従来のVPNで見られたような「ネットワーク全体を信頼する前提で制御する」モデルは、拡張性やセキュリティの面で現代の働き方に合わなくなりつつあることをみなさんはご存じでしょうか。
在宅勤務やクラウド業務が当たり前になった今、「誰が、どこから、何にアクセスするか」を柔軟かつ安全に制御できる仕組みが求められています。そこで注目されているのが、「ZTNA(ゼロトラスト・ネットワークアクセス)」というアプローチです。
本記事では、従来のVPNでは解決できなかった問題の本質に迫り、ZTNAがなぜ現実的な打開策となるのかを、実務の視点から分かりやすく解説します。
サテライトオフィスや在宅勤務の活用、外部委託先との連携時など、ネットワークを利用する業務の「場所」や「関係者」はかつてないほど多様化しています。一方で、一部企業では出社回帰の動きも見られ、働き方のスタイル自体は企業ごとに揺り戻しを含みつつ再編されつつあります。
このような多様な働き方に共通して求められるのが、「いつでも・どこでも・誰でも、安全にアクセスできるIT基盤」の確立です。その前提条件として、多くの企業が長年にわたり活用してきたのが「VPN(Virtual Private Network)」です。現在も、VPNは依然として一般的なリモートアクセス手段の一つであり、信頼性の高いセキュリティ基盤として広く使われています。
ただし、接続端末の急増、クラウドサービスの常時利用、外部人材とのコラボレーションといった環境変化の中で、従来のVPN設計だけでは対応が難しい場面も増えてきました。VPNそのものが陳腐化しているわけではありませんが、その運用や構成には見直しの余地が生じています。
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VPNは本来、一時的なリモート接続や拠点間通信を安全に実現するための手段として設計されました。多くの企業では、社内ネットワークを「信頼された中心」として位置付け、外部からのアクセスを、VPNを通じて“社内に一度通す”という構成が採られています。
このモデルは、「社内は信頼できる」「社外はリスクがある」という“境界型セキュリティ”の思想に立脚しています。しかし、クラウドファーストの進展や、業務システムの外部提供化により、社外からのアクセスが前提となる今、この境界型セキュリティの思想は徐々に現実と乖離しつつあります。
VPNは多くのユースケースに対応できる柔軟な仕組みである一方、以下のような実務的な課題も表面化しています。
特にWeb会議やSaaSが常用される中、本社集約型構成では帯域が逼迫しやすくなっています。
クラウドへの通信も一度VPNを通す構成では、遠回りな経路が原因でレスポンスが悪化するケースもあります。
クライアントの設定、認証手順、証明書更新などがユーザーや情報システム部門の運用コストを押し上げています。
VPN接続不良の対応が情報システム部門に集中し、ほかの業務に影響をおよぼすほどの負荷となるケースも見られます。
VPNは「一度つなげば社内ネットワーク全体にアクセス可能」となるケースもあり、設定や運用に不備があると重大なセキュリティリスクにつながります。例えば、退職者アカウントの無効化漏れや、端末のセキュリティ状態をチェックしないまま接続を許可していると、内部ネットワークへの不正アクセスを許してしまう危険があります。
もちろん、こうした課題への対策としてスプリットトンネルやマイクロセグメンテーションなどの高度なVPN構成を導入する企業も増えています。VPN自体が時代遅れというわけではないものの、「アクセスの制御と可視化をどう設計するか」が、より重要な問いになりつつあるのです。
そんな状況下で新たな選択肢として注目されているのが 「ZTNA(ゼロトラスト・ネットワークアクセス) 」です。ZTNAは、VPNのように“ネットワーク単位”で信頼を置くのではなく、“アクセス単位”でユーザーや端末を検証し、都度、精査した上でのみ接続を許可する設計思想に基づいています。
次章では、ZTNAの基本的な考え方と、VPNとの違いや補完関係について、実務視点から詳しく解説していきます。
VPN構成の限界が顕在化する中で、アクセス制御の新たな選択肢として注目されているのが、「ZTNA(ゼロトラスト・ネットワークアクセス)」です。
ZTNAは、「ユーザーが社内ネットワークにアクセスできた時点で信頼する」従来の境界型モデルとは異なり、「社内外を問わず、すべてのアクセスを動的に検証する」ことを前提としています。
