近年、ブロードバンドコンテンツのリッチ化に伴い、2.4GHz帯や5GHz帯といった周波数は無線LAN等の用途によりひっ迫してきており、効率的な利用やより高い周波数への移行が望まれてきています。そんな中、利用可能な周波数帯が広い点、世界的な免許不要周波数帯であるという点から、近距離大容量通信用の周波数帯として注目されているのが60GHz帯(※1)です。国際的には、2010年に業界団体であるWiGigアライアンスが60GHz帯を利用する高速データ通信規格を策定し、この業界標準をベースに、2012年には高速無線LAN規格であるIEEE802.11adとして標準化されました。日本でも2015年にIEEE802.11ad/WiGig規格に対応した電波法施行規則等の一部を改正する省令が公布・施行されて(※2)以降、ミリ波(30〜300GHz)といった高周波数帯の利用促進が進められてきました。携帯キャリアの5Gにおいても、28GHz帯という高周波数帯が使われ始めており、通信の高速性や低遅延性の重要度は増してきています。
そのような折、株式会社パナソニック システムネットワークス開発研究所は、これまで培ってきた無線通信技術を世に出して社会に実装するという目的から、60GHz無線通信装置の「ecdi」シリーズを発売。「ecdi」シリーズの特長や無線通信の未来について、株式会社パナソニック システムネットワークス開発研究所 無線技術開発部部長を務める荒新 伸彦氏に伺いました。
※1 出典:情報通信審議会 情報通信技術分科会 陸上無線通信委員会報告(案)(総務省)を加工
https://www.soumu.go.jp/main_content/000363770.pdf
※2 参考:電波法施行規則等の一部を改正する省令案について (平成27年9月9日 諮問第20号)(総務省)
https://www.soumu.go.jp/main_content/000376625.pdf
株式会社パナソニック システムネットワークス開発研究所(PSNRD)は、パナソニックの前身である松下電器の通信部門を担う松下通信工業の技術開発会社として発足した企業です。仙台・金沢・静岡の三つの研究所を構え、「携帯電話および基地局といった移動体通信機器」をはじめとした要素技術の研究開発を行ってきました。2000年代終盤におけるスマートフォンの急速な普及により、携帯電話事業から撤退してからも、同社は培ってきたアンテナ・無線、パワエレ・エネマネ、画像・センシング、スマートデバイスという四つのコア技術と、AI・インフォマティクス計算技術やクラウドコンピューティングのかけ合わせで、さまざまな顧客の事業に貢献してきました。市場の大きな変遷に対応しながらプロフィットセンター化を成功させた同社は、横浜・大阪・福岡に開発拠点を増設するまで成長し、2024年には設立36年を迎えます。
近年では、従来の技術受託のビジネスとは異なる新しいビジネスの創出に向けて、2021年に就任した前田 崇雅社長の元、『測定・評価サービス』『非接触肌センシング技術』など、これまで培ってきた技術を活かした自社製品やサービスの開発にも積極的にチャレンジしています。
「会社の定款も、技術受託に加えて、自社製品販売やサービス業を行えるように変更しており、会社としてもドラスティックに変わっている変革期にあるといえます」(荒新氏)。
そのような中で、自社開発の製品第一号として提供されることになったのが、60GHz無線通信装置の「ecdi」シリーズです。
「ecdi」シリーズは、WiGig(Wireless Gigabit)をベースに開発された、LANケーブルを挿すだけで簡単設置・即時に運用が可能な60GHz無線通信装置です。名前は「everyone can do it」の頭文字をとったもので、名前の通り「誰でも簡単に使える」をコンセプトに商品化されました。
特長としては三つあります。
まず「高速・低遅延通信」。60GHz帯を使うことで、最高2.5Gbpsの通信速度と数ms以下の低遅延を実現できます。
「CPS(Cyber-Physical System)で求められる、4Kや8Kといった高精細な動画をリアルタイムで伝送・解析するのにも適したサービスだと思います」(荒新氏)。
次に「簡単設置・運用」。60GHz帯は電波の指向性が高いため、従来は無線機器同士の位置合わせの作業に丸一日かかることも少なくありませんでした。しかし、本製品は電波の方向を電気的に制御し、装置間で最適なビームを選択するビームフォーミング機能を搭載することで、簡単に設置することが可能です。また、誰でも使える周波数帯であるISMバンドであるため、無線従事者免許や無線局免許は不要で、手軽に利用できます。
