普段何気なくやり取りをしている名刺は、データベース化すると個人情報保護法の対象となります。しかし実際には名刺の管理は個人の管理に委ねられているケースも多いのが実情です。こうした課題を解決するべく、名刺情報を安全に管理し柔軟に活用できるサービス「SKYPCE(スカイピース)」が誕生しました。開発のプロセスにおいて、どのようなこだわりを持って取り組んでいったのか、お話を伺いました。
Sky株式会社は、自社パッケージの商品開発を中心に手掛ける「ICTソリューション事業」と組み込み系・業務系のソフトウエア受託開発を行う「クライアント・システム開発事業」の2本柱で事業を展開しています。情報漏えい対策やIT運用管理を支援する「SKYSEA Client View」や、セキュリティを確保しながら安全に利用できるシンクライアントシステム「SKYDIV Desktop Client」は、同社の代表格ともいえる製品です。
「パッケージ開発で一貫してこだわっているのが、UI(ユーザーインターフェース)です」と金井氏は語ります。ユーザーとのタッチポイントとなる画面や振る舞いについて改善を重ね、直感的に操作でき、操作するユーザーの目線で快適に使えることを追求しています。「見ていただくと分かるのですが、名刺スキャン操作用タブレットは、Windowsアプリケーションなのですが、標準のWindowsの画面を使うのではなく、UI自体を独自に作りこんでいます」独自のUIを開発するのは、標準のWindows画面を利用するのと比較して大きな開発工数がかかりますが、あえてその道を選択したところに同社の意気込みを感じます。
誰もが簡単に使えると、習熟するまでの時間が短くなって生産性が高くなります。「簡単に使えることで、ツールが十分に活用され、お客さまの課題解決につながると考えています」(金井氏)。実際にUIは顧客から高い評価を受けており、同社の差別化に繋がっています。
Sky株式会社 執行役員 金井 孝三 様
同社のソリューションは、「SKYSEA Client View」のように主に情報システム部門が利用するツールが中心でした。今回ご紹介する「SKYPCE(スカイピース)」は名刺管理サービスであり、営業部門の方々を中心に利用する業務アプリケーションです。なぜ同社は今までとは違うツールを開発することになったのでしょうか。
同社も以前は名刺管理のクラウドサービス(SaaS)を利用していました。「しかしデータが自分たちで思うように管理できないと気付きました」(金井氏)。SaaSの場合は、データを取り出す際にサービス提供事業者の規定した方法でしかデータを連係したり、データを取り出して利用することができません。
例えば「スキャンした名刺画像の元データが簡単に取り出せない」「APIでダウンロードする件数に制限があり、欲しい件数分のデータにまとめてアクセスできない」といったことに直面します。「自分たちのデータを自分たちのルールで管理できないということが、理にかなっていないと考えたのです」(金井氏)。
名刺情報とは、自社が築き上げた人脈といえるもの。そのため「第三者に管理を依存すること自体に心情的な抵抗がある企業が多い」と金井氏は語ります。事実、取引先にヒアリングしたこところ、同じような課題を持っている企業が多いことが分かりました。「多くの企業のお困りごとが解決できるなら自分たちで開発してしまおう」ということになり、誕生したのがSKYPCEです。
「SKYPCEは、ITリテラシーが高くない人も対象としています。情報システム部門向けのツールを中心に開発してきた私たちにとって、SKYPCEの開発は大きな挑戦でした」と金井氏は語ります。
そこでまずは開発したものを自社で運用し、社内ブログで定期的に意見を集めました。同社は従業員が約3500人いますが、ほぼ全員の意見を回収したのだそうです。それらの意見を集約し、優先順位をつけて対応するといったことを何度も繰り返しました。「最終的に集まった意見は1万件以上にのぼります」(金井氏)。
社内の意見を反映していく中で、大幅な修正を決断したことが何度もありました。その中の一つがスキャナーの読み込みです。「なぜ名刺の裏面を見る状態で取り込まなければならないんですか?」という意見が相次いだのです。
通常スキャナーで読み込む際は、読み込む面を裏側にしてセットします。そのため操作をしている人は名刺の裏面しか見えず、誰の名刺を読み込んでいるかが分からないというのが社員からの意見でした。「情報システム部門の方なら、スキャナーはそういうものだと分かっているので、その通りに操作するでしょう。普段、スキャナーを利用したことのない人は視点が全く違います」(金井氏)。
そこで同社が下した決断は「読み込む裏表の面を反転して取り込む」というものでした。つまり、通常のスキャナーの読み込み仕様とは逆の動作になるように変更したのです。通常のスキャナーの指示された読み込みとは異なるため、お客さま用にスキャナーに貼るガイダンスシールも作りました。
