2022年には近年稀に見る急激さで円安が進み、製造業における国内生産コストが引き下がっている状況です。円安の流れが続くと、生産拠点である工場の国内回帰が進むことが考えられます。本記事では、円安が国産製造業に与える影響について解説します。
日本の製造業は、これまでグローバル規模で生産拠点を持つサプライチェーンの多様化を進めてきました。その理由として、2008年のリーマンショック以降の円高による国内生産コストの高騰、調達リスクや災害リスクの分散などが挙げられます。しかし2020年に発生した新型コロナウイルスの蔓延や、半導体不足などの影響によりサプライチェーンが混乱し、近年は見直しが進められていました。
さらに2022年に入ってからは、急激に進んだ円安の影響で国内生産の優位性が高くなり、製造業に大きな転機をもたらす可能性があります。実際に一部の企業では、高騰する輸送費の対策として国内販売向け商品の生産拠点を国内に移す動きが見られています。新型コロナウイルスの影響で海外にある生産拠点の停止や、部品調達の納期遅れなどの課題があり、多くの企業が対応に追われました。納期の問題はまだ改善していない状態ですが、国内に生産拠点があれば部品調達のリスクが軽減されると期待できるでしょう。
一方で、国内に生産拠点を持つことにはデメリットもあります。国内では物価上昇が進んでおり、国内生産コストにとっては悪条件です。さらに工場の国内回帰は高騰する資源やエネルギーの輸入が増える要因になります。また地震国である日本は、海外と比べると災害発生のリスクも高くなりやすいでしょう。国内回帰の進みやすさは産業によっても異なり、各企業のサプライチェーンのあり方も影響します。
円安時には、日本から輸出した製品が現地の製品より割安で販売できるようになります。製造業の中でも特に海外売上比率の高い業界や企業では、高利益が得られやすいでしょう。円安で国内生産コストが引き下げられて工場の国内回帰が進めば、国産製造業の活性化が期待できます。一方で、国内回帰が進むことにはリスクもあります。
工場が国内回帰すれば、国内の賃金上昇や新たな雇用創出につながると期待できます。昨今の日本は賃金が伸びておらず、円安ではドル建ての賃金はさらに下がります。経済協力開発機構であるOECDが2021年に公表した平均賃金データによると、OECDに加盟する38カ国のうち日本の平均賃金は25位です。
今の状況が続けば国内の購買力が上がらないだけでなく、外国人労働者も日本に集まらなくなります。日本は他国と比べて少子高齢化が進んでおり、今後は人口減少とともに経済成長も鈍化するでしょう。工場の国内回帰は、日本経済を上向かせる好影響を及ぼす可能性があります。またサプライチェーンの大半が国内になれば、調達リスクや為替リスクの改善につながり、企業の生産活動が活発化すると期待できます。
生産拠点の移転には時間がかかるため、2022年のような激しい為替変動の中で行うのは企業にとって難しい判断となります。為替変動が不透明な状況では生産拠点の移転はリスクであり、急激に円高に振れることがあれば逆効果にもなりかねません。円安がある程度定着するまで設備投資は実行しにくいでしょう。今後起こり得る円高に備えて資金を留保しておき、現段階では積極的な投資を行なわないという判断もあり得ます。
海外向けに販売する製品だと、海外現地に生産拠点を設けた方が為替リスクの影響を受けにくく、費用対効果が高い場合もあります。例えばトヨタ自動車の場合、日本からの輸出ではなく、海外現地で生産して現地で販売する方式をメインとしています。また国内に生産拠点を設けても、原材料やエネルギー資源は輸入に頼らざるを得ません。そのため国内回帰が必ずしも有利とはいえないでしょう。
円安によって国内生産の優位性が高まれば、国内の工場を増加する方向に舵を切る企業が増えると見られ、国産製造業の活性化につながるでしょう。昨今の円安の影響で、既に工場の国内移転を進めている企業もあります。ただし、工場の移転による投資回収には時間がかかり、高騰している原材料やエネルギー資源の調達にコストがかかります。
さらに為替変動の激しい現状では、この後に円高に向かう可能性もあるでしょう。円安の状況が定着するかがカギであり、企業には為替の動向を先読みした難しい判断が求められます。