クラウド化が他国に比べて遅れていると指摘されてきた日本ですが、近年着実にクラウドサービス市場は拡大しており(2022年時点で2兆1,594億円<※>)、クラウドへの移行計画を進める企業も多く見られます。その際、データやアプリケーションをオンプレミスからクラウドへ移行する手段に関する知識は欠かせません。
本記事では、中でも注目される有力手段の一つ「リフト&シフト」について、具体的な内容やほかの手段との違い、メリット、注意点などを解説します。
※…出典:情報通信白書令和5年版(総務省)
「リフト&シフト」は、クラウド移行戦略の一つで、現行のシステムやアプリケーションをそのままクラウドに移行(リフト)し、そのあとパフォーマンスやセキュリティなどさまざまな面で最適化(シフト)していく手法を指します。
「リフト&シフト」は、リソースやアーキテクチャを大きく変更せずにクラウド化を行えるため、移行のスピードとコスト面で大きなメリットをもたらします。実は、令和5年の「企業編通信利用動向調査(総務省)」で、2023年にクラウドサービスを利用しない理由として最も多く挙げられているのが「必要がない」(44.7%)で、2番目に多く挙げられているのが「クラウドの導入に伴う既存システムの改修コストが大きい」(24.2%)でした。
その一方で、「情報通信白書令和3年版(総務省)」によると、2020年時点でクラウドサービスの効果について「非常に効果があった」または「ある程度効果があった」と回答している人の割合は87.1%に達しており、ここからクラウドの進化は実際に移行してみなければ理解されないケースが少なくないことが予想されます。
移行に当たっての手間やコストがクラウド移行の障壁となっており、そこでまず丸ごと移行し、そのあと最適化を漸次的に進める「リフト&シフト」が有力な選択肢として挙げられるのです。
「リフト&シフト」のほかにも、クラウドへのデータ移行方法は存在します。ここでは4つの代表的な手段について解説します。
リファクタリングは、アプリケーションのコードを再構築し、クラウドのスケーラビリティや自動化機能を最大限に活かせるよう最適化する方法です。この手法では、オンプレミスのシステムが持つ制約を排除し、クラウドの特性をフルに活用するためにデータ構造やアプリケーションの内容を再構築します。それには時間とコストがかかりますが、結果的には長期的に効率的で柔軟性の高いクラウド環境を構築できるため、クラウドネイティブのアプローチが必要なプロジェクトに適しています。
リプラットフォームは、アプリケーションの基本的なアーキテクチャを維持しつつ、クラウドに最適化するための変更を加える手法です。これはリフト&シフトほどスピーディではありませんが、リファクタリングほど大規模な改修を必要としないため、移行のスピードと効果のバランスを取りたい企業に向いています。例えば、データベースの種類を変更する、クラウド特有のサービスに一部移行するなど、クラウド環境に適した形での調整を行います
リパーチェスは、従来のオンプレミスシステムを完全に廃止し、クラウドサービスの環境へ置き換える手法です。例えば、従来社内で管理していたCRMシステムを廃止し、クラウドベースのSalesforceに移行するといった場合が該当します。リパーチェスにより新しい機能やサービスを迅速に導入できる一方、既存システムとの互換性を保つのが難しい場合があり、データ移行やトレーニングには一定の労力が必要です。
リロケートは、既存の仮想マシン(VM)をクラウド上でそのまま別の環境に移行する手法です。これは、あるクラウドプロバイダから別のクラウドプロバイダに移行する場合や、同一クラウド内で地域やゾーンを変更する際に適用されます。リフト&シフトと似た要素を持ちますが、クラウド内での移行に焦点を当てている点が特徴です。リロケートはクラウド間での柔軟性が求められる場面で有効です。
ほかの手段と比較したリフト&シフトの特徴について理解は深まったでしょうか? ここで改めて「リフト&シフト」のメリットについて三つのポイントで整理して押さえましょう。
リフト&シフトの最大のメリットは、移行にかかるコストを短期的に削減できることです。既存のシステムやアプリケーションをほとんど変更せずに移行することで大規模な再開発や従業員のトレーニングが不要となり、移行プロジェクトのコストが抑えられます。また、速やかにクラウドへ移行することで、オンプレミスのハードウエアやデータセンターの維持・管理にかかるコスト削減にもつながります。
リフト&シフトは、クラウド移行のスピードに優れています。既存のアプリケーションをそのまま移行するため、プロジェクトが迅速に完了し、クラウド上での運用が早期に開始できます。特に、早急なクラウド移行が必要な場合や、ビジネス継続性を重視する場合には、有力な選択肢となります。
オンプレミスでの既存資産を一度そのまま移行し、徐々に最適化を進めていくリフト&シフトでは、それまでに構築した業務プロセスやシステムを最大限に活用できます。これにより、従業員のトレーニング負荷の一部軽減や、新たにソフトウエアを取得するコストの削減などにつながることがあります。
リフト&シフトには、注意すべき点も存在します。メリットと同じく三つのポイントで押さえ、対策を練りましょう。
リフト&シフトは迅速にクラウドに移行できる一方で、クラウドの利点を十分に生かせない場合があります。オンプレミス環境で設計されたアプリケーションは、そもそもクラウド上でそのまま使えなかったり、十分な機能が発揮されなかったりするかもしれません。このような齟齬は、システムのパフォーマンス低下や、セキュリティリスクの増大につながる恐れがあります。
クラウドのリソースを最適に利用できない場合、長期的にはコストが増加するリスクがあります。クラウドはその特性上、使用したリソースに応じた従量課金制を採用していることが多く、オンプレミスの感覚で運用すればかえってコストが増大してしまう可能性もあります。クラウドコスト最適化はクラウドシフトで重視すべきポイントの一つであり、その点を考慮した移行計画を立てることは、クラウド化の成功・不成功を左右します。
リフト&シフトは、システムやアプリケーションをほぼそのままクラウドに移行するため、オンプレミス時代に抱えていた技術的な負債や運用上の問題もそのまま引き継がれてしまいます。その点についてもシフトフェーズで改修していくことが何より大切なポイントです。
「リフト&シフト」は、クラウド移行のスピードを重視する企業にとって、有力な選択肢となり得ます。特に、既存システムの変更を最小限に抑え、短期間での移行を実現したい場合には、適切な手法です。しかし、移行後のクラウド最適化やコスト管理をしっかりと行わなければ将来、コスト増や運用上の問題が発生する可能性は否定できません。長期的な戦略やリスク対策を練った上で、ぜひクラウド移行への「リフト&シフト」の適用を検討してみてください。