企業に進化するのか

 AIに関する開発競争が激化する中、グーグル、マイクロソフト、アマゾン、メタ・プラットフォームズ(旧フェイスブック)といった大手企業の存在感がさらに増しています。こうした企業はIT企業から大規模なクラウドサービスを提供するハイパースケーラーへと進化し、直近はAIの領域でも積極的な取り組みを進めています。

 そして、これらの企業は次のフェーズとして、物理的な現実世界を認識・理解して複雑な行動を行うフィジカルAIや、現実空間での作業や人との対話を通じて物理的なタスクを実行するエンボディドAIの領域に踏み込む可能性があります。ちなみに、フィジカルAIやエンボディドAIについては、ロボティクス分野とほぼイコールで語られることが多くなっています。つまり、状況を総合すると、ハイパースケーラーが今後AIロボティクス企業へと変化する可能性があるといえます。

人型ロボット企業と連携

 実際その準備ともいえる動きが出てきており、例えばグーグルでは、同社のAI開発組織グーグル・ディープマインドにおいて、ロボット用のAIモデル「ジェミニ・ロボティクス」(Gemini Robotics)を2025年3月に発表しました。グーグルの生成AIモデル「Gemini2.0」をベースにしており、トレーニングで初めて見るタスクを含むさまざまな新規の状況を汎化し、ほかの最先端の視覚・言語・行動モデルと比較して、平均で2倍以上のパフォーマンスを発揮できます。また、グーグルは、ヒューマノイドロボット(人型ロボット)スタートアップ企業のアプトロニック(Apptronik)へ2025年2月に出資し、Gemini2.0を搭載した次世代の人型ロボットの開発を進めています。

 マイクロソフトは、サンクチュアリ・エーアイ(Sanctuary AI、カナダ・バンクーバー)とAIの研究開発で協力すると2024年5月に発表。サンクチュアリ社が展開する汎用人型ロボット向けのAIモデルを開発するもので、開発に際して、マイクロソフトのクラウドシステム「Azure」をAIのワークロードに活用しています。なおマイクロソフトは、サンクチュアリ社と同じく人型ロボットを開発するFigureにも2024年2月末に出資するなど、人型ロボット企業との連携を拡大しています。

メタは自社で開発か

 アマゾンは、自社倉庫においてロボットを多数活用していることで知られますが、近年はアジリティ・ロボティクス(Agility Robotics)の二足歩行ロボット「Digit」の実証も行うなど、活用するロボット技術の幅を拡大しています。また2024年末には、クラウド事業を展開するAWS(アマゾンウェブサービス)から、人型ロボットの開発などを手がけるRealbotix(カナダ・トロント)へ助成金10万ドルが拠出されました。さらに、米国のネットメディアであるThe Informationによると、アマゾンは人型ロボットによる荷物配達を可能にするソフトウエアの開発を進めているといい、人型ロボットがアマゾンの商用バンの後部に同乗し、目的地に到着すると車両から飛び出して荷物を配達する仕組みになると報じられています。

 メタ・プラットフォームズも人型ロボットの開発を新たに進めていると言われています。同社のLLM(大規模言語モデル)を活用し、汎用の人型ロボット開発を目指しているとされ、その一環として、ゼネラルモーターズ傘下の自動運転企業クルーズ(Cruise)でCEOを務めたマーク・ウィッテン(Marc Whitten)氏をロボティクス分野のバイスプレジデントとして招聘しました。

 生成AI「ChatGPT」の開発で知られるOpenAIも、ソフトバンクグループ、オラクル、MGX(アラブ首長国連邦の投資会社)と連携し、OpenAI向けの新たなAIインフラを米国国内で構築するため、4年間で5000億ドル(約78兆円)を投資する計画を2025年1月に発表するなど、AI開発だけでなく、ハイパースケーラーとしての動きを開始しました。ロボティクス関連でも、2023年に人型ロボットを開発する1X Technologies(米カリフォルニア州)へ出資するなど動きを見せています。また、OpenAIは2021年に解散したロボット工学ソフトウエアチームを再始動させ、ロボットの開発を検討しているとされ、実際2025年1月からロボットで使用するセンサーなど主要部品の設計者を募集しています。

自動車企業やEMS企業も注力

 人型ロボットは、自動車メーカーやEMS企業の製造現場などでの実証も拡大しており、本格的な市場形成に向けた動きが加速し始めています。人型ロボットは2023年後半ごろから関連企業による資金調達などが急速に増え始めました。現在、少なくとも80社が人型ロボットの開発に取り組んでおり、特に中国では約50社が開発を推進。「潜在的に取り組んでいる企業を含めると中国だけで100社以上あるのではないか」(ロボット関連企業)という状況にあります。

