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ニューノーマル時代のDXにどう取り組むべき?データサイエンスの専門家が対談

レンテックインサイト編集部

IT Insight ニューノーマル時代のDXにどう取り組むべき?データサイエンスの専門家が対談

左:小縣信也 氏/右:大城信晃 氏

コロナ禍の影響で、多くの企業が競争優位を磨くためにDXに取り組んでいます。しかしDXには予算や組織形成など、さまざまな障壁が立ちはだかっています。今回は、多くの企業のDXに関わってきたNOB DATA株式会社の大城 信晃氏と小縣 信也氏にさまざまな課題をどのように乗り越えていくべきか、対談していただきました。

「DXで何がしたいのか」を突き詰める

大城:小縣さんとは、2010年に立ち上げた「Tokyo.R」(データ分析のコミュニティ)で初めて会ったのですよね。
小縣:そのころはまだビッグデータという言葉も知られていませんでした。10年ぶりに再会して、現在は大城さんが代表を務めるNOB DATA社の分析パートナーをやっていますが、それまでの間にデータ分析についても状況がかなり変わりましたね。
大城:ビッグデータを対象とした分析から、AIがブームになり、最近ではDXをキーワードに取り組む企業が増えています。小縣さんはご自身の会社でAIやDXの教育事業を展開していますが、教育に対する企業の要望も変わってきたのではないでしょうか。
小縣:少し前までは「AIの基礎知識を教育してほしい」という相談が多かったのですが、最近では「DXについて教育してほしい」という相談が増えてきました。2年前くらいからは、数百人の従業員に対してAIの教育を行う企業が増えてきました。
大城:2018年に経済産業省が「DXレポート」を発表しました。レガシーシステムを更新してデータ活用を進め、人材育成しないと、2030年には1年に最大12兆円の経済損失が発生するというものでした。危機感に満ちた内容で注目されていましたが、本格的に企業が取り組み始めたのは、コロナ禍の影響です。ほぼ全業界でマイナス成長となっている中で、何か変化で対応しなければという機運が高まったからだと考えています。
小縣:データを高度に活用するという意味では、AIもDXも本質的には変わりませんが、DXは領域が曖昧です。ITによる自動化をDXと呼ぶこともあれば、データ分析の専門組織を作って意思決定する取り組みをDXと呼ぶこともあります。
大城:本来のDXの意味合いとしては、AI活用で新規事業を立ち上げてマネタイズするというのが近いでしょうね。既存業務の改善では、売上や利益に対するインパクトも限界がありますし、いずれはやり尽くす時がきます。ですから既存業務の改善で利益改善しつつ、新規事業へのパワーを蓄えるべきでしょう。いずれにせよDXがカバーする範囲は広いので、「DXだからAIやIoTを活用しなくては」という考えを取り払って、本当は何がしたいかということを突き詰める必要があります。

データサイエンスは本当に取り組むべきなのか

小縣:やりたいことを決めてスタートしたとして、最初につまずくのが「活用できるデータがない」ということです。これはデータサイエンティストなら誰でも経験したことがあると思います。
大城:多くの企業では、IT化・デジタル化という観点でもまだ最適化されていない業務プロセスが残っています。まずは既存の業務をデジタル化により改善してから、データサイエンスやAI開発・DXによる新規事業開発のステップに向けた、統合したデータ基盤を構築するという道もあります。
小縣:デジタル化、システム化、AIを含むデータサイエンスといった領域がありますが、いきなりデータサイエンスに取り組むことはないということですね。
大城:紙のやり取りを、Google Formのような簡単に画面が作れるものに置き換えるだけでもいいんです。まずはデータを使いやすい形に蓄積してから本格的なデータ基盤を作っていくというやり方もあります。「どのようにDXを推進したら良いかわからない」と悩まれている皆さまの状況に応じてDXへのロードマップを可視化し、やるべきことを明確にする支援を行うのも当社の役割だと思っています。

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小縣:AIを導入するという意思決定も企業としては迷うところです。
大城:私は年間3000万円以上の予算がつくというのを一つの基準として提案しています。大企業ですらAI開発・ビジネス活用では苦戦しています。予算がつかないならAIを導入するよりも、まず先にプロモーションや既存業務の改善に投資した方が、費用対効果は出やすいです。
小縣:AIについては費用対効果が難しいですね。私は建設業界の出身で、主に建設業の領域でデータ分析に携わってきました。建設業でもさまざまな取り組みが始まっていますが、実証実験止まりという印象があります。
大城:ある大手メーカーでは、60のAIを作って実証実験しましたが、そのうち実務に耐えられるものは三つ、費用対効果の面でも成功を収めまたのはたった一つです。この企業ではAIの専門組織を立ち上げて、マネージャークラスの人材をヘッドハンティングしています。トップの理解もあり、組織構成として非常にうまくいっている例ですが、それでも60のAIのうち三つしか実務で使えないという現実を理解しておくべきです。3000万円投資して翌年いきなり1億円のリターンを期待するというよりは、数年〜10年後を見据えた中長期的な研究開発という感覚で始める方が、失敗も少ないと思いますね。

