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新たな分岐点を迎える米国

レンテックインサイト編集部

新たな分岐点を迎える米国

 2022年8月に制定されたCHIPS法によって、大規模な半導体関連投資が数多く進む米国。CHIPS法は米国国内での半導体関連の製造や研究を支援する施策で、総予算額は約527億ドルという米国のみならず世界的にも巨額の半導体産業への支援策です。米バイデン前大統領も「米国が半導体を発明し、かつては世界のチップの40%近くを製造していましたが、現在は10%程度となり、最先端のチップは皆無に等しい。私はこの状況を変えようと決意し、以来その約束を実現して、半導体への民間投資を約4500億ドル、12万5000人以上の建設・製造雇用を創出し、国家と経済の安全保障を強化するために重要な技術へ再投資してきた」という声明を出していました。

 CHIPS法の発表後、関連各社からさまざまな申請が行われ、認定には時間を要していました。その後、2024年に入り、認定プロジェクトが次々と発表され、TSMC、インテル、サムスン電子、テキサス・インスツルメンツ、SKハイニックス、マイクロン、グローバルファウンドリーズ、アムコー、ウルフスピード、ヘムロック、インテグリス、BAEシステムズなどのプロジェクトがCHIPS法の助成対象となりました。

 半導体投資のプロジェクトを州別に見ると、アリゾナ州が多いことが見てとれます。フェニックス地域では、TSMCが工場を建設しており、第1棟(4nm世代で月産2万枚の生産ラインを予定)が2025年1月ごろから稼働予定。第2棟(3nm世代および次世代のナノシートトランジスタを備えた最先端の2nm世代の生産ラインを予定)の建設も進んでおり、2028年の生産開始を予定しています。また、第3棟(2nm世代およびそれ以降の生産ラインを予定)も計画しており、2030年までの生産開始を目指しています。これら3棟への投資額は650億ドル以上を予定しており、2024年11月にはCHIPS法に基づき最大66億ドルが支給されることが確定しました。

 OSAT大手のアムコーも、アリゾナ州ピオリアにおいて先端パッケージング工場を建設しています。約22万㎡の用地に、約4.6万㎡のクリーンルームを備えた工場を建設する計画で、第1フェーズの稼働は2027年ごろ、第2フェーズの稼働は2034年ごろを予定しています。TSMCとアムコーは、アリゾナ州内におけるパートナーシップを拡大し、先端パッケージング分野で協力体制を強化する方針を2024年10月に発表。アムコーのアリゾナ新拠点に高度なパッケージング機能やテスト機能を導入し、アリゾナ地域における半導体製造機能をさらに拡大します。具体的には、InFO(Integrated Fan Out)やCoWoS(Chip on Wafer on Substrate)といったTSMCの先端パッケージング技術に対応できる設備をアムコーの新工場内に導入します。

 なお、アリゾナ州では日系企業の進出サポートや情報発信を目的に、アリゾナ日本商工会議所(Japanese Chamber of Commerce and Industry of Arizona)が2024年4月から活動を開始。日系企業のアリゾナ州への進出が増える中、アリゾナ州地元企業や政府関係機関との橋渡しなどを行っています。また、7月に開催される「SEMICON West」が、2025年はアリゾナ州フェニックスで開催される予定であり(2026年以降は偶数年がサンフランシスコ、奇数年はフェニックスで開催される見通し)、半導体分野におけるアリゾナ州の位置付けが高まっています。

インテルは大規模な損失を計上

 半導体大手では、インテルが、CHIPS法に基づく助成金として、米国政府から78億6500万ドルの資金を得ることが2024年11月に確定しました。また、インテルは投資に対して最大25%のITC(投資税額控除)が発生し、最大110億ドルの連邦融資を受けられる資格も有します。二つの支援によって約190億ドルを得ることとなり、米国の半導体業界への支援としては過去最大規模となります。

 インテルは現在、米国では、アリゾナ州、ニューメキシコ州、オハイオ州、オレゴン州において、1000億ドル以上の投資を計画。アリゾナ州チャンドラーでは半導体工場2棟の建設に200億ドルを投じ、オハイオ州コロンバス近郊にも半導体工場2棟(投資額200億ドル)の整備を進めています。また、ニューメキシコ州では先進的な半導体パッケージング工程の増強を進めており、オレゴン州ヒルズボロの拠点では先端プロセスの開発を進めています。インテルはこうした投資により、1万人以上の直接雇用、約2万人近くの建設雇用が創出されるとみています。また、サプライヤーや関連産業において5万人以上の雇用が創出されると試算しています。

 一方でインテルは2024年7~9月期において、166億ドルという創業以来最大の損失を計上。159億ドルの減損と28億ドルのリストラ費用を計上したことが大規模な損失の要因となりました。減損に関しては「Intel 7」(10nmプロセス、競合の7nmに相当)などに関する製造設備で31億ドルの減損を計上。また、グループ会社のMobileyeに関連するのれんの減損で29億ドル、繰延税金資産の評価性引当金として99億ドルを計上しました。