最後は「低干渉性・安定通信」。Wi-Fiにとっての電子レンジやBluetoothのような干渉源がほとんどないので、安定した通信が可能です。
さらに、上記の特長に加え、二つの独自機能も追加されています。一つ目が「独自レンズアンテナ・ハーフバンドによる長距離化」です。狭角化により利得を高めた独自のレンズアンテナを開発し、最大500mの通信が可能となっています。また帯域幅を通常利用時から半分とすることで、受信感度を向上させるとともに、ノイズなどの外的影響を軽減することも可能です。二つ目は「測距技術」。低遅延性を活かしたRTT(Round-Trip Time)から、接続相手との距離が分かる機能も搭載されています。
機器は長距離接続タイプ(500m)の「ロングレンジタイプ」と、短距離接続タイプ(200m)の「ショートレンジタイプ」の2種類を用意しています。前者はW70.5mm×D99.4mm×H70.5mm、後者はW70.5mm×D70.0mm×H70.5mmとどちらもコンパクトで、手のひらに収まるサイズ。それぞれPoE対応、IP66/IP67の防水・防塵性能と、‐30℃~+50℃の耐環境性能を有し、設置場所を問わず、屋内外での使用に対応しています。
本製品のポイントの一つは、「誰でも簡単に使える、超小型 無線機」という点です。2022年3月頃に社内で立ち上げた新商品開発プロジェクトで、「小さく作って、多様な現場でいろんな人に活用してもらう」というテーマを設定。機器の小型化に伴い、放熱が課題となりましたが、その原点を守り、試行錯誤を繰り返しながら開発を進めたと荒新氏は話します。
また、PCからブラウザで無線状態を確認できる見える化ツール(ダッシュボード)も無料で搭載。ダッシュボードには、RSSI(受信信号強度)やビーム方向のほか、スループット、MCS(変調符号化方式)、通信距離などが時系列で記録されるようになっています。その開発にあたってこだわったのも、現場での使いやすさです。さまざまな項目が一目で確認できるUIになっており、競合となる海外ベンダー製品のダッシュボードと比較して分かりやすいと言われるなど、多くのお客さまから好評をいただいているとのこと。
「ハードウエア・ソフトウエアともに、パナソニックの品質基準の信頼性試験をクリアしており、パナソニックブランドの製品として、安心して使っていただける製品になっています」(荒新氏)。
主な活用用途としては、ビル建屋間の通信用バックホール回線や、イベント時の一時的な回線が挙げられます。加えて、5Gと連携し、一度設計が完了した5Gエリアの不感地帯の解消や、エリア増設対応にも活用されています。
それ以外に、引き合いが多いのは建設業界とのこと。ローカルなネットワークを組むことが多い建設現場では、刻一刻と変わる現場に合わせて有線を都度引くのは手間になってしまうため、無線を伝送用の幹線として活用するケースがあります。また、最近はインフラ点検の用途として、橋梁やトンネル内を点検するドローン用通信として活用されるなど、新たな市場が拡がり続けているそうです。
「小さい機器だからこそ、今回のユースケースだけにとどまらず、我々の想定していなかったよりニッチな市場でも活用いただける可能性があると感じます」(荒新氏)。
ダッシュボード画面例
「ecdi」シリーズの後継として、ロボットや自動搬送車といった移動体にも適用できるような次機種を目下開発中だというPSNRD。
来る6G(Beyond 5G)の時代においては、Wi-FiやWiGigなどのアンライセンスバンドと、携帯電話で使われている周波数などのライセンスバンドのどちらか一方だけでなく、両方を融合したサービスが出てくることが想定されると荒新氏は話します。PSNRDはそういったサービスにも活用できるアンライセンスバンドの技術を向上していくことで、通信業界に貢献することが期待されます。
「本サービスは、高速かつ低遅延で干渉の少ない クリアな通信環境や、大規模ではないものの高速な環境を求めているお客さまに使っていただきたいと考えていますので、そのようなお困りごとがあれば、ぜひお声がけください。無線通信が広がっていくことで、今までできなかったことができるようになるのは、技術者としての喜びです。これからも無線通信の業界に貢献していきたいと思っています」(荒新氏)。