企業が生成AIを業務に活かすカギは、データ収集から前処理、モデル学習、推論までを効率化する「AIパイプライン」の構築にあります。
本記事では、その仕組みやなぜ必要なのか、MLOpsとの関連性などの基本を解説。さらに、導入時の課題とその解決策を具体例とともにご紹介し、実践的な知見をご提供します。
組織でAI導入を進めなければならない情報システム部門の方は、ぜひご一読ください。
AIパイプラインとは、機械学習モデルの開発・運用におけるデータ収集・前処理・モデル学習・評価・推論・監視/改善といった一連のプロセスを自動化・効率化するシステムのことで、具体的には、以下の6ステップで構成されます。
近年、AI(人工知能)の活用が進み、多くの企業が業務の効率化や新たな価値創出を目指して導入を進めています。しかし、AIの実運用に伴うのが、「モデルを作るだけでは不十分」という問題です。なぜなら、機械学習モデルは、一度学習させて導入すれば終わりではなく、データの変化や業務要件の変動に応じて継続的にデータを収集し、適切に前処理を行い、定期的にモデルを更新しなければならないからです。
こうしたプロセスを自動化し、統合的に管理する仕組みが「AIパイプライン」です。
AIパイプラインの構築において重要なのが、MLOps(Machine Learning Operations)の概念です。MLOpsとは、機械学習モデルの開発から運用、保守までのライフサイクル全体を継続的に管理する手法のことを指します。AIパイプラインとMLOpsは密接に関連しておりMLOpsを導入することは、以下のようにAIパイプラインの構築に寄与します。
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AIパイプラインの構築をどのように進め、そこでどのような自動化技術が用いられているのか。
ここでは、具体的な5ステップで、分かりやすくポイントを押さえつつ解説します。
AIがどれだけ正確に予測できるかは、AIに覚えさせるデータの「質」に大きく左右されます。質の良いデータとは、正確で、漏れがなく、偏りのないデータと定義されます。手作業でデータを集めると、どうしても偏り(例えば、特定の年齢層のデータばかり集まる)や抜け漏れ(例えば、データが一部足りない)が起こりやすくなります。
そこで、データの収集を「自動化」することが大切です。そこで用いられるのが、リアルタイムでデータを収集する「データストリーミング」や、データをまとめて効率よく処理する「データパイプライン」といった技術です。
・データストリーミング
Apache Kafka、Apache Flink、Amazon Kinesis
・データパイプライン
Apache Airflow、AWS Glue、Google Dataflow
集めたデータをそのままAIに渡すと、ノイズや欠損値のせいで、AIの予測精度に影響がおよぶことは少なくありません。そこで、データをきれいにする「データクレンジング」やデータを揃える「正規化」、新たな情報を加える「特徴量エンジニアリング」といったプロセスが必要になります。
・データクレンジング
Pandas(Pythonライブラリ)、OpenRefine、Trifacta Wrangler
・データの正規化
scikit-learn(Pythonライブラリ)、Alteryx、AWS Glue DataBrew
・特徴量エンジニアリング
Featuretools(Pythonライブラリ)、Feast(Feature Store)
AI(機械学習モデル)の精度を高めるには、細かい設定(ハイパーパラメータ)を調整したり、どの方法(アルゴリズム)を使うかを選んだりする必要があります。そこで、「AutoML」や「ハイパーパラメータ最適化」の技術を活用することで、モデルの選択、学習、チューニングを自動化し、最適なパフォーマンスを発揮できるようになります。
・AutoML
Google AutoML、AWS SageMaker Autopilot、Microsoft Azure AutoML
・ハイパーパラメータ最適化
Optuna、Hyperopt(Pythonライブラリ)、Ray Tune
AIが学習を終えたら、いよいよデプロイのステップに入ります。ここでAIパイプラインを構築するために重要なのが、「API」を用いて実際のサービスと連携し、「コンテナ化」を通して環境を整え、「クラウド」を活用してインフラ管理の手間を減らし、スケーラブルで効率的な仕組みを整えるということです。
・API
TensorFlow Serving、TorchServe、FastAPI