その具体的な特徴は以下の通りです。
社内外を問わず、すべてのアクセスを検証します。
ユーザーの本人確認、端末のセキュリティ状態、アクセス先アプリケーション、すべての明示が求められます。
ネットワーク全体ではなく、業務システムごとに許可・拒否を動的に判断します。
つまり、ZTNAは「ネットワーク全体へのアクセスを前提とする」のではなく、「必要なときに必要な範囲だけを精査の上で許可する」アーキテクチャなのです。
ZTNAとVPNはいずれも「外部からのアクセス」を前提にした仕組みですが、次のように設計思想には決定的な違いがあります。
VPNは「ネットワークを延長する」構成であり、接続後は社内システムへの広範なアクセスを前提とするケースも少なくありません。一方、ZTNAは「業務アプリケーションごとの通行証を与える」構成で、最小権限の原則を前提としたアクセス制御を可能にします。
重要なのは、ZTNAを「VPNの上位互換」や「万能ソリューション」と捉えるのではなく、それぞれが持つ特性や適用領域を正しく理解することです。
VPNはレガシーアプリやイントラ専用ネットワークとの互換性に優れており、部分的な導入や一部業務では引き続き有効です。
ZTNAはアクセスの粒度を最小化し、可視性と制御性を強化することができますが、すべてのシステムがZTNAに適合するわけではありません。
ZTNAはあくまで、「アクセス制御をより緻密に、動的に行うための新たな設計思想」による一手です。導入に際しては、現行のVPN環境や業務要件との兼ね合いを考慮しながら、補完的・段階的に展開していく視点が欠かせません。
ZTNAが注目を集めている最大の理由は、「何かを信頼した上で防御する」のではなく、「何も信頼せずにアクセスそのものを事前にふるいにかける」という防御思想の転換によります。
例えば、ZTNAの導入によって次のようなセキュリティ強化が期待されます。
つまり、ZTNAは「不正アクセスが発生したあとに被害を食い止める」のではなく、「不正アクセスそのものを起こさせない」ことでリスクを構造的に抑える仕組みとなっているのです。
実際にZTNAを導入すると、どのようなメリットが得られるのでしょうか。また、その一方でどのような制約や課題が伴うのでしょうか。
ここでは、利用者側/管理者側双方の観点からZTNAのメリットと、導入時に注意すべき現実的な要素を整理します。
従来のVPN利用では、多くのユーザーが「つなぐ」こと自体に手間を感じていました。
例えば、VPNクライアントの起動が必要であったり、多要素認証や証明書の更新エラーなどに戸惑ったりするケースも少なくありません。さらに、ネットワーク環境によっては接続が不安定になり、業務に支障をきたすこともありました。
ZTNAでは以下のような特徴により、こうした“接続にまつわるストレス”が大幅に軽減されます。
このようにZTNAは、利用者に“接続のストレス”を感じさせず、業務開始までのタイムロスを減らすと同時に、Web会議やSaaSの利用時におけるパフォーマンスの向上を実現します。結果として、日々の業務全体がスムーズに進むようになり、ユーザー体験の質そのものが底上げされるのです。
ZTNAは、エンドユーザーだけでなく、IT部門や情シス担当者にも大きな利点をもたらします。特に注目すべきは、「セキュリティの強化」と「運用管理の効率化」という一見相反する二つの課題を、同時に解決へと導ける点です。
従来のVPNでは、一度接続してしまえば社内ネットワークの広範囲にアクセスできる「フラットな権限構造」が一般的で、万が一不正アクセスが発生した場合、被害が拡大しやすい構成でした。また、利用状況の可視化が不十分なケースも多く、どのユーザーがどの端末から何にアクセスしたのかを詳細に把握するには限界がありました。
一方、ZTNAでは、ユーザーや端末、接続先アプリケーションなど、すべての通信を明確に記録・監視できます。アプリケーション単位でアクセスを制御できるため、「この業務システムだけ許可」「この端末からのみ接続可能」といった細やかなポリシー設定が可能です。
さらに、セキュリティ違反やマルウエアなどへの感染の兆候が検出された際には、即座に当該端末をブロックしたり、不正なアクセスを遮断したりするなど、リアルタイムでの対応も自動化できます。これにより、情シス部門が従来のように「VPNの接続不良対応に追われる」ことなく、本来注力すべき業務に時間を割けるようになります。
