サイバーセキュリティにおいて防御だけでなく、監視や検知を重視するゼロトラストが前提となる現代において、「ログ管理」の仕組みを戦略的に整えることは避けては通れない課題です。また、DXの進展に伴うITシステムの複雑化やサイバー攻撃の増加、データ保護やITガバナンスに対する意識の高まりも、その風潮を後押ししています。
この記事では「保存ポリシーの設定方法」「保存されるログの種類」「「集中型ログ管理」と「分散型ログ管理」など具体的なログ管理の考え方」、「AIを利用した最新手法」など現代の情報システム担当者が知っておくべきログ管理の基礎知識についてご紹介します。
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効果的なログ管理を行うためには、適切な保存ポリシーの設定が重要です。保存ポリシーとは、収集したログデータをどのように保存し、どれくらいの期間保持するかを定めた規則です。これを明確に定義することで、コンプライアンスの遵守やデータ管理効率の向上、さらにはコスト最適化の実現につながります。
1.保存期間の設定
保存期間は、業界規制や法的要件を満たすための重要なポイントです。例えば、PCI DSS(Payment Card Industry Data Security Standard)では最低1年間のログ保持を求め、GDPR(General Data Protection Regulation)においてはデータの保持期間を必要最小限に抑えることが推奨されています。また、一部の規制では、直近3カ月分のログを即時アクセス可能な状態で保持する必要がある場合もあります。これらの規制に準拠することが基本となりますが、業務の特性やリスク評価に基づき、適切な保持期間を設定することも重要です。
2.保存先の選定
保存するデータの種類や機密性に応じて、適切な保存先を選定します。信頼性とスケーラビリティの観点から、クラウドストレージやオンプレミスのストレージを組み合わせるハイブリッド構成が有効です。また、クラウドストレージはデータ耐久性が高く、アクセス制御が容易であるため、特に大規模な環境では優れた選択肢となります。
3.データ暗号化とセキュリティ対策
保存時にログデータを暗号化することで、改ざんや不正アクセスのリスクを低減できます。暗号化は保存中だけでなく、データ転送中にも適用する必要があります。また、ストレージのアクセス権限を適切に管理し、ログデータへのアクセスを認可されたユーザーに限定することも重要です。
保存ポリシー設定の手順を5ステップで解説します。
1.ログの分類と重要度の評価
保存対象となるログをカテゴリごとに分類し、それぞれの重要度を評価します。例えば、セキュリティ関連のログ(ファイアウォールや侵入検知システムのログ)は保存期間を長く設定し、システムパフォーマンスのモニタリングログは短期間でアーカイブする、といった戦略が考えられます。それぞれの重要度に応じた保存期間を設定することで、運用負荷やコストを軽減でき、ログ管理の効率化とリソースの最適化が実現可能になります。
2.保存期間の明確化
各カテゴリのログについて保存期間を設定します。短期保存(3~6カ月など)は高速ストレージに、長期保存(1~7年など)はコスト効率の良いアーカイブストレージに分けるなどの設定が推奨されます。
3.ストレージ戦略の策定
高速ストレージ(SSDなど)とアーカイブストレージ(クラウドや非構造データを格納するオブジェクトストレージ)を併用することで、保存コストとパフォーマンスのバランスを取ります。
4.バックアップと冗長化の実施
データ消失を防ぐために、重要なログデータを複数のストレージにバックアップし、地理的に分散させることが推奨されます。
5.ポリシーの文書化と教育
保存ポリシーを文書化し、関係者全員が理解できるように周知します。また、定期的なトレーニングを通じて、ポリシーの重要性を企業全体で共有することが重要です。
保存ポリシーの策定は、単なるデータ管理の一環ではなく、組織全体のリスク管理や運用効率向上のための戦略的な取り組みとして位置付けるべきです。これにより、より安全で効率的なログ管理体制を構築することが可能となります。
ログ管理における保存ポリシーの設定について押さえましたが、そもそも企業は具体的にどのような「ログ(IT利用におけるイベントや操作の記録)」を保存すべきなのでしょうか。
一般に、ITシステムやネットワークで収集、保存、分析、監視される「ログ」には、例えば下記のような情報が含まれます。
誰が、いつ、どの端末からシステムにログインしたのかの記録。不正アクセスや異常なログイン試行の兆候を把握できます。
特定のデータやファイルに対して、誰がどのような操作を行ったかの記録。重要な情報資産の保護や、不正利用の発見に役立ちます。
システムやアプリケーションで発生したエラーや障害に関する記録。問題の早期発見と解決をサポートします。
ネットワークを通じたデータの移動に関する記録。特定のデータがどのIPアドレスを経由して送信されたかなど、通信内容の管理とトラブルシューティングに活用されます。
サーバーやOSの動作履歴、CPU使用率、メモリ利用状況などの記録。システムの健全性をモニタリングし、パフォーマンスの問題を特定できます。
システムのユーザー権限の変更に関する記録。誤設定や権限の不正操作を追跡できます。
ファイアウォールやアンチウイルスソフトウエアが検出した不審なアクセスや攻撃の記録。攻撃パターンの分析や脅威の未然防止に役立ちます。
特定のソフトウエアやサービスに関連する動作やエラーの記録。アプリケーションの開発や運用で、障害対応やパフォーマンス改善の基礎情報となります。
ログ管理は、IT環境のセキュリティを強化し、システム運用を効率化するための重要なプロセスです。その役割は企業の規模や業種を問わず、ますます重要性を増しています。