・コンテナ化
Docker、Kubernetes、Kubeflow
・クラウド
AWS SageMaker Endpoint、Google Cloud AI Platform Prediction、Azure Machine Learning
前述の通り、AIは現場に導入したらそれで完成するわけではありません。時間が経つと、データが変わったり(例えば、ユーザーの好みが変わる)、AIの予測が少しずつズレてきたりします。これは、「データドリフト」や「モデルドリフト」と呼ばれる現象です。そこで、「モデルの監視」や「自動リトレーニング(再学習)」を行う仕組みを整えることが重要となるのです。
・モデルの監視
Evidently AI、Deepchecks、Prometheus + Grafana
・自動リトレーニング(再学習)
Kubeflow Pipelines、DataRobot MLOps
データセキュリティ、公平性の確保、現場の巻き込みなど、実際のAIパイプライン構築においてはさまざまな課題が発生します。ここではよくある4つの課題について取り上げ、それぞれの内容と対処法について解説します。
AIの活用には大量のデータが必要ですが、個人情報や機密情報の取り扱いには慎重な対応が求められます。適切な対策を講じなければ、データ漏えいやそれに起因する大幅な損失の可能性も生じます。
この課題を解決するには、データの匿名化やマスキングを導入し、個人情報を直接扱わない仕組みを構築することが重要です。例えば、あえてノイズを加える「差分プライバシー」を活用すれば、統計的な特徴を維持しつつ、個人データを保護できます。また、データの暗号化を徹底し、アクセス権限の適切な管理を行うことも当然不可欠です。さらに、データの処理履歴を監査できる「ログ管理システム」を導入することも、効果的な対策といえるでしょう。
AIモデルは学習データに依存するため、データに偏りがあると、公平性や正確性を欠いた意思決定につながります。AIパイプラインにおいても、データ収集、前処理、特徴量エンジニアリング、モデル選択、パラメータ調整などの各ステップで、意図せずバイアスが増幅されることがあります。
この問題を防ぐにはまず、データ収集の段階から多様性を確保し、特定の属性に偏らないデータセットを用意することが重要です。さらに、Fairness Indicators(Google)やAIF360(IBM)などのツールを活用し、モデルの出力結果を定期的に分析することで、バイアスを検出・修正できます。
AIがどのように判断を下しているのかが不透明だと、ユーザーや意思決定者の信頼を得られません。現場を巻き込めなければ、組織全体でのAI活用が進まず、高度なモデルを開発しても宝の持ち腐れとなってしまいます。
この課題を解決するには、説明可能な AI(XAI)をベースとし、AIの判断の根拠を可視化することが重要です。例えばSHAPやLIMEといった手法を用いると、AIの予測に影響を与えた要因を分析できます。また、AIの意思決定プロセスを可視化したダッシュボードを提供し、結果を直感的に理解できる形で提示すると、透明性と信頼性が向上します。
ディープラーニングなどの高度なAIモデルは、学習や推論に膨大な計算リソースを必要とし、クラウド利用コストや環境負荷が高くなります。特にAIパイプラインでは、データの前処理、特徴量エンジニアリング、モデルの訓練、ハイパーパラメータの最適化、推論の実行など、複数のステップがあり、それぞれが計算資源を消費します。
この課題を解決するには、モデルの軽量化と計算効率の向上が不可欠です。例えば、蒸留学習(Knowledge Distillation)を活用すれば、精度を維持しながら軽量なモデルを作成できます。また、GoogleのTPUやNVIDIAの低消費電力GPUを活用することで、消費電力を抑えつつ処理能力を確保しやすくなります。さらに、クラウドのスポットインスタンスを活用し、余剰リソースを低コストで利用することで、電力消費と運用コストの削減の両方を実現できます。
組織としてAIを戦略的に活用していくにあたって、AIパイプラインの構築はベースとなるプロセスです。適切に構築されたAIパイプラインは、業務効率化だけでなく、コスト削減や新たなアイデア創出などさまざまなメリットを生み出す可能性があります。
その導入・構築にあたって乗り越えるべき壁は数多くありますが、段階的なアプローチと適切な対策を講じることで、成功させることは不可能ではありません。本記事を参考に、導入のステップを着実に進めていきましょう。