ZTNAは多くの利点を持つ一方で、導入すればすぐにすべての課題が解決する“万能の仕組み”というわけではありません。特に導入初期には、いくつかの技術的・運用的なハードルに直面することもあります。ここでは、現場で頻繁に見られる制約とその背景について整理します。
ZTNAは最新のクラウド型アーキテクチャとの相性は良いものの、イントラネット向けに構築された古いオンプレミスの業務アプリケーションに対しては、必ずしもスムーズに対応できるとは限りません。例えば、旧来のWebアプリがZTNAのプロキシやエージェントを介することで正常に動作しなくなるケースもあります。そうした環境ではVPNとの併用や、段階的なシステム更改を前提とした移行計画が必要になるでしょう。
ZTNAでは、ネットワーク単位ではなくアプリケーション単位でアクセスを制御するため、従来の「部署ごとにネットワークを許可する」といった設定に比べて、きめ細かいポリシー設計が求められます。特に、複数の業務システムを連携して使っている現場では、業務の流れを正しく把握した上での設計が必要となり、一定の工数と業務理解が不可欠です。
ZTNA単体では「アクセス制御」の部分しかカバーできません。ユーザーの認証にはIDaaS(Identity as a Service)、端末の状態把握にはEDRやMDM、通信のログ監視にはSIEMなど、ほかのセキュリティツールとの連携によって初めてZTNAの真価が発揮されます。そのため、既存のITセキュリティ環境との整合性や、統合運用を視野に入れた全体設計が求められます。
ZTNAは多くの場合、クラウドベースで提供されるサービスであり、その可用性はネットワーク環境に大きく依存します。万が一、ZTNAサービスやインターネットそのものに障害が発生した場合、業務に直接的な影響が出るリスクも否定できません。このため、回線の二重化やオフライン業務の代替手段、BCP(事業継続計画)としての設計もあわせて検討する必要があります。
ZTNA(ゼロトラスト・ネットワークアクセス)は、「VPNの全面的な代替」として導入されることもありますが、実際の企業現場では、段階的な移行が現実的なアプローチとなります。特に、レガシー資産の多い大企業や、ITリテラシーが部門ごとに異なる組織では、既存環境と併存しながらの導入設計が欠かせません。
ここでは、VPNからZTNAへと“無理なく、着実に”移行するための実務ステップを整理します。
ZTNA導入の前提は、「何に対してアクセスしているのか」を正しく把握することです。まずは以下の観点で、現状のVPN利用実態を可視化しましょう。
この棚卸作業により、「VPNを使わなくても済む業務」「ZTNAに優先移行すべき対象」が明確になります。
いきなり全社展開するのではなく、リスクや影響度の高い対象から限定的にZTNAを導入するのが定石です。
例えば、以下のような視点で、限定導入の候補を絞り込みましょう。
この段階では、PoC(概念実証)として導入を進めることで、検証と改善を並行して進められます。
ZTNAを導入する際の要となるのが、「ネットワーク単位の制御」から「アプリケーション単位の制御」へと発想を切り替えることです。これにより、業務に必要な最小限のアクセスだけを許可し、セキュリティと利便性を両立することが可能になります。具体的には、以下のような観点からアクセスポリシーを細かく設計していきます。
ユーザーの属性に応じて制御します。例えば、所属部門、役職、外部委託か社内社員かといった条件によってアクセス範囲を変えることができます。
端末のセキュリティ状態や接続元の情報を元に判断します。EDRやMDMとの連携による端末の健全性チェック、許可されたIPアドレスや地域(国)からのアクセスのみを許可する設定なども可能です
接続対象はアプリケーション単位、あるいはAPI単位まで細かく指定できます。特定の業務アプリだけ、あるいは管理者用APIのみといった制限も容易です。
時間帯や曜日、ログイン頻度、直前の操作履歴などを条件に、アクセスの可否や追加認証を動的に判断することができます。
このように、ZTNAでは「誰が・どこから・何に・どのような状況でアクセスするのか」を細かく定義し、それに応じた動的で柔軟なアクセスポリシーを構築することが設計の要となります
ZTNAは「単体で活用する」のではなく、複数のセキュリティ基盤と統合して初めて効果を発揮します。特に連携が求められるのは以下の領域です。
