AIの発展はデスクワークを中心として、あらゆる業務に影響を与え始めています。その効果は少子高齢化などを背景に進む人材不足の解消にもおよび、『情報通信白書 令和6年版「進化するデジタルテクノロジーとの共生」』では、生成AIやAIアバターを活用して顧客サービスや研修、教育などの労働力を補填する取り組みが紹介されています。
そんな先進的な取り組みを象徴するテクノロジー用語の一つ、「デジタルクローン」を皆さんはご存じでしょうか。本記事ではデジタルクローンとは何か、どのようなメリットが期待できるのか、具体的にはどのように活用されているのかなど基礎知識をご紹介します。
デジタルクローンとは、人やもの、プロセスといった現実にあるものを仮想空間上で再現する技術を意味します。中でも、現実の人間の思考やスキル、やり取りのスタイルなどを、機械学習を通してバーチャル空間上に再現したデジタルクローンを「AIクローン」や「パーソナルAI(パーソナル人工知能)」と言い、下記のようにさまざまな業務シーンでの活用が進められています。
・カスタマーサポート:AIオペレーターによる問い合わせ受付・初期対応/過去の対応履歴を学習し、特定の担当者のスタイルに基づいたサポートを提供
・営業支援:熟練社員の話し方や応対スキルを再現し、バーチャル商談や顧客ナーチャリングを実施
・研修・教育:熟練社員の知識やノウハウを学習させ、新人や後輩への指導を効率化
・マーケティング:各顧客のデジタルクローン(パーソナルAI)とのやり取りを通して、その顧客のニーズを把握し、最適な提案方法を策定
デジタルクローンを実現するには、「データ収集→AIモデリング→AIトレーニング→インターフェース構築→継続的な改善」というプロセスを経る必要があります。そこで重要なのが、品質の高いデータを収集し学習モデルの継続的なリリース・改善を行うということです。その際、法的・倫理的側面への検討やセキュリティ・ガバナンス上の懸念を排除することは欠かせません。
デジタルクローンの構築には、アンケートの回答や行動データ、会話の音声など個人にまつわるあらゆるデータが用いられるため、その機密性の扱いには細心の注意が求められます。
このように注意すべき点は存在するもののデジタルクローンの価値は広く浸透しはじめており、AIクローンに対し労働の対価を支払う企業やAIクローンを作成できるアプリケーションなども登場しています。
接客、営業、教育、マーケティングなどさまざまな領域で効果が期待できるデジタルクローン。そのメリットの筆頭は、特定のタスクを丸ごとあるいは一部をデジタルクローンに任せられることで人手不足の解消や業務効率化、生産性の向上につながるということです。さらに、マルチタスクを同時、かつ大量に処理できるスケーラビリティ、データを蓄積することでより的確な支援が可能になる成長性などAIならではの特性も存在します。
ここで、具体的な事例を見てみましょう。
前述の『情報通信白書 令和6年版「進化するデジタルテクノロジーとの共生」』で紹介されているのが、保険営業の担当者がセールストークの中で、成約確立の上がるキーワードを使用しているかなどをAIアバターとの対話を通して判定し、人材教育にデジタルクローンを活用する事例です。同事例では、将来的に実際の顧客の情報を取り込んで疑似的に営業活動を行うところまで機能が進化すると見込まれています。
教育分野とAIクローンの相性は高く、同資料では深刻な教師不足が続く学校教育において、生成AIとの対話を通して自律的に学習を進められる環境を用意する取り組みも紹介されています。
なお、パーソナルAIという言葉は特定の個人の分身となるようなデジタルクローンを指すこともありますが、より多いのが個人の属性や趣味嗜好に最適化されたAIを指す場合です。後者のパーソナルAIも今後スマホに搭載されるなど普及・発展が進むことが予想されており、高齢者などデジタル機器の利用に不慣れな方に合わせた最適化などデジタルディバイドの解消にも効果的に働くことが予想されます。
デジタルクローンやパーソナルAIは大きな将来性を持っており、目下成長中ではあるものの、すでにご紹介したようにいくつか解決すべき課題もあります。
例えば、デジタルクローンが完全に実現されれば人間の仕事はほとんど奪われてしまうのではないかと不安に思った方もいるのではないでしょうか。AIは従来人間が行っていた仕事を肩代わりする一方で、最終的な意思決定や検討に多くの時間を割くことを可能にし、これからはAIクローンの活用やパーソナルAIとの協業が求められる仕事が増加すると予想されます。
とはいえ、急速な社会の変化が進めばどこかでハレーションが生じることは避けられないため、人間がAIを活用できるようサポートするためのリスキリングや倫理的な検討を踏まえたAIガバナンスの策定は企業にとって避けては通れません。
例えば『AI 原則実践のためのガバナンス・ガイドラインVer. 1.1』(経済産業省)では、AIガバナンスの策定について「環境・リスク分析→ゴール設定→システムデザイン(AIマネジメントシステムの構築)→運用→評価→環境・リスクの再分析」の6ステップで、AIシステムを開発・運用する企業が参照すべきプロセスを実践例とともに紹介しています。また、より大局的な指針の検討に向け、AI倫理委員会を設置する企業も増加しています。
デジタルクローンやパーソナルAIは企業や社会のあり方を大きく変える可能性があるからこそ、そのインパクトを踏まえて適切に活用できる体制や環境を整える必要があります。
企業や社会に大きなインパクトをもたらすAIテクノロジー「デジタルクローン」の定義やメリット、将来性などの最新情報をご紹介しました。個人情報保護やAI倫理、ガバナンスなど対処すべき課題はあるものの、その有用性の高さから今後その活用シーンは広がっていくはずです。今のうちにデジタルクローンの普及を見越して、その活用に必要となるスキルや考え方を身につけていきましょう。