日本国内で5Gサービスが本格導入されはじめた2020年3月から3年近くが経過した、2023年3月時点の5G人口カバー率(全国)は96.6%と総務省により公表されています(※)。2030年代を見据え、5Gの帯域幅確保や6G(Beyond 5G)の実現に向けた政府・民間の研究開発も活発化しており、中でも28GHz帯や30~300GHzのミリ波、92GHz~300GHzのサブテラヘルツ波といった高周波数帯の活用が推進されています。
2023年10月31日、株式会社パナソニック システムネットワークス開発研究所が神奈川県横浜市に開設し、測定・評価利用サービスをスタートしたのが~330GHzの幅広い周波数帯に対応した大型の6面電波吸収体暗室。6Gアンテナ、衛星通信、レーダーなどの開発から材料電気特性の測定まで幅広い用途に対応した同施設の「測定・評価サービス」の内容やメリット、6Gのこれからについて、株式会社パナソニック システムネットワークス開発研究所 無線ソリューション部部長を務める長野 健也氏に伺いました
※データ引用元:5Gの整備状況(令和4年度末)の公表(総務省) https://www.soumu.go.jp/menu_news/s-news/01kiban14_02000612.html
株式会社パナソニック システムネットワークス開発研究所(PSNRD)とはどのような企業なのでしょうか?
その原点は、松下電器の通信部門を担う松下通信工業の技術開発会社として発足した仙台・金沢・静岡の3つの研究所です。パナソニックへの社名統一や1社統合を経て、2023年には設立35周年を迎えた同社。無線、パワエレ・エネマネ、画像・センシング、スマートデバイスという4つのコア技術とAI・インフォマティクス計算技術やクラウドコンピューティングの掛け合わせで、顧客の幅広い事業領域に貢献することに取り組んでいます。
アナログ回路や機器の開発からソフトウエアやAIまで幅広い技術を持った約460名の技術者を抱えるPSNRD。4つのコア技術の中でも無線技術に関しては、パナソニックグループ“外”の企業の受託開発を手掛ける割合の方が多いとのことです。
「世の中に、これだけのアナログ回路技術者が揃った会社はなかなかないと思います」(長野氏)。
バランスの良い職能構成から、要素開発から商品一括請負開発、量産、試作・評価などさまざまな要望に対応可能な同社。近年は『60GHz無線通信装置』『非接触肌センシング技術』など、自社製品やサービスの開発にも積極的に乗り出しています。
そんな中、35年培った無線・アンテナ技術と測定後の課題解決まで寄り添える受託開発の経験を生かして提供されることとなったのが、6G時代に対応した330GHzの「測定・評価サービス」です。
神奈川県横浜市のパナソニックグループ佐江戸事業場 北地区のN9棟が、国内でも数少ない~330GHzの高周波数帯に対応可能な大型電波暗室の所在地です。
「330GHz帯に対応した電波暗室はほかにもあります。しかし、サービスとして利用可能で、測定機器がこれだけ豊富に用意された国内サイトはほとんどないはずです」と長野氏。
同暗室の広さは、W10.5m×D7.2m×H6.5m。高周波・高利得・狭ビーム化に伴う遠方界測定のニーズに対応してアンテナ間距離は最大7m確保されています。さらに、測定高3mによりクワイエットゾーンを拡大して位置による定在波の影響を極力抑えられ、30kgまでの物体であれば2軸回転による全立体角測定も可能です。また、床面も吸収壁で覆われた6面吸収体暗室のため、ミリ波・サブテラヘルツ波のアレーアンテナの遠方界特性を測定できるのは、EMCに特化したほかの暗室と大きく異なるポイントとのこと。
通信トラフィックが増加する中で高周波数帯の利用が推奨され、自動運転や人体検知などさまざまな用途で高精度なレーダー・センシング技術の開発が進められています。また、電磁界シミュレーションに必要な材料電気特性(比誘電率εr , 誘電正接tanδ)の測定ニーズも高まってきています。