通常のスキャナー操作で読み込む面と逆となるため、ガイダンス用のシールが用意されている。
UIの大改造も行いました。他の名刺管理サービスでは登録した名刺情報の一覧をリスト形式で表示するのが通常です。SKYPCEでも当初は同じように表示していました。しかし「リスト形式では見つけたい名刺を探しづらい」という意見が出てきました。
開発者の視点では、できるだけ多くの件数を表示するためにリスト形式を選択しましたが、それに対して「件数が制限されたとしても、名刺のデザインが表示された方が探しやすい」というのがユーザーの意見でした。企業の名刺は覚えやすいように特長のあるデザインを採用されているものも多く、名刺を交換した際のイメージがユーザーの頭の中に残っているからです。
「UIの大改造となるため、当社にとっても大きな決断でした」と金井氏が語るほどの大幅なコスト増になりましたが、それでもユーザーの視点を優先するというポリシーを貫きました。
検索すると、名刺のイメージで候補が表示される。名刺のデザインで会社がすぐに分かるので、探しやすい。
このように改善を積み重ねて誕生したSKYPCEにはどのような特長があるのか、紹介していただきました。
SKYPCEを構築する環境は、自社のサーバーかAWSやAzureなどのIaaSサービス上に構築します。全社で共有できないデータを管理したい、事業部ごとに独立して使いたい、といった柔軟なデータ管理が可能となります。
見やすさ、使いやすさに徹底的にこだわって設計されています。パッと見て次にどのような操作をすればよいのかすぐに分かるように設計されています。
スキャンしたデータは、暗号化された状態でSky社に送られます。AI、機械学習、OCRを駆使してデータ化した上で、100名以上のオペレーターによる丁寧なチェックを行うことで、高精度なデータ化を実現しています。
SaaSと同様にサブスクリプションの契約となり、定期的にバージョンアップが提供されます。10ユーザー~のライセンス契約に加えて1ユーザー1ヶ月20枚分のデータ化についても標準のサービスに含まれます。超過枚数分はスキャン数に応じて課金されます。
推奨機種のスキャナーはありますが、最低設置数やレンタル必須などの制限が一切ありません。自分の会社のルールに従ってスキャナーを用意できます。
今後はDynamicsやSalesforceといったSFA(営業支援システム)、MarketoといったMA(マーケティング・オートメーション)との連携や、名刺をスキャンされた取引先のニュースを配信する機能、営業支援機能の追加を予定しています。
同社の他製品は年に1回メジャーバージョンアップするのが通例ですが、SKYPCEはそれよりも短い間隔でメジャーバージョンアップをする予定とのことで、今後の進化にも期待です。
現在、手軽に導入できるSaaSの名刺管理サービスが数多く登場しています。しかし金井氏は「個人情報を簡単に第三者の管理するサービスに格納してしまってよいのでしょうか」と疑問を投げかけます。
名刺情報は、企業が業務に利用する場合には、個人で契約した名刺管理機能を持ったサービスであって、個人情報のデータベースになるものについては個人情報保護法の対象になります。そのためSaaSの名刺管理サービスを導入する場合、利用するSaaSサービス・事業者のチェックリストを作ります。セキュリティやデータ管理方法などの必要項目をチェックして、利用する対象、利用環境などの社内の利用ルールを決めていく必要があります。しかし実際はそこまでの対応ができておらず、個人情報をSaaSサービスに預けているのに、個人情報管理台帳に記載がない、使用するSaaSサービス・事業者のチェックリストが存在しない、といったセキュリティ事故になりうるケースも多く見かけると金井氏は語ります。
多くの企業では、情報システム部門が中心となって個人情報の取り扱いの規定・ルールを定めています。SKYPCEは事業部門で導入する場合でも、オンプレミスでサーバーの構築が必要なことから、情報システム部門が必ず関与することになり、社内にある個人情報のルールや規定に沿った形でサーバーを設置できます。「SaaSを導入する際の個人情報の取り扱いルールを策定することを考えると、オンプレミス型の方がトータルの作業コストは抑えられる場合も珍しくありません」(金井氏)。
また名刺管理や名刺のデータ化が含まれるサービスには無料のものもあり、そうしたサービスを会社で利用する業務の名刺であっても、個人で契約して使用しているケースも多いのだそうです。その人が退職する際には、通常は、それらのデータは消しませんので、名刺データは、そのまま転職先でも利用できますので、名刺情報が流出する危険にさらされてしまいます。
「日本では、特にルールも決められておらず、名刺情報を個人での管理に任されている企業がまだまだ多いのが実情です。名刺を企業全体で管理すれば、個人情報を守るだけでなく会社の売上・利益の向上が見込めます。ぜひ法人向けの名刺管理サービスを検討していただければと思います」と金井氏は締めくくりました。