 目立つのが自動車関連企業による取り組みで、テスラは独自の人型ロボット「オプティマス」を2025年末までに自社工場で数千台配備する予定です。現代自動車グループは、2025年3月に本格稼働したEV専用工場「メタプラント・アメリカ」(米ジョージア州)において、グループ会社であるボストン・ダイナミクスの人型ロボットを今後活用する方針を示しています。フランスの大手自動車メーカーであるルノーグループは、ロボティクス技術を開発するワンダークラフト(Wandercraft、フランス・パリ)と、2025年6月にパートナーシップ契約を締結しました。ワンダークラフトは、2012年に設立された企業で、AI対応の外骨格型ロボティクス機器「Atalante X」を展開しており、人型ロボット「Calvin-40」の開発も進めています。製造現場での肉体的に過酷で人間工学的に危険な作業を行うために設計されており、音声で操作することもできます。ルノーグループはワンダークラフトへ出資し、少数株主となっており、Calvin-40はルノーグループの製造現場向けでまずは展開する予定です。中国ではBYD(比亜迪汽車)、GAC(広州汽車集団)、Chery(奇瑞汽車)、Xpeng(小鵬汽車)、ChangAn(長安汽車)といった自動車企業が人型ロボットを自ら開発し、自社工場での実証などを進めています。

 自動車メーカーと同様に人型ロボットの取り組みを強化しているのがEMS(電子機器受託製造サービス)企業です。EMS世界最大手のフォックスコンは、ユービーテック社(UBTech Robotics、中国・深セン市)と提携し、ユービーテック社の人型ロボット「Walker」を物流作業で使用するためのトレーニングを深セン市の施設で2カ月間実施。その成果を受けて、製造現場への本格展開に向けた取り組みを進めています。

 EMS大手のジェイビルも、自社拠点でアプトロニックが開発した人型ロボットの活用を計画。検査、仕分け、キッティング、生産ラインへの部品搬送、治具の配置、サブアセンブリーなど製造現場における単純な反復作業を実行する予定です。

 製造に関しては、テスラが2030年までにオプティマスを年間100万台生産することを計画。フォックスコンは、新たな注力領域の一つとして人型ロボット事業を挙げており、提携しているユービーテック社の人型ロボットを受託生産することも視野に入れているようです。また、ジェイビルもアプトロニックの人型ロボットを量産する準備を進めており、将来的には人型ロボットで人型ロボットを製造することも目指しています。

 自動車とロボットはともに多くの部品を組み合わせて機能を高める「すり合わせ技術」や、用途に合わせた商品企画力が要求されるなど共通点があり、自動車関連メーカーおよび車載機器などを多数生産しているEMS企業のノウハウを活かすことができます。つまり、人型ロボットの実証を進めている企業は、人手不足などをカバーするツールとして人型ロボットを見ているとともに、自動車メーカーは自社の技術や製造設備を活用できる新たな製品、EMS企業は新たな大規模受託製品として人型ロボットを捉えているようです。

人型ロボット市場は今後大きく拡大すると予測

 現在、生成AIを中心にAI関連の開発が活発化していますが、現時点で生成AIができる主なことは、質問への回答、文章の要約、画像の作成といったことに限られます。もう少し大枠で捉えたとしてもデジタル領域での対応に限られています。しかし、AIをより人の役に立つ存在にしていくためには物理領域(現実世界)でもAIが活用されるような状況、つまりは冒頭に挙げたフィジカルAIやエンボディドAIへと発展させていく必要があり、そのカギとなるハードウエアが人型ロボットを中心としたロボティクス機器となる見立てが急速に拡大しています。

 金融大手企業の調査レポートなどを見ても人型ロボットに関するものが増えており、ゴールドマン・サックスは、2035年までに人型ロボットの世界出荷台数が140万台に達し、市場規模は約380億ドルに達すると予測。シティグループは、2050年までに世界の人型ロボットの数は6億4800万台となり、市場規模は7兆ドルに達すると予測しています。モルガンスタンレーの予測では、人型ロボット関連市場のTAM(獲得可能な最大市場規模)がグローバルで将来的に60兆ドルにもなると予測しており、米国においては2030年に累計4万台、2040年に累計800万台、2050年には累計6300万台の人型ロボットが導入されると予想するなど、大規模な市場が構築されると見込んでいます。

 大手IT企業と呼ばれていた企業がハイパースケーラーへと変化し、AIにおいても大きな存在感を放つようになりましたが、こうした企業が今後フィジカルAIやエンボディドAIへの展開を進め、AIロボティクス企業へと変貌するときが意外と近くに迫っているのかもしれません。

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