エッジAIとは、クラウドを介さずにデバイス上でAI処理を実行する技術であり、リアルタイム性の向上や通信コストの削減、プライバシー保護といったメリットがあります。従来のAIはクラウド上でデータを処理することが一般的でしたが、近年では端末側での処理能力が向上し、エッジAIの活用が急速に拡大しています。本記事では、エッジAI市場の動向や主要分野での活用事例、最新の技術トレンドについて解説します。
近年はエッジ環境でのデータ処理が増えている傾向で、エッジAI市場は急速に成長しています。今後もこの傾向は続き、市場規模はさらに拡大すると見込まれています。
Fortune Business Insightsの調査によると、2024年の市場規模は270億1000万ドルですが、2032年には2698億2000万ドルへと成長すると予測されています。年平均成長率は33.3%と非常に高く、エッジAIの導入が加速していく見込みです。
この成長には、企業のデータ処理の変化が大きく影響しています。SlashDataの調査によると、2018年時点では企業が生成するデータの90%がクラウドやデータセンターで処理されていました。しかし、2025年には75%のデータが工場、病院、小売店舗などのエッジ環境で生成、処理されると予測されており、今後さらにエッジAIの需要が高まると考えられます。
エッジAI市場では、大手半導体メーカーと新興スタートアップが競争を繰り広げています。主要な企業としては、NVIDIA、Intel、AMD、Qualcommといったグローバル企業に加え、日本発のEdgeCortixやイスラエルのHailoなどのスタートアップが存在します。
EdgeCortixは、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)から40億円の助成金を受け、次世代5G向けの電力効率を高めたAI半導体を開発しています。同社が開発中の「SAKURA-X」は、チップレット集積型の半導体であり、従来のAI-RAN向け半導体と比べて計算効率を5倍以上向上させることを目指しています。こうした技術革新により、エッジAIの性能向上と消費電力の削減が進んでいます。
自動車業界では即時処理を可能とするためエッジAIの必要性が高まっています。また、スマートファクトリーの分野では、生産ライン上での異常検知による品質向上が求められています。
自動運転技術の進展に伴い、自動車業界におけるエッジAIの活用が加速しています。自動運転車は、リアルタイムで道路状況や周囲の環境を認識し、瞬時に判断を下す必要があるため、クラウド処理ではなくエッジAIによる即時処理が求められます。
2024年3月には、中国の自動運転企業WeRideとLenovoが共同でレベル4の自動運転技術を開発するためのパートナーシップを締結しました。この開発には、生成AIとトランスフォーマー技術に対応した自動運転向けのエッジAIソリューション「NVIDIA DRIVE Thor」プラットフォームが活用されており、エッジデバイス上での高度なAI処理を実現しています。
製造業では、エッジAIの導入により、設備の異常検知や品質管理の自動化、生産ラインの最適化が進められています。例えば、エッジAI搭載の監視カメラを活用することで、リアルタイムで製品の不良を検出し、不良品の発生を未然に防ぐことが可能です。
また、エッジAIを活用した予知保全技術では、設備の稼働データを解析し、故障の兆候を事前に察知することで、ダウンタイムの削減が期待されています。これにより、生産性の向上とコスト削減が同時に実現され、スマートファクトリーの推進に貢献します。
近年は、低スペックのマイコンでも動作するAIモデルを構築できる技術の進化が進んでいます。それに加えて、エッジAIと生成AIを組み合わせた技術の活用も広がっています。
エッジAIの発展に伴い、新たな計算手法として「リザバーコンピューティング」が注目されています。リザバーコンピューティングは、従来のディープラーニングと比較して学習時に調整するパラメータ数が少なく、高速かつ省電力でAIモデルを構築できる技術です。
この技術を活用すれば、マイコンなど処理能力の低いデバイス上でも効率的にAIを動作できるようになります。例えば、日本のスタートアップQuantumCoreは、リザバーコンピューティングを活用した異常検知デバイスを開発しました。このデバイスは加速度センサーを搭載しており、わずか20秒間の学習で機械の異常振動を検知できます。リザバーコンピューティングによって、従来のAIではコストや消費電力の面で導入が難しかった場面での利用が期待されています。
近年、生成AIの進化が著しく、エッジAIとの組み合わせにより新たな可能性が広がっています。生成AIモデルの軽量化が進み、これまでクラウドでしか実行できなかった高度なAI機能が、エッジデバイス上でも利用できるようになりつつあります。
例えば、Googleが開発した小型言語モデル「Gemma 2 2B」は、パラメータ数が20億と小型ながら、GPT-3.5と同等以上の性能を発揮します。また、イスラエルのHailoが開発した「Hailo-10H M.2 Generative AI Acceleration Module」は、エッジデバイス上で「Llama 2 7B」のような高度な生成AIモデルを動作させることが可能です。
このような技術の進化により、エッジAIは単なるデータ処理だけでなく、コンテンツ生成のような新たな分野にも応用されることが期待されています。
エッジAI市場は、今後も高い成長率を維持し、さまざまな分野への応用が進むことが予想されます。データ解析だけでなく、生成AIとの融合により、より高度な推論やコンテンツ生成が可能になりつつあります。エッジAIの活用を検討している方は、自社の課題にどのように適用できるかを考え、最新の技術動向をチェックしてみてはいかがでしょうか。