ログ管理の設計には、「集中型ログ管理」と「分散型ログ管理」という二つの基本的なアプローチがあります。それぞれ特徴やメリット・デメリットがあり、組織の規模、目的、セキュリティ要件によって最適な選択が異なります。
集中型ログ管理とは、各システムやアプリケーションから収集したログを一カ所に統合し、中央のプラットフォームで管理・分析を行う方法です。
集中型ログ管理では、ネットワーク全体から収集されたログデータを中央のログサーバーまたはクラウドプラットフォームに集約します。その後、統合されたデータを基に分析、監視、アラートの発行を行います。この方式には、専用ツール(Splunk、Elastic Stack、Graylog…etc.)が利用されます。
・一元化されたデータ分析
すべてのログが一つのプラットフォームに集約されているため、全体像の把握や相関分析が容易です。例えば、セキュリティインシデントの原因追及において、複数システム間のイベントを迅速に関連付けることができます。
・コンプライアンス対応を効率化
集中型ログ管理では、規制遵守のためのログ保存やレポート作成が効率的に行いやすいです。そのため、法規制に基づく保存期間の設定や監査要件を満たすことが比較的簡単といえます。
・セキュリティ管理が容易に
ログデータの収集と保存を一元的に管理することで、改ざんや漏洩のリスクを軽減可能です。また、統一されたアクセス制御を適用できます。
・初期投資と管理コストの増大
集中型システムの構築と運用には、高性能なハードウエアやソフトウエア、さらに高度な技術スキルが必要であるため、コストがかかります。
・単一障害点のリスク
ログデータがすべて中央に集約されるため、システム障害が発生すると全体の運用に影響を与える可能性があります。
分散型ログ管理は、各システムやアプリケーションが個別にログデータを保持し、それぞれのシステムで管理・分析を行う方法です。この方法は、個々のユニットが独立して機能するという点で集中型とは異なります。
分散型ログ管理では、ログデータが各システム内またはローカルな環境に保存されます。必要に応じて部分的に統合されたり、専用の分析ツール(Fluentd、Elastic Stack (ELK Stack)…etc.)が使用されたりしますが、基本的に管理は分散されています。
・柔軟性と独立性
各システムが個別にログを管理するため、システム構成の柔軟性が高く、それぞれに独立した運用も可能です。
・リソース効率の高さ
ローカル環境で処理が行われるため、中央サーバーの負荷が軽減されます。小規模な環境ではコストパフォーマンスが良い方法です。
・可用性の向上
ログデータが分散しているため、あるシステムがダウンしてもほかのシステムのログデータは影響を受けません。
・全体的な視点が不足
分散型では、複数システムにまたがるイベントの関連付けや分析が難しくなるため、セキュリティやパフォーマンスの包括的な把握が困難です。
・管理の複雑化
各システムで個別にログ管理を行うため、全体の管理プロセスが煩雑になり、運用の負荷が増加する可能性があります。
集中型ログ管理と分散型ログ管理のどちらを採用するかは、組織の規模、目的、セキュリティ要件、予算など、複数の要因によって異なります。
集中型ログ管理は大企業などセキュリティ状況やパフォーマンスを一元的に監視する必要がある組織や、厳格なコンプライアンス要件が適用されるケース、また高いセキュリティ性が求められる場合に適していると言われます。一方、分散型ログ管理は小規模組織や特定のプロジェクトに限定した運用や分散型アーキテクチャを採用している組織、コスト最適化を図りたい場合などに有効と考えられます。
集中型と分散型のどちらかに限定するのではなく、両方の特性を組み合わせたハイブリッド型アプローチも有効な選択肢です。例えばセキュリティ関連やコンプライアンス対応が必要なログは集中型で管理し、システムパフォーマンスの監視やデバッグ用ログは分散管理する、分散型のクラウド環境でログを収集し、重要なデータだけをオンプレミスのシステムに統合して管理するなどの選択肢が考えられます。
近年飛躍的に進化・普及が進んでいるAIや機械学習の技術は、ログ管理にも応用されています。膨大なログデータを短時間で分析し、異常検知やパフォーマンスの最適化を実現するAIは、従来の手法では対応が難しかった課題の解決に大きく貢献しています。例えば、以下の例をご覧ください。
AIは、膨大な量のログデータをリアルタイムで分析し、通常のパターンから逸脱した異常な挙動を迅速に検知します。例えば、不正アクセスの兆候や予期しないエラーログが発生した場合、即座にアラートを発行します。これにより、攻撃が発生する前の段階で対策を講じることが可能になります。
AIが過去のデータを学習し、今後発生する可能性のあるトラブルやセキュリティリスクを予測します。これにより、潜在的な問題を未然に防ぎ、システムダウンやデータ漏洩などのリスクを低減できます。
AIは、異なるシステム間のログデータを関連付けて分析することができます。これにより、複数のログにまたがるイベントの因果関係を明らかにし、根本原因の特定を効率的に行えます。
こうしたAIによる高度なログ管理は、Splunk、Elastic Stack、LogRhythmなど、数多くのログ管理ツールにも取り入れられています。AIを利用したログ管理にはAIモデルのトレーニングに必要な適切なデータセットの用意、導入後の継続的なチューニング、誤検知や過検知のリスクなどに対処するための運用体制の整備が不可欠です。
そのため、一定のコストや労力は不可欠となりますが、より効率的で精度の高いログ管理が可能になる未来が期待されています。
現代のITガバナンス/セキュリティにおいて押さえるべきログ管理の基礎知識について4つのパートでご紹介しました。ログ管理はIT環境のセキュリティ強化やコンプライアンス対応に必須であるのみならず、システム運用を効率化するための重要なプロセスでもあります。システムの分散化やAIの発展を背景に、その役割は企業の規模や業種を問わず、ますます重要性を増していくでしょう。