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自動車業界を中心に「モデルベース開発(MBD)」が注目を集める理由

レンテックインサイト編集部

自動車や航空・宇宙開発の分野を中心に注目を集め、ものづくり業界での重要性を広げている「モデルベース開発(MBD)」。その概念やメリット・デメリットについて皆さんはご存じでしょうか?
大量生産と個別設計を同時に実現するマス・カスタマイゼーションの必要性が叫ばれる昨今、モデルベース開発はますますものづくり業界における存在感を高めていくでしょう。
本記事ではモデルベース開発の基本概念やメリット・デメリットをわかりやすくおさらいしたうえで、現在MBDを取り巻く状況についても解説いたします。

モデルベース開発とは

まずは「モデルベース開発」の定義から押さえましょう。
モデルベース開発(MBD=Model Based Development)とは、“コンピューター上で数式によって再現した「モデル」を用いることで、複雑な組込みシステム開発の効率化・短時間化を図る開発手法”を意味します。
テキストやフローチャートで作成された紙の仕様書をよりどころに妥当性を検証し、コーディングを経てはじめてハードウエアでの検証が可能になるのが、従来の開発手法です。一方でモデルベース開発はMATLAB/Simulinkといったソフトウエアを用いて仮想環境で現実と同様のモデル(“動く仕様書”などとも言われる)を作成し、モデルに対してシミュレーションを行いながら、開発と検証を同時並行的に進めることができます。

ここまで読んで「要するにCAE(Computer Aided Engineering)のことなんじゃないの?」と感じた方もいらっしゃるでしょう。モデルベース開発は確かにコンピューター上で検証を行うという点でCAEと似た概念ではありますが、振動・運動・温度などの個別の環境下でのシミュレーションを行うCAEに対し、「モデル」の活用による制御や動作、製品の妥当性の検証に焦点があたっているという点で区別できます。 コンピューター上で物理システムを再現し現実へフィードバックするという意味で、モデルベース開発は昨今注目を集めるCPSやデジタルツインとも関わりの深い概念です。

モデルベース開発の浸透が進んでいることで知られるのが自動車業界です。エンジン制御や排出ガス規制への対応、ADAS(先進運転支援システム)など、時代を追うごとに大規模化・複雑化するシステムや多様化する市場ニーズに応えるため、1990年代後半から、モデルベース開発の導入が進められてきた歴史があります。システムの大規模化・複雑化や市場ニーズの多様化はものづくり業界全般に当てはまる傾向です。そのため、産業用ロボットや医療機器、エネルギー・システムなどさまざまな分野でモデルベース開発は普及していく流れにあります。

モデルベース開発のメリット

モデルベース開発のメリットを詳しく見ていきましょう。

メリット1:早期にシミュレーションが行える

システムの実行結果を、コーディングやプロトタイプの作成といった手順を経ずに、シミュレーションできるのがモデルベース開発の最大のメリットです。仕様書の段階で妥当性(そのシステムが本当にステークホルダーのニーズを満たすことができるのか)や正常に動作するのかを検証し、ハードウエアに組み込む段階での品質を大幅に向上させることができます。また、意図的にハードウエアに欠陥を加えた場合など、より自由度の高い検証が行いやすくなります。

メリット2: 開発スピードが速まる

早期にシミュレーションを繰り返し、プロトタイピングの段階における手戻り・エラーを削減することで、開発スピードを速められるのがモデルベース開発の二つ目のメリットです。従来の紙の仕様書ベースの開発ではハードウエアの完成を待って初めて実際の動作の検証が行えましたが、モデルベース開発ではその必要はありません。資産化したモデルを再利用すれば、さらなる効率向上が期待できます。

メリット3:モデルが資産となる

作成したモデルは今後の開発ならびに技術継承に使える企業の資産となります。もちろん、従来の開発でもソフトウエアの資産化は重視されてきましたが、モデルには仕様書としての機能や動作の検証機能がセットになっているため、コードの解読・再利用にかかる手間が大幅に削減されます。

モデルベース開発のデメリット

モデルベース開発にもデメリットは存在します。その点も押さえておきましょう。

デメリット1:技術の習得に時間と手間がかかる

モデルベース開発の経験がない方が技術を習得するにはそれなりの時間と手間がかかります。特に制御対象となるハードウエアの挙動モデル(プラントモデル)の制作はそれまで必要なかったため、最初は戸惑う方が多いでしょう。モデルベース開発に本気で取り組むなら、教育・研修制度の構築や人員体制の見直しが不可欠といえます。

デメリット2:プログラム作成までの工数は増える

モデルベース開発は、いわば従来のV字モデル(ソフトウエア開発の流れをV字で可視化したモデル)の右側に位置する検証や適合・評価の段階を先に持ってきた開発手法です。プログラミング・ハードウエアへの組み込み後しかできなかった工程を先に進められるという意味で効率化が進んでいるのですが、その分実際にコードを生成するまでの工数は増えます。

現在の課題はモデルの流通・活用

モデルベース開発は経済産業省が設置した「自動車産業におけるモデル利用のあり方に関する研究会」主導のプロジェクト「SURIAWASE2.0」にて自動車業界全体での“モデルの流通”が奨励されています。その背景にあるのは、これまで重要性が認知されつつも大手企業以外での普及が進まない、企業ごとに独自の手法がとられているため横の連携が取りにくいといった欠点を解消し、産学間で一体となってモデルを共用できる資産とするという考えです。職人の工夫によって製品の本来の性能を発揮させてきた日本特有の「すりあわせ」の可能性をデジタル技術でアップデートするという意味が「SURIAWASE2.0」には込められています。

組込みシステム開発の可能性を大幅に高めるMBD

モデルベース開発(MBD)の概念やメリット・デメリットについて解説いたしました。組込みシステム開発の自由度を大幅に高める可能性があることが皆さんにも伝わったのではないでしょうか。モデルの作成には技術が必要ですが、近年はIoTや機械学習の活用により高精度化・容易化を進めようという流れもあります。「SURIAWASE2.0」を実現できる日を目指して体制の構築を進めましょう。

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