長野氏いわく、すでに「1m超など大きな機器に取り付けたアンテナの測定がしたい」「IRS(知能電波反射面)の正しい性能が知りたい」などさまざまなニーズが通信事業者や研究機関、メーカーから寄せられているということです。
同建物内には待機中も利用できるよう、テレビ会議用のモニターが設置された個室や冷蔵庫、コーヒーメーカーなどの設備が用意されているのもうれしいところ。敷地内の駐車場も利用できます。また、テラヘルツ帯(100GHz~)の実験試験局免許の取得手続きも進められているということです(2024年1月19日時点)。
PSNRDの「測定・評価サービス」を希少なサービスたらしめるポイントの一つが、ここまで述べてきたような設備としての特性。そしてもう一つが、“PSNRD固有の技術力と測定・評価に関する知見”です。
「測定・評価サービスの中で予想外の測定結果が出るなど何か課題が生じた場合は、受託案件に切り替え、過去の知見や技術による課題解決の支援までワンストップでご提供できるのが我々の強みです」(長野氏)。
ベクトル信号発生器(VXG)、周波数エクステンダ、高周波アンプなどの測定器の構成は、帯域幅によって多様な組み合わせが存在し、その選定においてもPSNRDの知見が発揮されます。国際会議などへの参加を通じて確かな手触りで10年先のアナログ無線を見据え、RF/BBなど幅広い通信技術の知見を持つ同社ならではの利点といえるでしょう。
また、測定機器の操作技術者もPSNRDより提供されるとのこと。高額な測定機器を利用するにあたって注意したいのが機器の故障の可能性です。故障原因の特定は容易ではなく、オペレーションには細心の注意が求められます。そこで、PSNRDの測定サービスでは、高額な測定機器はPSNRDの技術者が操作を行うので、安心して利用いただけます。
これだけの施設を設立して測定機器を取り揃え、さまざまな測定・評価に日々取り組むことは大手通信事業者でもない限りなかなか考え難いことです。そこで、技術を培い設備を資産として生かしながらお客さまに貢献できる事業として、この「測定・評価サービス」は始動しました。
すでに下記のように、技術力を生かしたサポートがお客さまの測定・評価に貢献した例が見られていると長野氏は話します。
・帯域幅に合わせて調整が必要なアンテナの周辺物の配置や同軸ケーブルの引き回しを提案することにより、測定が一発で成功した
・治具の選定や取り付け方法に関する知見があることで、規格外の形状をしたアンテナの固定がスムーズに行えた
これから5Gにおける高周波数帯利用や、6G(Beyond 5G)の未来はどうなるのか?
3Gにおける「インターネット」、4Gにおける「クラウド」のような起爆剤となるコンテンツの登場が、その普及のカギとなると長野氏は語ります。
例えば、空飛ぶ基地局と呼ばれる「HAPS(ハップス/ High Altitude Platform Station)」は6G時代に向けて実用化が進められている技術の一つ。太陽光発電で自らの動力を賄い成層圏から通信ネットワークを展開することで、過疎地・農村部を含む幅広いエリアのモバイル通信をカバーし、災害時の通信確保にも貢献することが期待されます。
冒頭でも述べた通り、28GHz、39GHz、70GHzなど5Gにおけるミリ波、6Gにおけるサブテラヘルツ波といった高周波数帯の利用や研究に世界中の通信事業者やメーカーが取り組んでいます。また、AI・メタバース×無線通信の掛け合わせの可能性も期待の大きいところ。その両方の技術を保有しているのもPSNRDの強みの一つといえるでしょう。
「一つからでも複数案件でも、やりたいと思う内容をまず我々に相談いただければ、より良い測定方法や測定手法に関する知見をご提供させていただき、打ち合わせの下、測定・評価に並走します。お困りごとがあればぜひ一度ご相談ください」(長野氏)。