これらとZTNAを接続することで、「本人かつ安全な端末で、正当なアプリにのみアクセスを許可」というゼロトラストの原則に基づいた運用が可能になります。
PoC(概念実証)や一部部門での限定展開がうまくいったら、次はZTNAのポリシーを全社的な標準ルールとして定着させていくフェーズに入ります。
まず重要なのは、ZTNAの仕組みや運用ルールを正式な社内規程に反映させることです。例えば、社内のITガイドラインやセキュリティポリシーにZTNAの考え方や接続基準を明記し、企業全体で統一された対応を可能にします。
あわせて、ユーザーが迷わず利用できるように接続手順やトラブル対応をまとめた運用マニュアルも整備しましょう。SSOやブラウザ経由での接続といった新しい操作体系に慣れてもらうためにも、教育・周知の工夫が必要です。
さらに、運用を安定化させるためには、異常アクセスやポリシー違反が発生した際に自動的に通知・対応できる仕組みも欠かせません。アラート通知と対応フローの整備により、管理者が迅速にリスクへ対処できる体制が構築されます。
また、全社展開の際には、すべての部門に同一のルールを適用するのではなく、部門ごとの業務内容やセキュリティ要件に応じてテンプレート化されたポリシーを用意すると、運用の効率と柔軟性の両立が図れます。
このように、ZTNAを全社に根付かせるには、技術的な導入に加え、運用ルールの明文化・仕組み化・ユーザー教育といった“人と組織”へのアプローチが不可欠です。ルールをルールとして終わらせず、日常業務に自然に組み込まれるようにすることが、ZTNA導入の真の成功につながります。
導入・移行フェーズを経たあと、ZTNAを“仕組みとして根付かせる”には、運用の最適化とほかのシステムとの連携、そして組織全体での意識変革が欠かせません。
最後に、ZTNAを企業の「新しい当たり前」にするための中長期的な視点とアクションを解説します。
ZTNAの導入により、セキュリティ制御の中心軸はネットワーク境界から、ユーザーIDと端末の状態へと移行します。
これは、次のような管理方針の転換を意味します。
この「ID中心のセキュリティ設計」こそが、ゼロトラストの本質です。ZTNAはこの原則を実現する上で、運用可能な現実解として位置付けられます。
ZTNA単体では、アプリケーション単位のアクセス制御が中心ですが、さらに広範な統制を目指す場合はSASE(Secure Access Service Edge)との統合が視野に入ります。
SASEは、ネットワーク制御(SD-WAN)とセキュリティ機能(SWG、CASB、ZTNAなど)をクラウドベースで統合した概念であり、ZTNAはその重要な構成要素です。
この統合により実現されるのが以下のような機能です。
こうした構成を通じて、ZTNAは企業ITの“アクセスポリシー”としてだけでなく、IT基盤全体の中核インフラとして機能し始めます。
ZTNAはセキュリティを強化する技術ですが、ユーザーにとって「快適かどうか」も導入効果を左右する大きな要素です。
このように、ZTNAは「使いやすくて、安全なアクセス」を現実的に実現できる仕組みとして評価されつつあります。情シス部門としても、単にセキュリティ強度を高めるだけでなく、ユーザー満足度の高い“体験”として提供する視点が求められます。
ZTNAの技術導入が完了しても、社内のセキュリティ意識が従来の「境界型モデル」に留まっていては、効果は限定的です。以下のような意識のアップデートを導入し、情報共有やセキュリティ教育に務めましょう。
こうした意識を全社的に根付かせるためには、単なる技術導入ではなく、情シスやセキュリティ部門がその背景・目的を“見える化”し、日常的に発信していくことが重要です。 あわせて、社員向けの研修やマニュアルの整備、実際の運用と連動した教育施策などを通じて、「ゼロトラストとは何か」を自分ごととして理解してもらう工夫が求められます。
ZTNAは、導入して終わりではありません。“仕組み”と“意識”の両輪で進めてこそ、ゼロトラストは組織文化として定着していくのです。
ZTNAのVPNとの違いや意義、導入・運用のポイントについて解説しました。
ZTNAは、ただの新しいセキュリティツールではありません。リモート接続をはじめとする「働き方の変化」に合わせて、“企業の信頼と接続の構造”を根本から見直す仕組みです。
今後ますます進むハイブリッドワーク、SaaS活用、外部人材との協業──こうした変化の中で、ZTNAは「企業アクセスの新常識」として不可欠な存在となっていくでしょう。