DXの狙いの一つに、これまで企業が活用しきれていなかった莫大なデータを事業に生かすことがあります。そのために必要なのがまずは品質の高いデータを取得できるエコシステムを社内に確立すること。しかしその実態を見ると、残念ながらまだまだ十分に進んでいるとはいえません。
その大きな原因となっているうちの一つが「経路依存性の罠」です。
経路依存性の罠とは何なのか、経路依存性の罠はなぜ発生し、どうすれば防ぐことができるのか。気になるポイントについて早速見ていきましょう。
「経路依存性の罠」とは、社会や企業が過去に確立した経路(制度や仕組み、プロトコル)に依存し、時代に合わせてシステムを刷新できなくなってしまうことを意味します。
2022年2月、経済産業省委託事業として行われた『製造業におけるデータ品質改善に関する調査』においても、経路依存性の罠は組織間の連携を阻み、データ品質改善にマイナスの影響を与える原因として名指しされました。
エンジニアリングチェーン/サプライチェーンや工程間でデータ形式やルール、管理ソフトウエアなどが異なり、高品質なデータが得られない……。
このような課題はものづくり企業において珍しくありません。特に日本の産業の課題として、レガシーシステムや古い慣習が本来なら可能なはずのDXを阻んでいるという状況は指摘されがちです。
実際、2021年3月総務省により発表された『デジタル・トランスフォーメーションによる経済へのインパクトに関する調査研究の請負報告書』では、DXの取り組みにあたって「『既存システムとの関係性』が課題となっている」と回答した企業が25.8%存在することが報告されています。その課題の内容についてさらに深掘りしたところ、製造業では以下のような回答が寄せられたとのこと。
上記のいずれの項目でも大企業のほうが中小企業よりも高い割合となっており、規模や歴史を持つ企業ほど、経路依存性の罠に陥りやすいということも分かります。
経路依存性の罠から脱却するためには、既存システムを前提とした思考を変える必要があります。
実は、コロナ禍は経路依存性の罠からの脱却のきっかけとなったといわれています。対面での業務に障壁が生じ、誰にとっても明らかな変化が訪れたことで、それまでデジタル化において遅れを取っていた企業でもオンライン会議システムやテレワークの導入に踏み出したという声が多く聞かれました。また、サプライチェーンリスクに対応するため、生産拠点の移転や国内回帰、複線化を検討した企業も少なくありません。
データ活用における経路依存性の罠を脱却するためにも、このようなマクロの流れを味方につけることが重要です。そもそも、DXの必要性が広まるきっかけとなった2018年の「DXレポート」とその中で示唆された「2025年の崖」についても、基幹システムのレガシー化とそれを放置した結果をマクロ視点から示すことで、大きなインパクトを生むことになったといえるでしょう。
その上で、既存システムの刷新にあたってはコストに見合ったパフォーマンスや生産性などROI(投資対効果)も当然ながら必要となります。
既存システムでどれだけのデータが失われているのか、データ連携やダウンタイムによりどれだけのコストが発生しているのか、システム運用がツギハギ状態になることで余計にコストが発生していないか……。システム刷新でのプラスだけでなく、既存システムを利用することによるマイナスを算出することが、組織全体の危機感・ひいては意識変革につながります。
エンジニアリングチェーン/サプライチェーン連携の第一歩として長年課題とされ続けてきたのがE-BOM(設計部品表)とM-BOM(製造部品表)、BOP(工程表)の連携・共有です。
E-BOMとM-BOMの連携においては、「MES(Manufacturing Execution System:製造実行システム)」活用が重要とされます。
MESには、ERP(ビジネス層)とFA(制御・設備層)を仲立ちする役割があり、下記の11機能を搭載しています。
E-BOMとM-BOM、BOPを管理するにあたって、BOMの管理システムをそれぞれ個別に導入してしまっているためにMESにデータを統合できず、データの連携がうまくいかない、あるいは変換に多くの工数が割かれているという例がみられます。まさに経路依存性の罠がデータ連携の最初の一歩を阻んでいる典型的なケースであり、DXの機運がある今だからこそ見直したいところです。
経路依存性の罠は、優秀な人材が改善を繰り返し、システムがブラックボックス化することでより強固になります。経路依存性の罠が発生するということは、少なくともその制度や仕組みが維持されるだけの合理性があったということです。しかし、グローバル化や市場環境の変化が加速した結果、その合理性こそが罠となるケースが多く見られるようになりました。
強固な罠を解くためにも、マクロ環境の変化に積極的に目を向けてみてはいかがでしょうか。