 リストラに関しては、従業員の15%超に相当する1.5万人を削減する再建策を2024年8月に発表し、その費用を計上しました。さらに所有する不動産の約3分の2を削減または撤退することや、2023年10月に分社化したアルテラの株式を一部売却する方針も示しています。また、経営再建の一環としてファンドリー部門のIFSを子会社として独立させる計画も進めています。

 製造拠点の増強についても、米国での計画は変更していませんが、ドイツとポーランドで計画している新工場については、約2年延期する方針を示しており、ドイツ工場の稼働開始時期は2029~2030年ごろ、ポーランド工場の稼働時期は2029年ごろになるとみられます。

サムスンは装置の導入を先送り

 サムスン電子も、米国政府からCHIPS法に基づく支援として64億ドルの助成金を受けます。同社は、2021年に米テキサス州テイラーにファンドリー工場を建設する投資計画を発表。そしてそのファンドリー工場に加え、2棟目のファンドリー工場や先端パッケージ工場の建設も視野に入れており、R&Dセンターも設置する計画です。2棟目のファンドリー工場では2nm以下のプロセスを構築する予定で、2027年の量産開始を目指します。R&Dセンターは2027年の開設、先端パッケージ工場は2028年の稼働になる見通しです。なお、サムスンが韓国国外で2nmを用いたラインを整備するのは初。米国で先端の前工程および後工程に対応できる体制を整えることで、インテルやTSMCなど米国でのファンドリー事業拡大を目指す企業に対抗します。

 しかし海外紙などによると、サムスン電子はテイラー新工場における製造装置の導入時期を延期しているといいます。テイラー新工場において大規模な顧客を獲得していないことが背景としてあり、導入時期を延期している装置の中にはASML製のEUV装置が含まれているといいます。

 こうした中、今後の注目点となるのがトランプ大統領の動きです。2025年1月に発足した新政権では、トランプ氏が選挙戦で掲げた米国第一主義が強烈に推し進められています。

 そして半導体に関しても、トランプ氏は「台湾は我々から半導体ビジネスを奪った」といった発言をしており、共和党はCHIPS法に対して否定的なスタンスをとっています。こうした状況を見ると、政府の支援をベースにした大規模な投資は難しくなり、インフレによるプロジェクト内容の変更や中止などが出てくる可能性も高まります。米国への製造業回帰を柱に据え、ビジネスマンでもあるトランプ大統領にとって、そうした状況を無視することは考えにくいですが、CHIPS法が制定されてから約2年半が経過し、2025年に米国の半導体業界が新たな分岐点を迎えていることは間違いありません。

デカップリングがより深刻に

 2024年12月、米商務省は、中国向けの半導体関連の輸出規制を強化することを発表しました。軍事用AIおよび先端コンピューティングに使用可能な先端半導体の生産を規制することが目的で、半導体製造装置などに関する規制を強化するとともに、エンティティリスト(輸出管理法に基づき、国家安全保障や外交政策上の懸念があるとして指定した企業のリスト)に140社を新たに追加しました。

 米商務省の産業安全保障局は2022年10月、中国に対して軍事用途で重要な役割を担う先端半導体の購入および製造を制限する規則を公表。さらに、2023年10月と2024年4月にも追加の規制を発表し、2024年12月にさらなる規制を設けました。新たな規則には、半導体を開発・生産するための24種類の半導体製造装置や3種類のソフトウエアツールに関する新たな規制のほか、HBMに関する新たな規制も設けました。米商務省は「大規模AIモデルの進化は、兵器開発のほか、マイノリティーや政治的反体制派を抑圧・監視するために顔認識や音声認識など高度な軍事・諜報用途に使用される可能性がある」とみており、先端半導体の製造に用いる装置や、AI半導体に搭載されるHBMに関する規制を設けます。なお新たな規制は、米国製のHBMだけでなく、EAR規制(米国から輸出された製品や部品、技術、ソフトウエアなどを用いて製造し、第三国に再輸出する製品に関する規制)の対象となる海外製のHBMにも適用されます。

 エンティティリストも更新され、NAURA、ACMリサーチ、パイオテックなど、半導体製造装置関連企業を中心に、デバイス企業や投資会社なども追加されました。一方、中国商務省も、重要鉱物の対米輸出に関する規制を発表。ガリウム、ゲルマニウム、アンチモンといった半導体の製造にも使用される鉱物に関して、米国へ輸出することを原則禁止しました。加えて、黒鉛に関する対米輸出の審査を厳格化しています。また、中国の国家市場監督管理総局が、米半導体大手のエヌビディアを独占禁止法違反の疑いで調査することも明らかにしました。こうした動きは前述の米国による中国への輸出規制強化に対する措置とみられ、長期化する米中の半導体に関する貿易摩擦はさらに激化し、デカップリングが進むことになります。

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