DXに本気で取り組めるかが成功の鍵

小縣 多くのビジネスパーソンを教育してきましたが、最近ではかなり全体のレベルが上がっていると感じています。ただ、ビジネスのことを熟知していてデータサイエンスもAI開発もトップレベルの人材というのは、当然ながらなかなかいません。
大城 実際にはビジネス、データサイエンス、AI開発それぞれの領域が得意なメンバーでチームを組むことになるでしょう。しかしIT人材が20数万人不足している中で、外部から採用するのはなかなか難しいです。またいきなり1000万前後の年俸を提示してデータサイエンティストを雇えたとしても、自社に馴染まない場合すぐ辞めてしまうリスクが伴います。そこで当社では、各社の中で分析チームの立ち上げから一緒に入って、半年、1年後に自走できるチームを作りましょうという提案をしています。当社は小縣さんのように業界の実務を経験しているデータサイエンティストとのネットワークがあるので、業界で実務経験のある有識者とチームを作っていけば、中途採用のAI人材がいなくても自社の分析チーム構築を進めることができます。
小縣 新しい組織を作るにしても、マネタイズの見込みが不透明なので難しい面はあります。社員の方がやりたがらないことも多いです。
大城 AI導入は基本的にハイリスクハイリターンですから、年齢によってはリスクを取れないこともあるでしょう。だからマネージャー層の人材が一番不足しているんです。作ったAIをマネタイズしていくのはマネージャー層ですから。リスクを取らないと、既存業務の改善に終始してしまいます。
小縣 予算と人材が必要となると、トップの理解も必要ですね。
大城 マネージャー層に優れた人材を配置するには、トップの理解なくしてはできません。ある企業では、データサイエンティスト協会の理事クラスの方を執行役員に迎えたりと、会社としての本気度が伺えます。AI導入の方法論はまだ確立されてはいませんが、経営層、マネージャー層、実務層のそれぞれが本気で取り組むこと、これは大前提として必要です。

10年先のDXを見据えて

小縣:チームが立ち上がれば、後はどうやって進めていくかということになります。これは私が作った建設業界におけるプロセスと、AI事例をマッピングしたものです。左から右にいくにつれて、難易度が高くなります。このように業界全体で事例を整理して、その次に企業単位で、同じようにどんなプロセスがあって、どういうデータを持っているのかを整理することをおすすめしています。そしてAIが適用できそうな部分について、実現可能性や費用対効果を判断していきます。

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大城:使えるデータという観点では面白い話があります。大手保険会社で自動車保険の解約予測のAIを作ろうとした時、駐車場の解約データが保険の解約に影響していることがわかりました。自動車を売る時は、関連して駐車場を解約するからです。ただ、業種が異なるため通常は保険のデータと駐車場の契約データを1社だけで保有していることはありません。駐車場の解約データを活用するには、他社のデータが必要です。このように自社だけでなく、他社とデータを連携してビジネスをするのも、DXの10年先の姿だと思います。
小縣:確かに最終的にデータを持っている会社が勝つ時代ですから、他企業と連携して持つデータの範囲を増やしていくとDXの可能性が広がります。技術はコモディティ化していて、RやPythonといったデータ分析やAI開発のためのツールが無料で利用できますが、データは基本的に企業や個人が持っていますから。
大城:私が最初にデータサイエンスを実務とするきっかけになったヤフー社では、10年程前にYahoo! JAPAN IDとCCCのTカード番号を連携させて、リアル店舗でもeコマースでも相互の情報を活用し、最適化されたクーポンやポイントが使える事業を展開していました。当社であれば、各業界のデータサイエンティストがパートナーとして参画していますので、このように業界を横断してデータ観点から新規事業を立ち上げる支援ができます。また他の業界で使われているデータや手法を水平展開する形で取り込むご提案もできます。当社のような企業をうまく活用して、10年先のDXを見据えて取り組んでいただければと考えています。そして10年後にチームで育った方が、当社やデータ分析のコミュニティに集まってくれると嬉しいですね。日本のデータサイエンティストやDX担当者の知識を結集すれば、世界に打って出ることができると期待しています。

著者プロフィール

大城信晃/Nobuaki Oshiro
沖縄県出身・福岡市在住。ヤフーやLINE Fukuoka等を経て2018年9月にNOB DATA株式会社を設立。これまで、AIやデータ分析のビジネス活用に関するお悩みに応えるべく、大企業から中小まで約20社のデータ分析案件にアドバイザーとして参画。また分析者を育成するため、有志によるデータ分析関連の勉強会や、データサイエンティスト協会の九州支部の設立・運営も行っている。著書「Rではじめるビジネス統計分析」 (翔泳社, 2014)、「Alibaba Cloud 構築・運用 完全マニュアル」 (秀和システム, 2019)、「AI・データ分析プロジェクトのすべて」(技術評論社,2020)
得意分野(実績・経験):データの収集から前処理、分析、機械学習といったDS技術を用いたビジネス改善の実務。2010年から続く各種勉強会コミュニティ運営や協会運営によるデータ分析者・分析社とのネットワーク
SNS:
Twitter : https://twitter.com/doradora09
Facebook : https://www.facebook.com/nobuaki.oshiro
趣味:焚き火、オウムの世話
将来の夢:他の人がやっていない面白そうなことを色々やりたい。シークヮーサーを使った新商品開発など

小縣信也 / Ogata Shinya
スキルアップA I株式会社 取締役CTO。兵庫県淡路市出身。大阪市立大学工学部卒業後、建材メーカー、設備設計事務所、IoTベンチャーを経験し、スキルアップA I株式会社を起業。2010年、OpenFOAM勉強会for beginner(現オープンCAE勉強会@関東)を立ち上げ3年間幹事を務める。建築環境に関する数値シミュレーション、電力量や温湿度などのセンサーデータに関する分析が専門。1級建築士、エネルギー管理士。2013年、国土交通省国土技術政策総合研究所 優秀技術者賞受賞。 日本ディープラーニング協会主催2018E資格試験 優秀賞受賞、2019#1E資格試験優秀賞受賞。最近は、需要予測や異常検知などのモデル開発に取り組んでいる。著書「徹底攻略ディープラーニングE資格エンジニア問題集」(インプレス)。

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